2007年05月24日
昨晩、布団に入って寝ようとしてたら
左足ふくらはぎがこむら返りになり、
数十分間悶絶していたgita_kazですがこんばんは。
久しぶりに真剣にいたかったんですよ
それから、昨日の話題に反応してくださった皆さん、
どうもありがとうございます。
もっと反応が薄いもんだと思っていただけに、
多少の驚きと、皆さん結構熱い人なんやな、
なんて思ったりしてました。
自分のことを棚に上げて(笑)
俺の場合、たまに熱いを通り越して、
暑苦しいになっている気もしますがね(爆)
さて、今日もちょっと社会派な側面から。
山口県光市の母子殺人事件の話。
今日も個人的な感想・感情を書き連ねますので、
もしかしたら皆さんの考えと相違する部分が
あるのかもしれませんが、あくまでも個人の一考えとして
考えていただけると幸いです。
例の少年に対して。
俺は死刑相当と思う。
理由は以下の通り
・少年法が適用されるという考えがあったと推定される
・はじめから殺す気がなかったという論拠が不明
・友人に宛てた手紙の内容
・18歳で善悪の判断が行えないわけがない
・行えないとしたら、精神鑑定で結果が出るはず
・強姦目的=欲求解消目的
・殺害の残忍性
・殺害した人の数
・遺族感情との論理的整合性
・少年法51条1項の規定から外れる
以上のことを総合的に勘案すると、極刑を免れない。
まず、少年法とは。
少年法の存在意義とは、少年の善悪判断のブレを
一定範囲で受容し、少年の更正を目的として作られた法
という解釈であまり間違いはないと思う。
確かに少年故に更正する可能性は否定できないし、
過去の少年犯罪と比べて凶悪犯罪は減少していると
統計上は言えるのかもしれない。
しかしながら、ある意味知能犯とも言える
今回の案件については、少年法を適応しうる範囲内の
年齢であったとしても、その悪質性を鑑みると
極刑に相当すると考えて妥当なのではないか。
また、18歳という年齢を考えても、
事象の善悪に関して十分に判断することが出来る能力を
有することが出来る年齢であり、
そのことからしても少年法の適用は当該案件には
当てはまらない、あるいは当てはまっても死刑相当ではないか。
次に、殺害した人の数。
殺人事件において、当該被告が死刑になる境界線として
実は殺害した人の数も影響している。
過去の判例によれば、殺害数が1人の場合には、
ほぼ確定的に(よっぽどの事情がない限り)懲役刑。
2人以上殺害した場合には、状況に応じて死刑になりうる。
今回のケースでは、母子を殺害しているということより、
死刑に該当するに足る結果を得ていると言える。
続いて反省態度および殺害に及ぶ心情等
まずは反省態度。
当初、裁判において泣きながら詫びた被告が、
友人に対して送った手紙の中で、その反省態度を
まるきり覆すかのような文面を送っている。
現在ではその態度は改められていると弁護人は言っているが、
本村氏が言う通り、弁護人による操作が図られていると
推し量ることも可能であり、またそう捉えるのが妥当だと思う。
殺害に及ぶ心情に関しては、
言い逃れ出来うる点はないように感じる。
強姦目的であることは明白であるし、
その手口が排水検査を装って上がり込むという
大胆かつ巧妙な手口を使っていることで、
ある種計画的な犯行ということもできるだろう。
また、屍姦という人道的にみても残虐な手口も然り、
泣き叫ぶ赤子を殺意をもって床にたたきつけるなどした上、
首にひもを巻きつけて窒息死させるという非道な手口で
殺害していることによっても、
欲求を満たすこと以外に何のためらいもなかったことを
あらわしているのではないかと看做すことができる。
以上のことを総合的に判断してなお、
死刑相当ということができないのであれば…。
日本の法曹界の将来はないんじゃないかなと思いますね。
Posted at 2007/05/24 23:08:48 | |
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社会・思想 | 日記
2007年05月23日
個人的に凄く難しい問題なんですよね。
繋がれる場所や物っていうのが。
以下、自分なりの考えを纏めてみる。
あくまでも個人的な判断なんで、
僕以外の人が同意できるかは解りませんが。
例えば、親友なら。
これは全く以てNO。
繋がれる場所なんかなくても、
お互いの連絡先があるわけやし、
別に連絡を1年間取らなくても、
その関係が壊れることはない。
逆に、壊れるくらいなら、親友とは呼べないと思う。
それに、連絡を取らなくても大体想像が付くし、
想像すると言うことは、やっぱり自然と
相手のことを考えてるって事にもなるのかな。
例えば、親友とまでは行かない友人なら。
これは微妙。いるんやろうなぁと思う。
恐らく、連絡を取っていないうちに
疎遠となり、そのまま自然消滅みたいな
パターンに陥ってしまうこともあると思う。
勿論、なんかのタイミングで会えば、
「久しぶり~♪」なんて気軽に話せるやろうけど、
その後また連絡を取らないでいると、
また自然消滅的に忘れてしまって、
よっぽどのきっかけがない限り、
頭の中に現れなくなるやろう。
例えば、家族なら。
しなくても家族は家族で居られるけれど、
俺はそれでもした方が良いんじゃないかなと思う。
例えば嫁に対する連絡。
例えば両親に対する連絡。
例えば子供に対する連絡。
例えば兄弟に対する連絡。
なくても家族としては形式上以上に成り立てるだろうけど、
それでも連絡を取っている場合と比較したら、
その関係は希薄になりがちなんじゃないかな?
例えば、恋人なら。
これは無理。
いや、無理ではない人たちもいるのやろうけど、
俺は基本線として無理。
やっぱり連絡を取りたいし、相手からも欲しい。
繋がっていないと不安を感じるからと言うわけではないけど、
俺は相手の声を聞くと安心感を得られるから。
精神的な安らぎを感じることが出来る相手である
必要性が、その前提条件として必要やけど。
でも、取れない事情があるなら、ある程度は我慢する。
例えば、相手の海外旅行などで、連絡が取れない状況なら。
それならば、致し方ない。俺を気にせず楽しんで欲しいし。
例えば、仕事が忙しすぎて、相手が疲弊している状況なら。
それならば、寝かせてあげたい。
例えば、遠くにいる相手が風邪を引いていたら。
それならば、やはり寝かせてあげたい。
それでも、声を聞きたくなる時もあるやろうけどね…。
以上、戯言
以下、駄文
旧某サークルのつながり、
今のままでもいいんですけど…。
HPも少なくなってますし…。
メーリングリストとか、外部アクセス可能な
掲示板みたいなもんがあったらいいかもなぁと
この間で感じた次第でございます。
Posted at 2007/05/23 22:14:05 | |
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平日日記 | 日記
2007年05月22日
俺が良く聞くアーティストのなかに、
surfaceというデュオがいるんですが、
彼らの歌の中に「らしくらしさ」というのがあります。
最近、頭の中に不意に音楽が流れることが
ちょくちょくあるんですが、
今回はその「らしくらしさ」でした。
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND28127/index.html
らしく生きる事より
らしく演じることに
必死になってた右へ倣えで右往左往して
らしさ履き違えてる今のまんまじゃほら…
<songed by SURFACE>
なんか泣きそうになる自分が居ましたがね…。
自分らしさ、自分らしく生きることに
必死になっているのではなく、
端から見られる自分らしく生きようとしているのではないか。
あるいは、自分らしさを自分の枠にはめ込んで、
本来持つ自分を押し殺しているのではないか。
不満を口にしているが、自分自身はどれだけ努力してるのか。
きちんとやっていないのに、文句を言っているだけではないのか…。
その前に、自分らしさとは何なんやろうか?
僕は今までの人生が成功した人生だとは
自分の中で思っていませんでした。
思う高校を断念して選んだ高校。
一浪してまで勉強して行こうと思った大学に
結局いけずに入った出身大学。
大学を卒業して選んだ道も、今の道も、
それほど成功したと思えるものではなかったように感じていました。
しかし…
全て俺が選んだ道なんですよね。
高校浪人という道も選べた。
2浪という道も選べた。
新卒時の会社も、今の会社も、全て自分の意志で
決めてきた道なんですよね。
そして、成功したと思っていないくせに、
良い生活を送れた、送れていると思えているのは、
表向きや自分の表層心理的には不満を持っていたとしても、
自分自身の選択に納得できて居るんでしょうかね。
自分らしさ、自分らしくあるためには、
自分で決めるその道が大切であるんだろうと思いますし、
それをしていくことが自分らしさにつながっていくようにも
感じられるんですよね。
まだまだ自分らしさという物の正体が見えませんが、
それを探して、しっかりと歩を進めていかないと
勿体ない人生を送りそうな気がするんで、
もうすこし真面目に都度都度の決定事項を
瞬時に且つ明確な意志を持って決めることで、
自分自身が目指す方向に一歩でも近づけるよう、
努力してみても良い頃なのかなと思う晩春の夜でした。
Posted at 2007/05/22 22:50:23 | |
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平日日記 | 日記
2007年05月21日
昨日一昨日と、長野県に行ってきました。
オフレポはなしの方向で。
正直、端から見たらマニアックなのかもしれない。
マニアックな話として捉えられているかもしれない。
いや、そうやと思う。
ただ一つ 言えることは
同じ趣味を持つ物同士年齢を超えたて集まり、
酒を片手に語り、仕事について語り、
趣味について語り、アホができ、
そして真面目な話も出来る。
先日の親友のそれとはまた違う意味合いを
持たせることが出来る友人…。
それがネットを通じて出来るというのは、
正直嬉しい話です。
とろろも、僕がネットを始めた頃に
某チャットで知り合った仲間ですが、
俺の良き相談相手という意味で
欠かすことの出来ない存在ですし、
そういう意味で、ネットは自分を広げられる
良い場所なのかもしれないなと感じています。
一方で、やはり人間同士と言うこともありますし、
また全員が善意というわけでもないのがネットで、
少なからず諍いやトラブルが発生するでしょうし、
実際にそういう場面をみたこともありますし、
僕も嫌なことを経験したこともあります。
その中で自分にとって有益な人物をえり抜くのは
やはり現実の世界よりも難しいわけで…。
しかも、誰がみているか解らないという良さと悪さ。
人物が見えない分、好きなように言えるともいえますが、
他方、それが誰を傷つけているか解らないという
怖さを内包した世界、それがネットであるように感じます。
話は変わりますが、以前、mixiで足跡を残したのに、
コメントを残さないのはルール違反だとか言う風潮が
散見できるということが記事になっていたことがありましたが、
果たしてそうなのかな?と思ったり。
僕がネットを始めた頃には考えられないことが
マナーになり始めたんでしょうかねぇ…?
閑話休題
様々な意味で善悪の両方を内包するネットの世界。
今後どのような方向になっていくのか、今の僕には
知るよしもありませんが、今こうやってお話をし、
仲良くなることが出来、実際にお会い出来ている友人を
今後とも大切にしていきたいと考えています。
Posted at 2007/05/21 23:04:19 | |
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休日日記 | 日記
2007年05月16日
ともすれば3日連続で愚痴になってしまいそうな勢いな
和真ですがおばんでやす。
回って回って回って回る~ぅうぅ~
ってなくらいに振り回された、
というくらいで終わらせないと
もっと書いてしまいそう(爆)
で、表題の件。
僕のパソコンはリニューアルされませんが、
母親のパソコンをリニューアルしてあげようかと思ってます。
なんて言ったって、未だにWin98上がりの
Windows meですからね…。
一体何年戦士なんでしょうか?
取り敢えず、候補というか機種は決まりました。
日本HP社製
RL676AV-AABZ Pavilion Notebook PC dv6500/CT スタンダードモデル
Windows Vista Home Premium
Intel Core2Duo T7100(1.8/2/800)
1024MB(512MBx2)
15.4inchWXGA TFT液晶
スーパーマルチのブルートゥース付、内蔵無線LAN、
Gigabitネットワークコントローラー…
うーん、俺が欲しいぞ!
値段も手頃な131,800円♪
勿論価格交渉は行いますが…いや、既に行っていますが(爆)
ま、素の状態なんですがね。
俺もVistaにしたい気持ちが半分、
別にどーでも良いかなぁという気持ちが半分。
さて、どうすべきか…??
Posted at 2007/05/16 22:42:39 | |
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平日日記 | 日記