久しぶりにちょっと最近考えてたことを文章にしてみたいなと思う。
駄文をお許しくださいませ。
新型のクルマが出た時に、必ず賛否両論が巻き起こる。
新型はやっぱり良い。最高だ。
いや、やっぱり前の方が走りが良かった。もしくはデザインが良かったと。。。
例えば最新のクルマ
ここでは2ペダルのハイパースポーツ、もしくはスポーツカーと呼ばれるクルマ達を例に挙げて。
3ペダル以外はスポーツカーじゃないと叫ぶモノ然り
2ペダルこそ至高のスポーツカーの在り方だと叫ぶモノもまた然り
自論の優位性を晒したいが故の考えの狭さを晒している様に思う。
例えば、最新の35Rニスモ
確かに素晴らしい。
ノーマルがもはやノーマルと呼んで良いのか分からない位にスタビリティが高い。
とくにアレだけハイテクなのに、リアデフが機械式を採用してる所がこれまたイヤらしく、日産の拘りを感じた。
では、2ペダルだから3ペダル好き好きな人間が乗ったらツマラナイのか?
私は正直感動を覚えた。
良く言えば、緊張感なく200キロオーバーをこなす懐の深さがあり、悪く言えば、何か他の事を考えながら今までとは違う次元の速さを実現出来てしまう。
では、結局何を求めて人は酒肴に走るのか?
『満たしてくれる事』
此れに尽きるのではないだろうか。
私は35Rには満たしてもらえなかった。
この基準は人に寄って千差万別あると思う。
しかし私の場合は35Rじゃなかった。
そこには過去に幾度と無く第2世代GT-Rと出会っても結ばれない答えがまさにあった。
もちろん32.33.34と35は明らかに違う。
しかしそこにある日産の社運を賭けたモノづくりがあるのが、どの世代のGT-Rからも分かる。
ここから全くの私の主観だが、Rは過去のRたちを、例えばPGC10を始まりとする。そして、良くも悪くも過去のRの影を追うのだ。
そして連帯的なモノでGT-Rを一括りのモノにメーカーが仕立てあげてしまった様に思う。
私は正直GT-Rが大好きだ。
今でも乗りたいと本気で思う。
しかし、何故未だに乗れないのか?
受け入れられないのか?
ふとしか瞬間
メーカー思想に振り回されてしまう自分が嫌なんだと気付く。
もちろんその思想に賛同して、GT-Rを大事に乗り続けてているオーナーの方々には敬意を払いたいと思っている。
しかし私はそこに交ざれないとも、ハッキリ感じている。
何故なら私は慣れ合う事が出来ないダメな人種だからなのだ。
メーカー思想やGT-R乗りとしての連帯的なモノが本質的に苦手なんだと思う。
言い方を変えれば、単純に
一匹狼気質なのかも知れない。
一人っ子故の腐れワガママ気質から来てるものだと思うが。。。
そんな中、自分に近いなと思うクルマがある。
サバンナRX-7 FC3Sである。
このクルマは決して吊るしが素晴らしいワケでもなく、何か特別な機構があるワケでもない。
しかし、自分らしく居れる。
何というか、媚び諂う事はなく、一人っ子みたいなクルマだと私は感じている。
尚且つ自分と対等にいてくれる存在なんだと勝手に感じてしまう不思議なクルマなのだ。
『ロータリーだから壊れやすいでしょう?』
『まだそんなの乗ってるの?懐かしいなぁ。。。」
などなど乗った事もない、また過去に乗っていたから良く分かるなどと御託を語られる事もしばしば。。。
そんな言の葉など耳に入らない。
何故か分からないが、FC3Sは馴れ合わない。
オーナーに対しても、媚び諂う事を嫌う。
なんかワガママな美人といる様なクルマだと私は感じている。
そんなワガママを受け入れるモノ、拒むモノが最近ハッキリしているなと思う。
しかしそのワガママを受け入れたものだけを満たしてくれる世界がその先にはある。
そして、どの世代のRX-7もそれぞれ慣れ合いを嫌い、一括りにされる事をオーナーは皆嫌う様に思うのだ。
目移りしない良さと言えば良いのだろうか。。
世の中はハイブリッド、電気自動車、はたまたカーシェアリングと楽しいより効率を求める方向へ向かっている。
もちろんそれもまた一つの在り方である。
そしてGT-Rの在り方。スポーツカーらしさ、羨望のクルマであることもCharisma的な立ち位置に在るが故に素晴らしいと思う。
しかし私は其れを選ばず、FC3Sを選んだ。
私にはやはりFC3Sしか居ないのだ。
これからも変わらずにアクセルを踏み、誰の為でもなく、自分を満たす為に乗り続けていきたいと思うのだ。
Posted at 2020/07/11 07:25:28 | |
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