2017年10月24日
新型インプレッサがデリバリーされてもう1年。このほどMC版のB型に切り替わったが、相変わらずサンルーフ付きのモデルはおろか、オプションでも用意されていない。前車プジョー307でサンルーフの爽快さを知った後は、どうしてもその装備が欲しく、今の先代インプレッサ(2014/12納車D型)も、サンルーフ付きの特別仕様車アクティヴスタイルだ。地方ではもちろん、都会で乗るときも、気候の良い春や秋は天井を全開にして、風に当たるのが心地よい。米国生産車にはA型からサンルーフ付きがあるようだが、国内生産車にはつける気が無いのか、それとも剛性を強化したSGPの強度を保持するためにつけないことにしているのか? いずれにせよサンルーフのないモデルに切り替える気はないので、仕方なくアクティヴスタイルを持ち続けることになりそう。もっとも、この特別仕様車は、遮音材を標準車より多く使っていて、確かなことかわからないが多少の補強もしてある? との記事をどこかで見たような気がしたので、現行のSGPの橋渡しになっているモデルかもしれないと、自分を納得させることにする。個別この車ということなら、17000キロ弱走行で、性能やハンドリングにも十分満足で、不満な点は特にない。
Posted at 2017/10/24 13:00:51 | |
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2016年04月13日
95点だが、次期モデルは剛性が1.7倍などとアナウンスされると、次期モデルが気になって仕方がない。早く実車に乗ってみたい。
Posted at 2016/04/13 13:33:46 | | クルマレビュー
2015年11月14日
インプレッサも5000キロを超えたので、ちょっとしたまとめを。
平日の都内片道10キロちょっとの通勤と、週末1回の合計5--6キロの買い物、遠出は夏の1泊での掛川ぐらいで、平均燃費10キロになった。カタログ数値が16キロ弱だから、使用条件を考えたら2リットル、AWDの車としては立派なものだと思う。スバル独自の金属ベルトCVTの扱いにも馴れてきた。この変速機は、非常に遅い都内の流れでも、道が平坦でアクセル開度が1ケタ(ベストは5%以下)なら、リッター10キロ越えの燃費も稼げる事がわかってきた。1台前のマイカーだったプジョー307SWの4段ATとは大違いだ。ただし上り坂があったりすると瞬間燃費は大きく悪化するし、冬の朝など、冷寒時は相当効率が落ちるようだ。そのため、通勤経路をなるべく坂がないルートに変更したら、先週など、始動して会社に行く10キロの走行でリッター14キロを表示する日もあった。
もともと結構スピード好きな方なので、信号ダッシュを必要とする時はSモードに入れることもある。ただし、Sモードでも最初のひと踏みは、マニアル車と違って力強く出るわけでなく、一瞬のタイムラグがあってから全力加速に移る。そこから先は、都内の公道で走るには充分以上の早さだが、このタイムラグがなくなればベストだと感じる。皆さんのレポートを見て、Pivotのスロットル・コントローラーに興味を持っているが、客観的には老人に入る年齢としては、昔のように自分で取り付けは不可能で、購入から始まって完全作業をしてくれるお店があれば、考えてみたいと思う。ディーラー・オプションのパイオニア・カロッツェリアの音は、満足されていない方もいるようだが、私にとっては実に自然な、なめらかな音で、非常に満足。
昨年12月の購入直後に、モーターアシスト付きの2Lが発売された。出足の面では、多分そちらの方が私の好みだったと思うので、ちょっと残念だが、どういうわけかHVにはサンルーフは未だ用意されず、チルトや全開ができるサンルーフ付きのこの車で良かったと、考えることもある。
次のモデルの画像がもうすぐ公開される時期になった。次のモデルにも、現行車のエンジンを使ってほしいと思う。その上で、モーターアシスト(HV)車にもサンルーフが選べるようにしてほしい。
Posted at 2015/11/14 14:53:21 | |
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2015年10月31日
過去車2 青春のベレット1500
パブリカ700バンで4回お中元とお歳暮の配達をして、30万円以上貯金ができた。配達時期は1日に200回以上ドアの開閉をするため、もともと頑丈にできていないドアはがたがたになったため、友人に安く譲って、いすずのベレット1500を、パブリカを買った個人営業のブローカーのような中古車屋さんから20万円で買った。割といい人だった覚えがある。多分このような人の中から、後に中古車屋を構える人も出てきたのだと思う。
77馬力の1500Sではなく、OHV68馬力の1500を軽くいじったタイプというのが正解らしく、2ドアの薄い水色のボディー、前席は独立リクライニングシート、4速フロアシフト(ただしストロークは長く、GT系の手首の返しで決まる精密なトランスミッションではない)、正面には速度計とタコメーターが並んでいて(標準車はタコメーターはなかったはず)、アンメーターなど追加のメーター3つがシフトレバーの前のダッシュ下中央に、アルミパネルにはめて置かれていた。マフラーも標準タイプではなく、ストレートに換装されていて、ゴロゴロと爆音を立てていた。タイアはまだバイアスの時代。
パブリカから比較すると、雲泥の差で、何よりもほとんどの車の後輪サスがリーフ・リジットだった時代に、日本車としてベレットに初めて採用された4輪独立サスペンションは威力絶大で、コーナリングでは抜群の安定性を見せた(ただし、セダン系はキャンバー角度の変化が大きく、うっかり限界を超えると急激にスピンしたりするらしかった。そのため1600GT系は市販車としてはかなり強いネガティヴ・キャンバーをかけられていた)。
こう言っては何だが、その頃のT社系のリジットのC車などは、箱根のカーブで相手ではなかった。この車を買ってからは、配達に使うことは考えず、私的な初めてのスポーティ・カーとして、大いに楽しんだり、国道などでドリフト走行に挑戦したりしていた。
弱点は、その頃のダイナモの能力不足で、しょっちゅうバッテリーが上がった。しかし、前部のナンバープレートが跳ね上がるようになっており、上げるとバンパー中央に穴が貫通していて、そこにクランク棒を差し込んで手動で起動できるようになっていた。もちろんクランクも付属していたが、やたら力が必要で、これで起動したことは2、3回しかなかった。
Posted at 2015/10/31 15:00:38 | |
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2015年10月24日
さんざん苦労して、某大学に入学したものの、5月からのストライキの後は長期ロックアウトとなり、授業を受けたのは1ヶ月のみ。時間を持て余し、また当時、父親の経済状態があまり良くなかったこともあり、一番稼ぎになるといわれていたお中元の配達をすることにした。配達用自転車は無料貸与されるのだが、あまり荷物が積めず、当時はよく贈答に使われていたビール1ケースなどになると、4つ積んだらそれで満杯。だからしょっちゅう事務所に戻って積み直して再配達に出なければならない。これはたまらないと思い、手持ちの貯金5万円で、中古のパブリカ700バンを買い、車持ち込みで配達を始めた。4ナンバーだった。昭和42年頃の話。
空冷2気筒、前進4段コラムシフト、30馬力もなかったと思われるこの車だが、小さくて配達には最適で、後席を倒して荷物をばんばん放り込めば良い。1件配達で35円の歩合制だった。配達エリアの住所を覚えるまで、最初は1日30件くらいしか配達できなかったが、覚えてからは100件オーバーも多くなり、当時学生アルバイトでは破格の1日4000円以上を連日稼ぐこともあった。
自転車と違って、最低週に1度は給油しなければならず、その分の投資は必要だが、自転車に比べて圧倒的な効率の良さで、同じ事務所のアルバイト仲間からうらやましがられた。もちろん、遊びにも使えるわけで、第三京浜などを使って横浜などに行ったものだった。東名はまだ部分的にしかできていなかったと思う。
21世紀の車と比べては余りにかわいそうで、エンジンはバタバタと形容のしがたい音を立て、回転を上げると壊れそうにもなるし、100キロを越すと排気管から薄く白煙が出てくる。それでも初めての車として嬉しかったし、夏(お中元)、冬(お歳暮)、夏、冬と4シーズン活躍し、次のベレット1500Sを買うお金も稼いでくれた貴重な車だった。
Posted at 2015/10/24 14:55:33 | |
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