
何で,咄嗟にこんな芸当ができたか?
昔々若い頃,充電が不足がちな車に,一時期,乗っていたことがある。やたらでかいバッテリーだったが,直流発電。夜の渋滞とかに遭遇すると,すぐに怪しくなった。
そこで出先では少々離れようが,必ず下り勾配の坂道に駐車していた。
押し掛けは日常茶飯事。もちろん一人で。
ある日,お嬢様と食事し,送って行ったお宅。
立派な門構えから,親御さんが出て来られた。
欧州ブランドのダーク・スーツに仏製ネクタイ姿の好青年が挨拶する。シャツの生地はスイス製だ。一張羅で気合いが入っている。
仏製ネクタイと言っても,別に蓮に乗った大仏や,千手観音がプリントされている訳ではない。発色のいい大胆な図柄のサンローランだ。
「では,失礼します」
「あっ,お見送りは結構です。どうぞ中にお入りください」
律儀な親御さん,入ってくださらない。親子での,お見送りを受けるはめになった。
「あちゃ~~。見せたくないが・・・」
心の中で呟いたがしょうがない。
30m程離れた先の,白いクーペのドアを開く。
この伝統と歴史を感じさせる匂いが堪らない。・・・かび臭い。
車体の凹凸や塗装のヤレ,一部匠の手塗り・・・私のことだが・・・も夜陰にまぎれて目立たない。「色の白いは七難隠す」。
センター・ロックのワイヤー・スポークが街灯に照らされ,クロームの光芒を放っている。
さっそうと乗り込む・・・ことは出来ない。
1.アクセル数回踏んで,ウェーバーの加速ポンプで燃料を噴射する。
2.ハンド・スロットルをチョイ引く
3.ギヤをニュートラル
4.キーオン
5.ドアを開き車体の左に立ち,左足は地面,右足はブレーキを踏む
6.ハンド・ブレーキ オフ。ブレーキ離す。下り勾配ゆえ車はずるずる動き出す。ボヤボヤしていられない。
7.ハンドルを右手で握り,左手はAピラーに
8.さあ,オリンピックのボブスレー決勝。Aピラーの左手に全推力を込め全力ダッシュしながら,ハンドルでコース修正。
9.最高速に達したら,飛び乗りドアを閉じる。ここからが勝負で,失速する前に素早く。
10.左手でハンドルを握り,クラッチ踏んで,右手で2速に入れ,即座にクラッチ・ミート
11.初爆が起こったら,すかさずクラッチ踏んで,アクセルをかぶらないよう,慎重かつ大胆にあおってから,1速へ。
門の前を通り過ぎるタイミングで,元気よく
「失礼します。おやすみなさい!」
ついでに右手も振る。あくまで,何事もなかったように笑顔で。
ここでの停車は厳禁。この惰性は貴重なお宝。いつエンストするか分らない。
上記の全てをほんの数十秒でやるのだから,結構忙しい。
こうしてツインカムの図太い咆吼を残して,夜の闇に消えていった。友人達はこの希少な年代物を「狼の皮を被ったでんでん虫」と呼んでいた。
「若い時の苦労は買ってでもせよ」
この頃のアクロバットが,思わぬ機会に役立った。体は覚えている。
ついでに感触も。今頃どうしているやら。
Posted at 2006/11/14 05:04:33 | |
ぜろ ぜろ ひち 危機一発 | その他