
懐かしくなって、アルバム開いてみた。
いつも出張で地方へ赴任すると、その土地のプリンス店や部販に挨拶に訪れ、
現地整備を受ける様にしていました。
その時期は北陸新幹線、富山駅の施工に赴任していて、
そこで震災が起きました。
深刻な被災を受けた東北地方、
全戸停電・コンビナートの被災炎上、そして津波・・・
家族が移り住んだ山形県も例外ではなく、家屋倒壊・道路の地割れや斜面の崩れによる交通断絶。
安否が確認できたのも数日が経ってから。
それでも何とか食料・日用品・燃料を調達し家族の元へ
届けようと走らせた初めての雪の山道、冬タイヤ。
今振り返れば、当時の技量・経験でとんでもない無茶をしたと思う。
緊急でホイールごと貸してくれた入庫先の当時のNPC富山さん、その節はありがとうございました!
それからの1年、原発の防潮堤や震災復興工事に走り回り、ついに訪れた最後の車検満了の時期。
使いっぱなしでは無く出来る範囲での整備を継続し、何とか恥ずかしくない程度を維持して抹消手続きの為に、静岡県の某発電所から山形県の父の元へ32を返還。
完全とは行かなくても定期的に整備をしていたので、実は思った以上に査定はあったらしい。
実際、リサイクルセンターに打ち合わせに行った時に買い取りか、せめて新しい部品やチューニングパーツの売却だけでもと持ち掛けられたそうです。
しかし家族会議で考えはもう決めていて、新車時の状態を維持しきれていないから、もし売却して次の所有者に「32ってこんなもんか?」と思われるのは耐えられない。
万全で無い状態で慣れない人が乗り、それが原因で事故に繋がったりするのも嫌だ。
金額の問題では無い、責任をもって解体しよう。

後日、抹消解体完了を知らされた時、一人泣きながら飲んだお酒の味は、今でも忘れない・・・。
父が解体に届ける日に起きたエピソード、すごいです。