
「史上最強の生物」を敵には回したくないので,多くは語りたくないが,ある日,私は幹線道路で信号待ちをしていた。私が跨る2輪車は車列の先頭である。
あいにく渋滞がひどく,信号の先も車で塞がっている。
赤信号に変わる直前に,私の前の車は強引に交差点に突っ込んで行った。その前から何かと「どかんかえ,貧乏人」タイプの他の車を蹴散らしながらの運転で,車自体の作りは高級で褒められるが,運転マナーは決して褒められたものではなかった。
案の定,交差点を塞ぐ形になった。
「どうせ前が詰まっているのに・・・」
私はフルフェースのヘルメットの中で呟いた。
と,突然その車は全く後ろも振り返らずにバックし始めた。そこそこのスピードだ。ホーンを鳴らす暇もない。
当然,私の前で止まるものと思っていたが,そのまま「コツン」と私の2輪車にぶつかった。
左のドアが開き,ドライバーが降りて来た。車の後方に回り込み,リア・バンパーをチェックしている。へこんでいないのを確かめると,
「大丈夫」
と,独りでこちらにも聞こえる声を発しながら頷いた。
そして,満足したかのように,そのままEクラスのV8モデルの運転席まで戻ろうとした。
被害者であるこちらの方は,終始一貫して全く見ない。「意地でも見てやるものか」という強い意志が感じられた。
ご存知のように2輪車のフロント・フォークは,路面からの衝撃には比較的強いが,前からの衝撃には非常に弱い。また自転車のように,跨ったまま簡単にバックなんてできない。
私は揉め事が大の苦手で,一言謝意を表してくれたら,うるさく言うつもりは全く無かったが,さすがにこれには「カチン」と来た。しかもフロント・フォークは貴重な「パイオリ」製だ。「パイオツ」の親戚のような語感も気に入っている。
「あのう,そこのご婦人様,ちょっとお待ちください」
「突然バックなさってぶつかられて,こちらの被害を先にご確認されるのが,人の道ではございませんでしょうか?」
「せめて一言,謝られても罰は当たらないと存じますが」
「立派なお車に乗られて,たいそうご身分の高いお方とはお見受け致しましたが,私は貴方様の下人ではございません」
私はそのご婦人に,そのような意味の問いかけを,そのままでは堅苦し過ぎるので,少し崩して掛けた。ついでに私の気持ちも少し込めて。
「おい,待ったれや,オバハン」・・・と。
結局一言も,そのご婦人は謝意を表することはなく,信号が変わると何事も無かったかのように,相変わらず元気溌剌な運転で走り去った。
「史上最強の生物」は間違いを起こすことは,絶対にあり得ない。彼女達の尺度に照らし合わせれば,全ての行いは正しいのだ。
どんな場合であれ「私はちっとも悪くない!」の強固な信念は,微塵たりとも揺るぐことはない。
どんなに可憐な乙女であれ,時期が熟せば「史上最強の生物」に生まれ変われる。蛹が蝶になって大空を自由に羽ばたくように。そして誰も止められない。
Posted at 2006/12/15 00:42:50 | |
徘徊オヤジ | その他