自己満足で長くてすみません。
私が物心ついた頃、父はデリカ スターワゴンに乗ったいた。
私が小学生に上がる頃、父はデリカ スペースギアに乗り換えた。
納車の日、まだついたままだったナイロンのシートカバーを父が嬉しそうにはがしていたのを覚えている。
単身赴任が多かった父が帰ってくるとき。学校から帰って家の前にデリカが停まっていたら父の帰宅の印だった。
秋田に住んでいた頃。夏、祖母のいる愛媛への帰省は1000キロ以上離れた祖母の家へデリカで。
休日、デリカで父と山へ。
助手席が私の席だった。姉達には散々抗議されたが譲れなかった。
いつかデリカに乗る。それはいつしか子供の頃の夢だった。もう父はデリカを処分したが、私の中にはまだ憧れがあった。
今、父は秋田で働いている。私は愛媛で働いている。またしても父子離れ離れ。
そろそろガタがきた軽自動車について車屋の友人に相談すると、何かクルマを買ってくれと言われた。夏に取った車検代をペイできるようにするからと。
成長しつつ欲しい車も増えていた私だが、なんの迷いもなくデリカと指定した。
もちろん、母にも彼女にも相談した。高い買い物である。報告と許可がいる。
だが、父にはデリカのことを言わなかった。ただ「大きい車だ」とだけ言っていた。驚かせたかった。
秋田が雪で閉ざされる冬、父は愛媛に来る。
秘密は母が話してしまっていた。口止めは無意味だった。
「庭に置いてる土管の鉢植えをどけたらデリカはいるだろう。俺のデリカが入ったんだから、お前のも入る」
電話で父に言われた時、言ったはずのないデリカを知られてて少し寂しかったのは事実。でも、その代わりデリカ談義で話は弾んだ。
父にありがとうと言ったことはない。未だ恥ずかしい。
だがデリカ談義の途中「親父の影響でデリカを買ってしまったよ!」と言えた。
照れ隠しで女々しく言った言葉の真意をわかってくれただろうか?
もうすぐ父が帰ってくる。もう、父の帰宅にデリカの音は響かない。
だけど、今は私がデリカに乗っている。
父のデリカの助手席でハンドルのおもちゃで遊んでいた息子は、憧れてたデリカを買ったよ。
ありがたいことに年末年始のおやすみは長かった。
父と母と彼女で出かける計画を、いま彼女と立てている。デリカを運転し、結婚を考えてる女性とともに両親を遠出に誘う息子の姿に、成長を感じてくれたら嬉しいです。
デリカの助手席は私の指定席だった。次は親父が助手席に乗る番です。
Posted at 2014/12/14 00:26:00 | |
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