2008年01月16日
個人的に鯨肉を好んで食べるわけではありません。
鯨を必要以上に捕獲することに賛成するわけでもありません。
しかしながら…。
シーシェパードをはじめとする、
捕鯨反対派の連中に非難されることに、
怒りを感じざるを得ない。
何で日本の捕鯨の歴史を知らない連中に
訳の分からん非難を浴びせられないといかんのか?
何で鯨の生息頭数の実態を知ろうとしない連中に
訳の分からん非難を浴びせられないといかんのか?
何で牛肉を食することが野蛮ではなくて
鯨肉を食することが野蛮になるのやろうか?
確かに俺は優雅に泳いでいる鯨は好きや。
同時に、牧場にいる馬や牛を眺めるのも好きや。
川の流れにあらがう魚たちを見ているのも好きや。
そして、そのいずれもを食する。
生きとし生けるものは、何らかの犠牲の上に
生命を維持していることは周知の事実やのに、
何故牛や鶏や豚や鮭や鮎等、日常に食されている
動物は問題なくて、鯨だけが駄目なのか?
鯨が駄目だという人たちは、極論をすれば、当然の如く、
食肉は勿論、植物さえも伐採したりしていないという状況にないと
批判することは出来ないといえるのではないか?
しかも、日本は古くから捕鯨の文化がある国であり、
縄文時代からその文化を脈々と受け継いできている。
また食文化においても、伝統料理が多数存在しているし、
それらは存在し続けられるべきものであると思う。
その文化をないがしろにしたり否定することこそ、
人間としてあるまじき行為なのではないのか?
雄大なホエールウォッチングの対象として
捕らえるだけでなく、そういう文化面も
保護する対象として捉えられないというのはどうなのか?
シロナガスクジラなどの保護が必要な鯨が居ることも確かやけれど、
ミンククジラ、イワシクジラ、ナガスクジラ等
絶対的な頭数からしても、捕鯨しても問題ない
種類の鯨もいるにもかかわらず、全て反対するのは、
エゴイスト以外の何者でもないと俺は思う。
Posted at 2008/01/16 22:56:59 | |
トラックバック(0) |
社会・思想 | 日記