2018年05月19日
ピカソを手にいれました。代わりにCXを手放しました。
CXは、みんカラでお世話になっている方のお孫さんを乗せたいと思っていましたので残念かつ申し訳なく思っています。
ピカソは旧タイプで年式は古いですが、走行距離16000キロの程度の良い上物でした。デザインは旧型のほうが好みですし、乗り心地もかなり期待できそうで納車を心待ちにしていました。いつものように試乗らしい試乗はしていません。
肝心の乗り心地はもちろん悪くはないのですが、やはり金属ばねのそれでした。CXは数多くの欠点があり、乗り心地も言われるほどでもないのですが、ハイドロの味わい深さという点からみますと、やはり「シトロエンとそれ以外」という言い方がとてもしっくりくる車でした。手放された多くの皆さん同様、私もまた既に郷愁の想いに囚われています。やむを得ない事情で手放しましたが、不思議なくらい魅力的な車でした。
javelさんのページをみますと、シートも張り替え新たな出会い待ちの風情で佇んでいました。機会があれば、また手に入れてみたいと願っています。
Posted at 2018/05/19 03:41:29 | |
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2016年04月02日
2CVに触れる機会がありました。
助手席に乗せて頂き、不思議なほど至福な時間となりました。
以前DSの後席に乗せて頂いたときと同じ感覚です。
古い車に乗って自分がこうした感覚になるとは思ってもみなかったことですが、いずれの車にもそこかしこで出会った数々の記憶の残像と思い入れがあり自然と感慨に襲われるのだろう、と思います。
中は広いです。確かに四人乗れます。
今回の車は新兵衛さんに当方が無理をお願いしお出かけ頂いた車ですが、シートもステアリングカバーもとりわけ見事な出来、しかも風情のある出来ですので2CVの中でも格別のもののような気がしました。
アイドリングは見事な安定感でした。私のCXより安定しています。
お話によるとかなり調整されたとのことでした。
それにしても感心させされるレベルでした。
乗り味は、当方のハンモックに見立てた夢想に反して、現実的なものでした。
これもDSと同じですが、気持ちよく現実に引き戻されるので好印象は一向に変わりません。
乗っている間、「2CVが走っている。しかも乗っている。」という感動が続くのです。
茨城の守谷で待ち合わせとなりましたが、古民家そのものの蕎麦屋さんに出会えたのは幸運でした。
古民家の味わいは、その土地の風情や踏み固められた土の感触や長い間その場にありつづけた佇まいの中にこちらがお邪魔させてもらう、というところにあるのだろうと思うことがあります。
予想はしていましたが、入った瞬間、これは幸運な出会いだと思ったのです。
茶房と名乗る喫茶店にもお邪魔しましたが、瀟洒なレストランの傍らにあり確かに茶房でした。
やや高台から、前景を通し関東独特の平らかな田畑が川にいたるまで延々と続くのですが、茶房と新兵衛さんの存在の心地よさで眺め入ってしまいました。
平凡なはずの風景がその場からはとても味わい深い風景に見えたのです。
シトロエン語りからゆるゆると時間が経過し、疲れることも無く長い時間をたゆたうかのようでした。
上質なひと時となりました。
新兵衛さんのお話では、肩に力が入りすぎておらずそのくせ質感を感じさせるこうした店が筑波周辺には多いのだそうです。
筑波の田舎道をDSか2CVで走るのはここ数年の淡い夢ですが、近日またでかけてみたいと思います。
写真も撮ったのですが、どうもうまく載せられませんでした。
またの機会とします。
Posted at 2016/04/02 11:57:06 | |
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2015年07月20日
暑い日が続くようになりました。
日本の湿度も含めた暑さは世界でも名うてのてごわさだと思いますが、熱いということなら上海、焼けるというならマカオ、次点でマレーシア、シンガポールという記憶があります。
数年前の8月上海に行きました。上海に用事があったわけではなく、知人の事業立ち上げのために蘇州に行く必要があり、上海空港まで迎えにきてもらいました。
夕方に着き、そのまま数時間車で移動し何事も無く蘇州到着という予定でした。
ところが、5車線は優にある道路上で車が止まってしまいました。知人の車はVWゴルフだったと思います。
ここから驚きの事態が発生しました。
この知人は中国在住十数年なのですが、ほとんど中国語を話せないのです。南京出身の奥様が日本語に堪能でかつ常時自分の部下を通訳として連れているので、氏が中国語が堪能でないことは薄々わかってはいましたが、特に問題にはならなかったのです。
ところが今回は何故か通訳を同行していませんでした。
携帯で氏があれこれやりとりしている間に、一台の車が止まりました。
故障車を直すために道路を行き来している車のようでした。
どうやら「直す」と言っているようです。その後まるで漫画のように解体が始まりました。
ボンネットを開けた彼らはどんどん部品を外していくのですが、それをぽんぽん投げ捨てているのです。
「危険」を察知した私は、彼にその旨伝えましたが、彼にできることは携帯で彼の部下とその「修理屋さん」に話をしてもらうだけです。
なすすべも無く延々と高速道路(?)脇で立ち尽くすうち、ゴルフのエンジンは解体が終了し、エンジンルームには既になにもありませんでした。
うだるような湿気の中、今度は車を運ぶことになったようで、我々3名は上海の裏通りまで連れていかれました。
あたりは真っ暗で、時折上半身裸の男が走っていました。
彼らとは私は一切会話はしませんでしたし、我々3人も何故か会話はしませんでした。
あのような緊張を伴う環境にいると自覚すると、不思議と会話は途絶えるようです。
その知人に聞いたところで本人も何が何やらわからず、ひたすら「危険」の臭いが漂っていました。
朝になるまで、椅子ひとつない場所で立ち尽くしたまま、蚊に延々と刺され続けていました。
結局何らかの交渉が行われ、我々は解放されたような形になりましたが、そのときもその後も彼にそのときのことは聞いていませんし、彼からも話はありませんでした。
ゴルフは消滅したようです。
風ひとつなく、会話もない、ときおり異様な音が聞こえるだけのねっとりとした奇妙な夜が、私の上海の記憶になってしまいました。
念のために申し添えれば、帰国する際に食べた上海空港のラーメンはおいしかったと思います。
ただ、自給数十円で働く少数民族の人からすれば、一日働いても食べられない値段であり、身近なアジアの現実は多くのことを考えさせてくれました。
Posted at 2015/07/20 18:13:30 | |
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2015年04月22日
Posted at 2015/04/22 23:41:23 | |
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2015年04月13日
日曜に所要があり埼玉北部に行きました。
以前からフランス車の緩い集いがあると聞いては
いましたが、調べてもよくわかりません。
とりあえず行ってみようということで、用事を済ませ
古代ハスの里に向かいました。
既に午後でしたが、数十台はあったと思います。
特に気になったのは初期型CX,2CVでした。
そこでDSに出会ったのですがご好意で後席に
乗せてもらい近辺ドライブにご一緒しました。。
一度乗るチャンスがあれば、とは思っていましたが
まさかこうした形で実現するとは思いませんでした。
至福の時間ですから、感想もなにもないのですが
アイドリング振動は同じATにもかかわらず、ブルブル
という振動は当方のCXより少なかったと思います。
室内はCXより明らかに広く、あの開放感はCXの
プレステージュでないと味わえないと思います。
変速時のショックは感じましたが、田舎道のでこぼこ
を軽やかにかわしていました。
あの時代の国産車のシートは金属スプリングを使用し、
むやみに柔らかいだけで、腰を支えてもくれませんでした。
そういう時代を感じさせる乗り味ではありますが、やはり
一味違うと思います。
これまた私が想像していた乗り心地ほどではないのですが
私の場合想像が妄想に近くなっているきらいもありますので
これで十分かもしれません。
ねっとり感はCXのほうがあるかもしれませんね。
javelさんで実車を見た際には、フロント部分があまりに巨大に
感じ、これは無理かなと感じていましたが、改めて郊外にて
眺めてみるととても愛おしいデザインと再認識しました。
もともと当方が好きな順番は
DS、Xm、C6、CXだったのですが
気がついてみると後ろの2台が手元にありました。
最近はC5も気になるようになっていますが、DSと2CVも
私にとってはこれからも見果てぬ夢として心に刻まれて
いきそうです。
Posted at 2015/04/13 13:44:23 | |
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