
朝になって前夜の雨も上がった。四方八方から霧笛が聞こえて来る。航行する船は多く,潮流も速いことで有名な海峡。晴れていても神経を磨り減らす所で,しかも視界は最悪。
乗り組んでいた5人全員で,一晩中五感を研ぎ澄まして,衝突を避けながら航行していた。マストにはアルミ製金属板がステルス機とは逆の思想で,デザインした「レーダー・リフレクター」が上げられている。
帆走しているので,優先権はこちらにあるが,ぶつかればひとたまりもない小舟,相手は衝突にすら気付かず走り去るだろう。撃沈された後で,あの世でいくら相手の非を訴えた所で,何の意味もない。
最も緊張を強いられる夜間航行は,何とか乗り切った。もう日の出の時刻は過ぎている。太陽こそ見えないが,辺りは薄明るい。全ての空間に綿菓子を詰め込まれたような感じで,霧が濃い。
船の舳先に立ち,聞こえてくる霧笛と,船舶用ディーゼル・エンジンの,地鳴りに似た音の方角と距離の変化のみを頼りに,周囲の船の位置とコースを脳内で組み立て,後方のコックピット目がけて,怒鳴りながら,コースを細かく指示する。
10m程離れたコックピットの操縦者すら,ミルク色に遮られて見えない。声は霧によってはさほど遮られない筈だが,人間心理として自然と大きくなる。
会話が途切れ,「ジャバジャバジャバ」という,船首が波を切る微かな音のみの静寂が訪れると,「あいつら本当に,この船に乗っているのか?」と疑心暗鬼になる。こんな時にはレーダーが欲しくなる。
私の生まれ持った「パッシブ・ソナー」によると,前方数百メートル以内には何もいない。航路を示すブイもこの先には無い筈だ。しばらく直進できる。
少し,緊張の糸を緩めた。
とその時,とんでもないものが霧の中から忽然と現れた。巨大な塀が立ちはだかっている。見上げてもそびえ立つ塀は天まで届いている。左右も延々と続いていて,その端なんて全く見えない。
「誰じゃ!! こんな海のど真ん中に,こんな物,おっ建てた奴は!!!」
映画「トゥルーマン・ショー」でジム・キャリーが航海の末,ドーム先端に到達した時と,状況は全く同じだ。
「まさか,地球の端に辿り着いたか!?」
私は口をポカンと開けて見上げるだけだった。人間,全く予想しなかった出来事に突然遭遇すると思考停止する。
Posted at 2006/12/18 22:04:00 | |
うみ | その他