
ロケット広場のロケット撤去の話は聞いていたが、いよいよ始まってるようだ。
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設置されたのは1978年。ちょうど私が受験勉強に追われていた高校3年のとき。親父が他界した年でもある。
結局浪人して難波の予備校に通っていた。帰り道に難波や日本橋界隈をブラついてこのロケットのそばも何度も通った。
そして翌年晴れて大学生。大学の仲間とは専ら京都で遊んでいたが、アルバイト仲間とはミナミが中心だった。キタももちろん遊んだが、7:3でミナミが多かった。
親友との待ち合わせは人の少ない場所を選んだが、大人数になると「ロケット広場」または「虹の街の噴水」。
特別にロケットに興味があったわけではない。(実は本物のロケットだと思ってた)
ただ待ち合わせのシンボル、出会いのシンボルが消えるのが寂しい。
もっとしっかり見ておけばよかった。そう言えばあそこの写真って1枚もないような気がする。待ち合わせでいきなり写真は撮らないから。
今たぶん撤去工事中だろうが見に行きたくはない。いや是非見ておきたいのだが。
見たら泣いてしまいそうなほど思い出が詰まってるので。

Posted at 2007/08/15 23:06:02 | |
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0708 | 日記