
いくらエンジンが良くても、その音と加速がぴったりシンクロして身体に伝わらなければ、ドライビングの楽しさは生まれてこない。それも、ペダルを強く踏み込み続け、エンジン音の高鳴りが極まった挙げ句、やむなく次のギアにシフト・アップしていった時のような、めくるめく加速の中の音の変化は、BMWのエンジンを操る醍醐味だと思う。
BMWの8速ATは、F01となった7シリーズがデビューした2009年から採用され、以後現在に至るまで、様々なシリーズ、モデルに搭載されている。これは
ZF社(
Zahnradfabrik
Friedrichshafen:フリードリヒスハーフェンの歯車工場の意)社製の「
ZF8HP」というATだ。
2010年1月のBMWプレス・リリース「ニューBMW5シリーズセダン」には、次のように記されている。
「この8速ATは、革新的なギア・セットの構成を特徴としています。8段の前進ギアと後退ギアは、4つの一体型ギア・セットと5つのクラッチ(シフト・エレメント)で構成されます。8速ATとしては世界初のこれらコンポーネントのレイアウトは、どのギアを選択している時でも、5つのクラッチのうち2つがスタンバイ状態となることで、これまで市場に出回っていたATと比べて格段に伝達ロスを低減できました。」
「8速まで増えたギアによって、ギア全体の変速比幅は拡大しつつも、変速時の回転数差は縮小されます。そして加速中は適切なギアを選択するため、とても滑らかで安定した加速が得られます。」
「シフト・アップやシフト・ダウンの時には、常に1 つのクラッチだけは締結解除された状態にあるため、複数ギアを飛ばしてシフト・ダウンする場合も、目的のギアに直接シフトできます。これによって、変速レスポンスは驚くほど短くなります。また、8速から2速へ自動シフト・ダウン(キックダウン)するような急加速時でも、締結解除されていた1つのクラッチが直接シフトをおこないます。」(以上すべてp.18~p.19)
これに少し解説を加えると、「ZF8HP」という名称の「HP」は、トルク・コンバータ(トルコン)を使用した遊星ギア・システムを意味する。上記の「4つの一体型ギア・セット」とは、この4つの遊星ギア・システムのことである。また、上の「ZF8HP」の写真に記された名称を見るとわかるが、ここでいう「クラッチ」とは、ギア内部の締結や解除をおこなう部品(シフト・エレメント)のことで、写真の「Brakes」と合わせて5つ、ということになると思う。
トルコンを採用したことで、発進がスムーズになるとともに、必要なトルクを補うことができる。また、発進後は全域ロックアップがおこなわれ、エネルギーと走行の効率を上昇させている。エンジンのオート・ストップ、オート・スタートにも対応しているという。さらに、BMW独自の電子制御式ATによる学習効果も加わって、BMWの8速ATは、スポーティかつエコな走行というユニークな組み合わせが可能となった。
* * * * *
(以下は
前回記事への10/30の追記内容を元にしています)
8速ATの特徴については、以前二度にわたって書いた(
(1)、
(2))ことがある。今回、また新しい発見があったので、それを記したい。この8速を装備した車両は、ファイナル・ギア比の違いによって、以下のように、A~Fの6グループに分類できる。グループAが最もギア比が低い=ワイド・レシオの車両であり、グループFが最もギア比が高い=クロス・レシオの車両である。
グループA(2.813)=320d、ActiveHybrid3、550i、650i、750i
グループB(2.929)=523d、ActiveHybrid5、ActiveHybrid7
グループC(3.077)=116i/120i、535i、740i、X3-20d、Z4-20i(N20版)
グループD(3.154)=320i/328i、X1-20/28i、X5-35i/50i/35d、X6-35i/50i
グループE(3.231)=523i/528i(N20版)、640i
グループF(3.385)=523i/528i(N52版)、X3-20i/28i/35i
※ 8速ATが採用されたN52版の2.5Lエンジンを搭載した車種は、日本では唯一523iのみ。
一般には、パワーのある車ほどギア比が低い、ワイド・レシオとなり、逆にパワーのない車ほど、ギア比が高い、クロス・レシオとなる。ワイド・レシオの特徴は、燃費が良いこと、最高速が上がることである。それに対してクロス・レシオは、加速が良くなるが、燃費的には不利である。
そのことを念頭において、各グループに属する車両やエンジンの特徴を見ると、なかなか興味深い。燃費重視で推力にモーターを併用し、かつハイ・パワーのActiveHybridモデルは、ワイド寄りである。また、4,000~5,000回転までしか使用しないディーゼル・モデルもワイド寄りとなる。低回転トルクの太さも有利に働くだろう。一方、同じエンジンでも、車重があるモデルのギア比は、回してパワーを稼ぐためにクロス寄りとなる。また、4WDかつ多量の搭載物が予想されるXシリーズもクロス寄りである。
そのような中では、直6=N52版の523i/528iが最もクロス・レシオのグループFに属していることは、エンジンを回し切って、スポーティに走りたい私には、なかなか嬉しい発見だった。前回の比較記事の話になるが、細かなアップ・ダウンやコーナーが続く山道で、6速ATのZ4-23iの走りに対して、523iがそれほど遜色がなかった理由は、こんなところにもあった。
次に、A~Fそれぞれのグループごとの、1~8速のトータル・ギア比(各段ギア比とファイナル・ギア比の積)を表にして示す。
グループ |
A |
B |
C |
D |
E |
F |
ギア |
ギア比 |
2.813 |
2.929 |
3.077 |
3.154 |
3.231 |
3.385 |
1 |
4.714 |
13.260 |
13.807 |
14.505 |
14.868 |
15.231 |
15.957 |
2 |
3.143 |
8.841 |
9.206 |
9.671 |
9.913 |
10.155 |
10.639 |
3 |
2.106 |
5.924 |
6.168 |
6.480 |
6.642 |
6.804 |
7.129 |
4 |
1.667 |
4.689 |
4.883 |
5.129 |
5.258 |
5.386 |
5.643 |
5 |
1.285 |
3.615 |
3.764 |
3.954 |
4.053 |
4.152 |
4.350 |
6 |
1 |
2.813 |
2.929 |
3.077 |
3.154 |
3.231 |
3.385 |
7 |
0.839 |
2.360 |
2.457 |
2.582 |
2.646 |
2.711 |
2.840 |
8 |
0.667 |
1.876 |
1.954 |
2.052 |
2.104 |
2.155 |
2.258 |
※ 変速比幅(4.714/0.667)は、7.067ととても大きい。
ギア比の差が最も大きいグループAとグループFを比べると、たとえば、クロス・レシオのグループFの4速「5.643」は、ワイド・レシオのグループAの3速「5.924」に近い。つまり、8速AT装備車両の間でも、各速ギアの意義がだいぶ違うのだ。このことは、次の二つ(上がグループF、下がグループA)のグラフを見ても明らかだ。
「直6の523iの4速はパワフルだなぁ」なんて思っても、それは他の車両の3速並なのだから、当然の結果だ、ということにもなる。もちろんそれだけに、エンジンを回し続けていれば、燃費はあまり上がらない。
ところで面白いことに、ワイド・レシオのグループAのグラフは、1~6速までが、下に示したZ4-23i/E90-325iの6速ATのグラフとほぼ重なり、それに7~8速の2速を付け加えたようなものだ。上限が4,000~5,000回転となるディーゼル・モデルの320dを除き、いかにグループAの各車種が、そのあり余るトルクとパワーを生かした高速走行、そして早めのシフト・アップによっては、低燃費の確保に対応したギア比となっているかがわかる。
※ 11/3追記 …
E82-135i、E92/93-335i、E89-Z4 35i/isなどに採用されているGetrag社製の7速DCT(
Dual-
Clutch
Transmission、1速から順に、4.780/3.056/2.153/1.678/1.390/1.203/1.000、ファイナル・ギア比2.563、変速比幅は4.780)のグラフも追加した。これも8速ATのグループAと同様に、6速ATとよく似た形になっているのが面白い。1速はさすがにワイド気味なものの、DCTの7速と6速ATの6速がほぼ同じであるため、増えた1段分は5速と6速に振り分けられているのが特徴的である。
なお、DCTと同じ2ペダル・マニュアルであるポルシェのPDKはZF社製。

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BMWというクルマ | クルマ
Posted at
2012/11/02 23:59:09