
数ヶ月前の出来事。
ある晴れた土曜日の朝,信号待ちで停車していた。
往復2車線だが,道幅はとても広い。交通量は疎らだ。
私の前には2台で,私が信号待ちの最後尾。
信号が青になったが,先頭車両は発進する気配がない。
「ま,そのうち気付くだろう」
のんびり構えた。
しばらくして,前の車がしびれを切らし,追い越して行った。
私もと,ハンドル持つ手に,力を込めかけたが,
「何かおかしい」と直感した。
テストを含め,殆ど勘を頼りに乗り切って来た人生,「何かおかしい」と思った時には,大抵本当に「何かおかしい」
よく見ると,運転者は左に首を項垂れ,眠っているかのようだ。地味な車種と色から判断して,ご老人である可能性も高い。
歩行者用信号が青の点滅に変わる。
今,ホーンで起こすと,驚いて急発進になりかねない。もうすぐ赤だ,直交する道路の車両と衝突する危険も考えられる。
元々警笛は好きではなく,せいぜい道を譲られた時に,「ピッ」と小さく鳴らすぐらいだ。
私は自分の車を左に寄せ停車した。車から降り,前の車の運転席に近寄った。
閉じた窓をノックし,声を掛けるが反応がない。
やむを得ない。ドアを開き,念のため,素早くパーキング・ブレーキを引き,シフト・レバーをPにする。
「大丈夫ですか?」
年の頃は70前後の男性。意識がない。
時刻は朝の9時過ぎ。居眠りするには早い時刻だ。
頬を触るとまだ暖かい。「除脈かも?」右掌を拡げ指を左右の頸動脈に当て,脈をカウントする。その時,やっと男性が頭を上げ,こちらを向いた。
良かった。生きていた。
脈がなければ,即座に引きずり出して道路に横たえるつもりだった。気道確保し,唇を重ね人工呼吸,心マ(心臓マッサージ)も覚悟していたが,正直本当にホッとした。唇を重ねるのは,先方に対して失礼ではあるが,肝炎のリスクもある。
「どこが具合でも,悪いのですか?」
返事がない。反応が今一つだ。
「ご家族の方にでも,迎えに来てもらっては,いかがですか?」
「電話なら私の携帯をお使いください」
と私は言った。何か朝の早い仕事か,夜勤上がりの可能性もある。
やっと男性が反応した。顔の前で手を振りながら,否定する。
「お近くなら送りしますよ」
手を振って否定する。そして男性は発進する準備をしている。「大丈夫,大丈夫」という意思表示を素振りで見せる。
これ以上拘束する訳にもいかない。私はドアを閉め,
「お気を付けて」
と声を掛けた。
信号が青になる。男性が運転する車はするすると発進して行った。
私は去りゆく車を心配げに目で追った。幸い他車の往来は疎らだ。
10m程先で,男性の頭がコクリと左に傾くのが,シートバック越しに,かすかに見えた。
Posted at 2006/11/14 04:12:21 | |
ぜろ ぜろ ひち 危機一発 | その他