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雨月のブログ一覧

2018年02月10日 イイね!

浅草十二階〜凌雲閣を探して〜

浅草十二階〜凌雲閣を探して〜何気に新聞を見ていたらめっちゃ気になる記事が!!

東京新聞2018年2月10日朝刊付け『工事現場に「凌雲閣」遺構』

あの!明治の東京スカイツリー、大正の関東大震災で倒壊して今や跡形もない凌雲閣が見られるの?!と一人で大興奮!
旦那様を運転手に早速お出かけ。

浅草の北側の安いコインパへピットイン、町歩きを楽しみながら現場付近へ。どうやら花やしきの西側あたりにあるらしい。
地図も載ってるし工事現場らしいからすぐに見つかるだろうと思ってたら、探すとこれが見つからない。
新聞の地図がざっくり地図だという事もあるけど、工事現場だらけ。どこじゃ〜い!

そんな中、鶏だけはきっちり見つける。(何故…


国際通りに面した、それらしき場所の工事関係者の方に聞いたら、
「ここじゃないよ!さっきも聞かれたんだけど、もっと言問い通りの方で、この信号の3つ先の…」
なんて言われて行ってみたけど、住所も全然違うし工事現場もないし…戻りながら見つけた交番で聞いてもそんな情報は聞いた事がないなあと言われ…
う〜ん…(><)

とりあえず2丁目なのは確かなようだし、ここはもう4丁目だから違うよ、記念碑とやらに行ってみよう、凌雲閣があった場所にあるんじゃないみたいだけど…と旦那様がおっさるので、今はサンシャインというパチンコ屋にある記念碑辺りを改めて探索。西側の小道を北に進むと……
あ!工事現場発見!小さいけど覗いてみよう…

あっ?!




ビンゴ!!(≧▽≦)


てかさっきの道案内された情報、全然違うじゃん!さっきのとこからめっちゃ近かったじゃん!わしらは何を歩かされたのか…あってたのは「ここじゃない」ってことだけ…w
まあ、道だけ聞いてどこに行けってちゃんと聞いてなかったわしが悪い(爆)


うぉぉぉ…土台がはっきり見えますよ!
崩壊後爆破処理されたとあったけど、当時の地表面から現在は大分高くなってるのね…
震災だけでなく、戦災も経てるものね…(しみじみ


こ、これが明治のレンガ…
意外に地表ギリギリまでレンガがあるのね。この辺り方は凌雲閣の上にお住まいになられてるのね!!

一度は見てみたいと思っていた凌雲閣が見れて感動ですよ、おいら…
この遺構は遺跡扱いにはならないみたいなので、このまま工事が進められてしまうそうですが、その前に見られて良かった…!

ちなみに場所はこの↓の辺り。(グーグルマップより


GOO地図で明治の古地図も見られたので、重ねてみたら当時の「凌雲閣株式会社」なる場所とも符合してます!

ピンクの線で今回発掘された土台の一角を書いてみました。どのくらいの大きさだったのかな…?
昭和56年にも工事中にこの近くで遺構が発見されたそうなので、その場所とどんな物が出たか照らし合わせたら、大きさ分かるかな…この辺の図書館か博物館か?ネットですぐには出てこなかった…(^^;


この辺にそびえ立ってたのね…と往時に思いを馳せつつ…(^^)


なんかだいぶ無駄に歩かされた気もしますが、運動しろという浅草寺の観音様のお導きってことで(爆)
たいやきと蛇口からミカンジュース体験、あごだしの自販機発見と、食べちゃってるもんね!

いつも歩かない浅草寺の北側も楽しかった!ちょっと歩いただけで、ガラッと街の雰囲気が変わる、東京の下町って本当に大好き!!

にしても毎度こんな適当探索にも怒り出さずに付き合ってくれる旦那様は神です。
いつも本当にありがとう、今回もめっちゃ楽しかったです。m(_ _)m
Posted at 2018/02/11 12:42:08 | コメント(0) | トラックバック(0) | 廃カラさんが通る | グルメ/料理
2015年01月24日 イイね!

陸軍登戸研究所跡を訪ねて

陸軍登戸研究所跡を訪ねて友達が川崎市の明治大学生田校舎で行われる「陸軍登戸研究所」見学会へ行かない?と誘ってくれたので、行ってきた。

陸軍登戸研究所とは、第二次大戦中、毒ガス兵器やら生物兵器やら研究していた場所で、悪名高き731部隊とも関連のあった場所だ。

廃墟好きなので、戦争遺跡がある場所として登戸の名は知っていたが、行った事は無かった。その遺跡を巡るガイドつき見学会が定期的に無料で開催されており、2010年に出来た登戸研究所の資料館も併せて見学出来るという。一度行ってみたかった場所だけに気軽な気持で参加した。

さすが親友!わしの廃墟趣味知ってて誘ってくれたんだ!と言ったら、
「え?違うよ?登戸研究所は中沢に来てたって知らなかった?その辺り詳しく知りたくて、見学会へ行きたいなと思ったんだけど…。年明けにも中沢の研究所に関する新資料が発見されたって信毎にあったんだよ」

何いぃ〜?!中沢に登戸?!Σ( ̄□ ̄;

実は大戦末期、この登戸研究所が、我が故郷・長野県駒ヶ根市の中沢地区(当時上伊那郡中沢村)に疎開して来ていたのだそうだ(!)

身近な戦争体験といえば、父の一番上の兄(私から言えば伯父)は、軍属(大工)としてニューギニアへ出征し、遺骨も帰って来ていないとか、先日亡くなった父のすぐ上の兄も、満蒙開拓団として満州へ渡りシベリア抑留の経験がある人だったと言うくらいで、体験談を聞いた事もなく。
子どもの頃、戦前生まれの父母に戦争中の事を尋ねても、当時は小さな子どもだった彼らからは、のんびりした話しか聞けなかった。遠く空を飛んでいくB29の機影を見たとか校庭の防空壕の上にサツマイモを植えたとか…。山の中のど田舎ということもあり、戦争といっても遠いものだったんだなと思っていた。

それなのに、国の最重要施設が自分の故郷にあって、戦争がこんな近くまで忍び寄っていたとは…。
しょっぱなめっさ驚いてからの、見学会となりました。

見学会は申込制で、始まる13時にはけっこう人が集まってた。
登戸研究所について研究をされていた先生をガイドさんに、学内に残された遺跡を巡り、その説明を受ける。トップの写真の動物慰霊碑の建立者は登戸研究所。その成り立ち、そして現在までここにあり続けた数奇な偶然。なんかもういろいろすごい。
70年以上前と変わらないままの所と説明されると、なんとも不思議な気分…
さすがに戦後70年経って当時の建物とかは大分無くなってしまっているけど、コンクリ作りの建物とかは残ってて。

そのひとつが今回の見学会の目玉の「明治大学平和教育登戸研究所資料館」。ここでいろんな細菌やら化学兵器を作ってたと思うと、あんまり気持いいもんじゃない…(^^;;;
詳しくは、この見学会に出て見ていただくとして。
それでもこの場所が、こうやって残って来れたのは広大な敷地をそのままに、大学の施設として使われて来たからなんだそうだ。

登戸研究所についての詳しい研究は、戦後40年以上経ってやっと始まったということだけど、調査に当たったのは川崎と駒ヶ根の2校の高校生たちだったことに驚いた。しかも、その高校生とは私と同年代の人たち。

20年以上前に、こんな活動をしていたなんて全然知らなかった…。

敗戦を機に、研究内容の発覚を恐れて公的な資料は処分されて残っておらず、関係者は誰も語りたがらないゼロから調査活動。
いわゆる軍事機密だから、研究所にいた科学者たちはもとより、研究所に勤めていた一般市民まで、研究所内の事は他言無用と厳しく教育されていた。戦後もその戒めは心を縛り続け、そこで見聞きした事は墓にまで持って行くと決めている者がほとんどであったという。
その頑な心を動かせたのは、調査していたのが自分の孫と言ってもいい年齢の高校生だったから。大人達には話せないが、未来を担う君たち若者なら…と話してくれたそうだ。この後も地道な調査を続けていく中で、失われたはずの資料が時を同じくして出てきたり。登戸研究所の真実を知るためには、この40余年は必要な時間であり、また最後のチャンスだったんだと思う。

見学会の後、彼らの調査活動をまとめた本『高校生が追う陸軍登戸研究所』を図書館から借りて読んだんだけど、奥付には小学校時代の同級生の名前があってまたビックリ。
高校生達でなければ、知り得なかった研究所の真実。とても分かりやすくまとめられているので、登戸研究所に興味のある方はご一読を。

それにしても真実を語る、たったそれだけのことに40年もの月日が必要だったことは、戦争の罪深さを如実に物語っているように思う。

さて、資料館では「風船爆弾」が実はスゴかったことに驚いた。

歴史の授業で風船爆弾の話を聞いた事はあった。
名前の「風船爆弾」というのんびりしたイメージと素材(紙とコンニャク糊で作った)から、日本軍の戦争末期の悪あがき的な稚拙な兵器とも呼べないような代物だと思っていたけど、実際は当時の物理学、気象学、細菌学などを駆使した恐るべき兵器だったのね…。
サイズも直径10mもあり、風船というより本格的な気球。この風船は女性や子どもたちが、丈夫な和紙を幾重にも張り合わせ作っていた。この作業の影響で、少女達は肺を悪くしたり、指紋が消えてしまったり、生理が止まったりしたそうだ…。

<写真…明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより>

デカ!!

ゴムではなく和紙を使った(もちろん物資の不足もあるだろうけど)のも、上空での気圧や気温の変化にも対応出来るように考えられていた。ヘリウムではなく安価は水素で膨らまし放球。夜間の気温低下による高度落下は搭載された気圧計による自動操作でバラストを放出して高度を確保。
動力は無いが、冬の偏西風に乗せることでたったの2日半でアメリカに到着。なんというエコ兵器!何処につくかはまさに風任せだけど…
終戦の半年ほど前に約10000発(!)放球、アメリカ大陸へは1000発弱着弾したらしい。実は20世紀において、アメリカ本土を直接攻撃したことがあるのは、日本だけとのこと。

風船には浮力の関係で小型爆弾が1発。
風任せの風船に載せて、アメリカの広大な国土のどこにつくかも分からない、しかも小型爆弾1発では大きな打撃を与える事はできない…。そんなことくらい分かりそうなのに、何故こんな風船爆弾を作ったのか?とお思いでしょうが、本来の計画では細菌をばらまく予定だったと言う。
つまり、農作物を壊滅させる病原菌や強力な害虫、さらに牛を殺すための牛疫菌をばらまき、アメリカの「胃袋」を叩く作戦だったのだそうだ。だてに国の頭脳が研究してなかったよ。この発想は無かった…。

結局この作戦は、収穫期の稲を焼かれる報復を恐れて中止されたそうだけど。
風船の飛行実験の段階ですでにアメリカはお見通しで、漂着が考えられる西海岸では警戒してたとのこと。
当時でも使用を禁止されていたBC(生物・科学)兵器。もしウチに使うなら報復するぞ!と先にアメリカから釘を刺され、中止に至った経緯があるようだ。

元々この風船爆弾は、心理的動揺を誘う謀略作戦の意味合いが強かったという。
当初アメリカは、日本の作戦の意図を汲み、この爆弾が飛来した事を報道しなかった。そのためか爆発せずに不時着していた風船爆弾を、それとは知らずに触ってしまった子どもたちと先生が爆死。アメリカはこの風船爆弾による死者(6人)が出るに及び風船爆弾に関する報道管制を解除、日本への攻撃の気運が高まったというんだから、もうなんちゅうか…。
この亡くなった6人が、「ピクニック」中にこの悲劇に見舞われたと聞くにつけ、当時の国力の差をまざまざと見せつけられる思い。片やアメリカの子どもたちは戦時中と言えど平時と変わらぬ平和な生活を続けられていたのに、片や日本では子どもたちすら風船爆弾という兵器を作らされていた。なんという皮肉。日本は空襲等で市民800,000人殺されてるし。やりきれん。

他にも登戸研究所は、怪力光線(電磁波ビーム)の研究とか、陸軍中野学校との繋がりでスパイ用アイテムを作ったり、偽札を作って中国経済を混乱に陥れようとしてたそうで。偽札と聞いて、ついリアル「カリ城」じゃん!!と思ってしまったの仕方ないですよね?(爆)

もう、いろんな意味で何重にも衝撃的でした。
見学会から帰って本を読んで、その中に出てくる言葉(帝銀事件・悪魔の飽食・戸山陸軍跡地の人骨)を調べたら、気分悪くなって来た…。その後も戦争はいろんな所に黒い影を残してるのね…。本当に罪深い。
人を正気のまま狂わせる戦争は、本当に恐ろしく愚かな事だと改めて考えさせられました。戦争、ダメ、ゼッタイ。
ちなみに登戸研究所の研究員は誰も戦犯に問われていないのですってよ。

とかく東京大空襲や広島長崎の原爆による被害など、被害者として語られがちな戦争体験ですけども、戦争の当事者・加害者としての日本の歴史にも目を向けることは、必要な事だと思います。
戦争遺跡を老朽化等で取り壊すなんて話も聞きますが、負の遺産としてのこれらを残し見ることで、その愚かさを体感する事は大切な反戦教育になるんじゃないかと。

以前Nスペで何度も開戦までには回避出来るチャンスがあったのに、それをスルーして戦争に突き進んでしまったと言っていた…
はたして今後もしそのような事態が起きそうになった時、私たちはチャンスを見逃す事無く踏みとどまれるだろうか?

戦後70年の節目、今またきな臭さを増す世界。どうか戦争を肯定する日本になりませんように…(>人<)

見学会にでなければ、この事実を知る事も無かった。
誘ってくれた友人に感謝!


※一度mixiに『高校生が追う陸軍登戸研究所』のブックレビューとして書いたけど、本の内容以外の事も書きたかったので転記&追記しました
Posted at 2015/02/13 10:57:00 | コメント(0) | トラックバック(0) | 廃カラさんが通る | 旅行/地域
2014年07月13日 イイね!

江戸東京たてもの園

江戸東京たてもの園小金井の「江戸東京たてもの園」にて、『ジブリの立体建造物展』が催されるということで行った来た。
古い建物好きのわしにとって、この江戸東京たてもの園なる場所は気になっていたのだけれど、まだ行ってなかったのねん。なのでいい機会だということで、見て来た。

朝10時頃現地到着、スムーズにIN!
ジブリ展は生原画やら背景画がたくさん展示され、作品世界を表したジオラマもいっぱいで、かなり楽しめました♪
背景画ってあんなに小さいのね…初めてみた(^^;
とても細かく書き込まれてて、だからこそ大きな画面で見ても見劣りしないんだろうな〜とか、こんなに細密に描かれても動画だと一瞬で消えてしまうし主役は人物だったりするから、よくよく見てもらう機会ってないだろうからもったいないな〜とか、いろいろ考えながら楽しく拝見。
12/14までやってるみたいなので、興味のある方は是非。これで常設展も見られて400円は安い。

ジブリ展の後は、たてもの園内を散策。江戸時代から昭和までの古い建物が、東・中・西エリア合わせて30棟、中も見学し放題です!
てか、広!Σ( ̄□ ̄;!!!
園の大きさ侮ってました…orz 実際に使われてた本物の建物移築するんだから広いのは当たり前よね…


園内山手通りにある、レストランとしても使っている「デ・ラランデ邸」。ここのお芋のパフェ、あったか冷たくて美味しい!


三井財閥の邸宅「三井八郎右衛門邸」で見つけた鶏の板戸絵!この家は京都で作られ、三井家と縁の深い円山応挙一派の門弟が書いたという鳥の絵が描かれた板戸がそこかしこに!!園内、意外に鶏の掛け軸やら絵やらがあって、それを探すのもニワトリストにはたまらんと思われ(少数派)
戦後の財閥解体で京都の別邸として使用していた建物を、空襲で焼失した本宅の代わりに使うため港区へ移築したそうですが、別宅って言っても庶民からしたら大邸宅です(^^;


下町中通りエリアには、都内から移築された懐かしい建物が並び、こんな路地も再現。実際の東京の路地はもっと狭いよね〜と思いましたが、雰囲気はばっちりです。


文房具屋さんの店内も再現。これ、イラストに起こしたいくらい、いい雰囲気!


下町の社交場、銭湯も。男湯にも入れちゃう♪

結局たっぷり4時間くらい楽しんでました(^^;
懐かしの遊び体験コーナーで竹馬に30年以上ぶりに乗りましたが、乗れるもんですねえ…張り切りすぎて無駄に体力使っちゃった(笑)何度やっても乗れずにいたちびっ子からの、羨望のまなざしがあったとかなかったとか?!要はコツなんですよね〜

見終わって2時くらいに園を出る頃には、ジブリ展を見にやって来た人々で、入口は大渋滞!!
「観光地の朝イチアタックはキホン!」と旦那がいつものセリフをのたまった所で、今回はお開き(チャンチャン)
関連情報URL : http://tatemonoen.jp/
Posted at 2014/07/17 09:19:30 | コメント(1) | トラックバック(0) | 廃カラさんが通る | 旅行/地域
2014年07月12日 イイね!

あなたに・ちょっと・会いたくて

あなたに・ちょっと・会いたくて台風の連れて来た蒸し暑さが残る夜。パソコン中の旦那にこちょこちょしてちょっかい出したらムッとされたことにわしが逆ギレしてなんとなく雰囲気悪くなった翌朝の、旦那のご機嫌取りにはロングドライブ!ということで、成田までアレに会いに行ってきました。

『ハンバーガー自販機』に!(何故?)

コンビニなんて無かった、あの頃。ハンバーガーにたまらなく憧れていた、35年くらい前。もちろん信州の田舎過ぎてハンバーガーショップなど皆無。
自販機で見かけたハンバーガーは、ナウでヤングな食べ物として食欲全開肥満児なわし的にたまらない存在でありました。
ですが、当時小学生だったわしにはハンバーガーを買える経済力などなく、親におねだりしても太るからと却下されるのがオチで。
それでも、たまに買ってもらえたときのうれしさ、大好物のハンバーガーを食べられたという喜びもあいまって、その味は一層おいしく感じられたものです。
たとえそのハンバーガーが、極々シンプルなパンとハンバーグのみだったとしても。

時は流れて21世紀。24時間営業のコンビニが、不夜城のごとく煌めきどこの町にも存在する世の中。
街道筋に存在するゲーセン一体型自販機コーナーもなかなか見られなくなって、あの憧れのハンバーガー自販機も、とうに絶滅してしまったものと思っておりました。
…が。
つい先日TVで「成田のオートパーラーシオヤのハンバーガー自販機がたまらない!」って人を見て、えええっ?!まだあるんだハンバーガー自販機?!と気になった次第。
ググってみたら、ネットってスゴい!そんな懐かしの自販機を巡ってる人のサイトまであるんですねえ…
まだまだ現役で活躍中の場所があるとわ…なので、そんなことを思い起こされてくれた場所を記念に行ってみるとにしました。

さて、旦那に運転さす事5時間あまり。FMナック5のヒッツ・ザ・タウンをお供に、目的地に到着。
道路はさんで反対側のGSがオーナーさんらしく、とてもきれいに清掃されておりました。
早速発見、即購入。TVで紹介されてたから、人が殺到してすでに売り切れてたらどうしようと思いましたが、杞憂に終わりました。
さて、こちらのハンバーガー、ハンバーガーとしては1個260円とけっこういいお値段(^^; でもいいんです、これを買うのが目的だから。

待つ事1分。なんの前触れも無くコトンっと箱が取り出し口へ。かなりのアツアツ具合です!旧型の自販機が放つ熱と夕日照りつけるクーラーなしの店内でいただくのは、けっこう厳しい!(爆)なので店内に設置されてる扇風機を遠慮なくスイッチオン!ありがとう、文明の利器。


出して並べてみる。この箱入り感、たまらねえっス(ハート)思い出のグーテンバーガーではないけれど、これこれ、丸いハンバーガーを四角い箱に入れた、この無理矢理感!これが見たかった!!いや〜、わざわざ出かけて来たかいがあったというもの(大袈裟)

早速一口。あ〜、懐かしくて美味しい〜(*^o^*)
チーズバーガーをいただきましたが、ゴマのふりかけられたパンに、鶏牛豚の合挽ハンバーグ、調味料はケチャップと王道。チーズもしっかり溶けております。とても美味しくいただきました!!また別の所も探訪してみよう!!ちなみに旦那はハンバーガーを所望。値段は同じでした。


店内には蕎麦うどん自販機もあり、こちらはかき揚げがのってるらしいです。夏で暑いし、おなかも良かったので今回はパスしてましたが(^^;
われわれがいた15分ほどの間、誰も訪れず貸し切り状態。すでに動かない懐かし自販機もそのままに、昭和を堪能出来るタイムトリップ空間でした。

このあと、せっかくなので成田山新勝寺にお参りして帰宅しましたとさ。
Posted at 2014/07/14 11:23:29 | コメント(3) | トラックバック(0) | 廃カラさんが通る | 旅行/地域
2014年06月15日 イイね!

鉄の日、その後

鉄の日、その後せっかく鉄風味の旅ってことなので、行きたかった廃線へ。
篠ノ井線の廃線が、遊歩道として整備されてるということなので、行ってみた。
安曇野方面って観光しようと思って行った事がなかったり。(^^;

早々に現地到着。おお〜、いい感じです♪
全長約7kmの遊歩道という事ですが、とりあえず廃なものを見るのが目的なので、歩かずにポイントポイントをクルマで移動(爆)
んがっ!
梅雨の合間の快晴!美しい新緑!の合間から垂れて来る無数の毛虫!高原の強すぎる紫外線!
やっぱりこういうもの見に行くときは、秋とか冬とかの方がいいよね!(爆)と反省。
旦那様に「じゃあなんで、秋とか冬に行こうって言わないの?」って言われたけど、忘れちゃうんだよね…(ヲイ)


明治のレンガ積みトンネルの味わいを残す漆久保トンネル!


ん〜♪たまらんです!黒いのは蒸気機関車の吐いた煙の跡。昭和45年まではSL走ってたんだって。


で、漆久保トンネルの下には、こんな所もあり。ポータルはレンガ積みが見られますが、中は補強のためかモルタルで覆われてるみたいです。残念。


さらに漆久保トンネルの上には、旧善光寺街道が通っておりこんな石仏も。素晴らしい造りで昔の人の信仰心が忍ばれます。わし、石仏や道祖神も大好き。といっても全然詳しくないのですが(爆)

と、石仏の拝観しておりましたら、「ニワトリ居るよ?!」と、旦那から連絡。

いた〜!!
カワイコちゃんたちがっっ!わしの好きな廃なものと鶏という究極コラボ!なんという素晴らしい場所なんでしょうか!!


往時に想いを馳せる、旦那様。線路も枕木も無くなっておりますが、架線柱は残っております。


潮沢信号所跡。写真悪くてあれですが、ここは急勾配と単線でのすれ違いのためのスイッチバックなんです。
こんな鉄道遺構も見られるんですねえ…ってんんっ?!

わしらは小学校4年生の時、「長野見学」という日帰りで県都長野市へ電車で行くという学校行事があった。電車ではるばる飯田線、中央線、篠ノ井線と乗り継いで、ついでにその区間の駅名を全部覚えさせられて県庁やら善光寺やらNHK長野放送局を見学し、お土産には小学生には嬉しくない八幡屋磯五郎の七味をもらえるという内容の一大イベント。
善光寺の鳩にくれる大豆をふやかして持って行ったけど、満腹の鳩に見向きもされず豆が残り。そのままリュックに入れたままにしておいたら、いつの間にかもやしになってたのはいい思い出です(爆)

で、この電車旅の一番の見所が「スイッチバック」だったんですよ。スイッチバックという言葉を覚えたのも、この時。移動はクルマが基本な田舎の人間、しかも電車なんて乗る機会のほとんど無い小学生にとって(だからこその電車旅のようですが)、電車がバックしてまた前に進む…ってなんだかよくわかんないけどスゴそうな事が起こる!と、胸をときめかしてその瞬間を待ってたら、あっけなく終わってしまって拍子抜けした気が…。(^^;

もしかして、ここは…あの時大興奮したあのスイッチバック場所?!Σ( ̄□ ̄;!!!

確かにここが廃線になったのは昭和63年という事ですから、昭和58年に長野に電車で出かけたなら通ってるじゃないですか!よもやその場所にこうして立とうとは!
あの思い出の場所ももう廃線でしたか…(しみじみ)
30年という時の流れを、思い起こさせるそんな場所でした。

この後は大好きな道祖神巡りも。
何がビックリって、廃線跡に近い場所に世にも珍しい道祖神様がチューをしてる「接吻道祖神」なるものがあるというので、これは見てみたい!と行ってみたところ、恐ろしいほどの急勾配&悪路!クルマじゃとても行けないし、道は草ぼうぼうで熊出没注意まで言われたんじゃ、歩く気にもならない。毛虫は落ちて来るし、元々そんな登山する気はなかったから、適当な格好してるし。
後ろ髪を引かれて帰って参りましたが、旦那様が後で調べたらあと100mくらいの所まで行っていた模様。しかも、ふもとの明科駅近くにレプリカもあったとか…!(涙)そっちで良かった…っ!(><)

気を取り直して、神代文字道祖神なるものを拝見。こりはスゴイ!

惜しむらくは、ガラスに反射してしまってうまく写真が撮れない事。ついでに何かの工事をしててそこに置かれたコカコーラの自販機が映り込んで、余計良く分からん状態に。ともかくも神代文字なんて聞いた事はあっても拝んだ事が無かったので、見られて嬉しかったです♪

この後、道の駅やら観光地の大王わさび農場やたまごの駅、かんてんぱぱショップ安曇野店に立ち寄ってきました。

お昼にいただいた、みはら胡蝶庵安曇野店の「ちょこっとセット」がデザートまでついての900円ちょっと!ちょこっとって言うけど、美味しい上に満腹な内容で、昨日のおそばに比べたら素晴らしいコスバです。
また行きたい♪
Posted at 2014/06/18 16:29:12 | コメント(1) | トラックバック(0) | 廃カラさんが通る | 旅行/地域

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