
この日は、三菱の4WD技術を調べるべく、ランサーエボリューションⅧを借りました。ランサーのエボリューションシリーズについては多くの雑誌や人が語っていますが、自身の体で確かめてみなければ本当のことはわからない、という考えに基づくものです。
ランサーのエボリューションシリーズの系譜
多くの雑誌に語られている内容ですので、概略にとどめます。
「ⅠからⅢ」の「初代」
この一つ前の代で復活したランサーは、ミラージュの5ドアハッチバックモデルに過ぎませんでした。しかしこの代では4ドアセダンとして登場し、1800ccターボエンジンのGSR、RSを復活させるなど、往年のランサーを思わせる車種にしようという、三菱の気概が見られました。今回は触れませんが、自然吸気エンジンシリーズにはMIVECという可変バルブタイミング&リフト機構が搭載され、自然吸気エンジンモデルはシビックとも競合しました。
そのため、「エボリューション」の名称はグレード名であり、「GSRエボリューション、RSエボリューション」という名称でした。車名へと昇格した時期ははっきりとはわかりませんが、ベース車がセディアを名乗ったⅦの時期だと思います。
Ⅰは、海外向けシャシーに、ギャランに搭載されていた240馬力の4G63DOHCターボエンジンを250馬力に向上させて、「とりあえず搭載しました」というモデルであったようです。そのため、曲げる性能や止める性能はベース車となったギャラン以上に低かったようです。
Ⅱは、Ⅰでの欠点を大幅に克服した上で、エンジンを260馬力に向上させたモデルです。ボデーの軽量化と強化、エンジンの出力上ににより、曲げる性能がより向上しました。インプレッサとの競合がよりはっきりしてきたのも、このモデルからです。
Ⅲは、Ⅱの方向性をさらに推し進めた上でエンジンを270馬力化、エアロパーツも派手に、大きめになりました。エアロパーツの派手さが話題になったのも、このモデルからです。冠婚葬祭には行けない車、ともされました。一方で、「台数限定」も話題になるなど、不景気時代のヒット商品として、経済現象にも取り上げられました。車の性能としては、駆動系統に改良がなかったためか、エンジン出力向上の反面、アンダーステア傾向が強まったそうです。
「Ⅳから6.5」の二代目
ベース車となるミラージュ・ランサーシリーズのフルモデルチェンジに伴い、エボリューショングレードもモデルチェンジしました。この代では、ミラージュとランサーの兄弟車化が進み、外観上の違いも僅かになりました。そして、はっきりとではありませんが「ランサーエボリューション」を車名とするかのようなうたい文句になっていきました。
Ⅳは、リヤディファレンシャルギヤ部に「AYC」と称する、トルク移動機構が追加されました。コーナーリング時に駆動力が加わると、ステアリング操舵角やヨーイングモーメント等から移動すべきトルクを算出、内輪から外輪へと油圧多板クラッチに電子制御で油圧をかけ、トルクを振り分ける機構です。
電動オイルポンプや油圧多板クラッチ、各種センサーが必要となりますが、「初代のⅠ」で言われた、「曲がらない車」という評価は、完全になくなりました。
エンジンも2000ccエンジン車としては初めて自主規制枠上限の280馬力を達成しました。その一方で、オーバーヒートしやすい、AYCからはオイルを噴出するなど、耐久性の低さも指摘されたモデルでした。
Ⅴは、オーバーフェンダーによって車幅を広げたモデルでした。当時参戦していたラリー現場からの要請とも聞いています。おかげで幅が広いタイヤを装着できるようになった上、迫力あるスタイルを得ることが出来ました。反面、特殊な車としての性格も強まり、一般の人の選択肢から外れていったのも、この頃からだったように思います。
エンジンは280馬力のまま、最大トルクの向上が図られました。記憶が正しければ、エンジンの回転方向を変更されたのは、この代からです。
エンジンの冷却性能が向上され、AYC機構にもオイルリザーバーが追加されるなど、耐久性向上にも目が向けられたモデルです。
Ⅵは、フロントサスペンションのロールセンターが下げられ、オフロード性能(ラリーでの性能?)に対策がなされたモデルです。また、これまでRSグレードには装着されなかったAYCがオプションで選択出来るようになり、競技の世界へ電子制御が浸透しつつあることが伺えました。
外観では、Ⅴではむき出しだったフォグランプに、非点灯時に装着出来るカバーが出来ました。カバーの盛り上がりから、女性のブラジャーに例えられたこともあります。エアロパーツが、最も派手だった時期かもしれません。
Ⅵの後、ラリーでの優勝記念モデルとして、「トミーマキネンエディション」が発売されました。サスペンション構造を舗装路向きにしていたⅤとしているために、Ⅵとは別の6.5とする傾向にあるようです。
「ⅦからⅨMR」までの三代目
基準車のランサーがフルモデルチェンジし、ランサーセディアへと移行したためにエボリューションシリーズもフルモデルチェンジを受けました。外観はオーバーフェンダーがなくなったために、むしろすっきりし、おとなしささえ感じられるようになりました。また、熟成が進んだサスペンション構造を継承するために、シャシーの後ろ半分は旧型までの構造を採用しているとのことです。
この頃になると市販エボリューションモデルの流行は一部の人のものになり、ますますカルト方向へと向かっていきました。ラリーモデルとしての位置づけ、一般に人への購入促進とを両立させるために、インプレッサ共々難しい局面になっていきました。
Ⅶ、ⅦGTAは、AYCに加え、センターデフのロック率も電子制御で行う、「ACD」が搭載されました。ダッシュボード上のスイッチで、ロック率が低い「ターマック」、高い「スノー」、中間の「ダート」を選べます。このロック率が高いと駆動力を路面に伝えやすくなる反面車両の姿勢は安定しすぎ、ロック率が低いと車両の姿勢をオーバーステア方向にも制御しやすくなります。
また、「ランサーエボリューションには乗りたいけれど、楽にATで乗りたい」という、ハイパワーツーリング車としての需要にも答えるべく、エンジンをAT向きの性格へ変更、5速のトルコン式ATを搭載した、「GTA」も追加しています。今思えば、このモデルこそが、近年の海外の「ハイパワースポーツモデル」の元祖かもしれません。
Ⅷは、三菱自動車側の経営層変更に伴い、デザイナーとして外国人を登用、三菱マークを全面に押し出す政策に翻弄されたモデルです。グリルにはダイヤマークとその台座が出来、ラジエターの冷却性能にも悪影響が出たそうです。トランスミッションには6速モデルも追加されました。AYCも、トルク移動量を増大させるために、ギヤ機構を変更しています。
Ⅷには、さらに性能を向上させた「MR」と、ランサーセディアワゴンのトップモデルとしての、「ランサーエボリューションワゴン」が追加されました。余談ですが、クロスカントリー風モデルのエアトレックにも4G63DOHCターボエンジンモデルが追加され、販売政策上エボリューションシリーズのイメージがあちこちの展開されました。
MRは、屋根をアルミパネルとし、鋼板のボデー骨格とはリベット?摩擦攪拌溶接?で結合されています。屋根の軽量化により、コーナーリング性能を向上させています。
Ⅸは、エンジンを連続可変バルブタイミング化するなど、4G63エンジンの有終の美を飾りました。たしかMRグレードも設定されたと記憶しています。
さらに、「エボリューションモデルには乗りたいけれど、競技はしない。」という人に対して、「GT」グレードを追加したのもこの時期だったように思います。トランスミッションは5速、センサーデフ、リヤデフともACD,AYCが省略されてビスカスカップリングとされていました。いわば、ⅠのGSRとも言えるモデルです。
四代目のⅩ
基準車が、日本名「ギャランフォルティス」へとフルモデルチェンジされ、エンジン、シャシーとも、完全刷新されたモデルです。エンジンは4Bシリーズへ、トランスミッションも5速MTかツインクラッチ式になりました。競技志向とハイパワーツーリングモデル志向とに分断されました。ただし、ギャランフォルティスにターボエンジン4WDのラリーアートグレードを設け、旧型のGTの後継とされました。
このモデル中に三菱自動車の事情や自動車産業を取り囲む環境が大幅に変化しました。ハイパワー志向はごく一部の富裕層のものになりました。ラリーアートも解散し、三菱自動車は、「新興国におけるピックアップトラックの生産と、電動駆動技術」へと軸足を移すことになりました。
そのため、このモデルの進化は途中から全くなくなり、つい先日、終止符を打ちました。
概略のつもりが、ついつい長くなってしまいました。
エンジン
4G63DOHCターボエンジンを搭載しています。もとより、「回転で出力を稼ぐインプレッサのエンジンに対し、トルクで稼ぐランサーのエンジン」と言われていましたが、その名の通りの特性でした。低回転域から十分な出力を発揮し、市街地走行を難なくこなします。高いギヤのまま、30km/hから加速することも可能です。低回転域では全く出力不足であったインプレッサのエンジンとは、正反対の特性です。
ターボチャージャーは、3500回転を越えたあたりから過給圧を発揮し始め、6500回転程度まで持続します。高回転域も十二分に使用できるエンジンで、懐の深さを感じさせます。4000回転から5000回転程度では、出力の高まり方が急激で、いわゆる「シートバックに体を押し杖kられる」加速が可能です。
ただし、アクセルペダルに即応して出力が高まる印象ではなく、アクセルペダルを踏みつけていると出力が高まってくる印象です。そのため、加速の性質は自然吸気エンジンとは全く異なります。
アクセル操作に対するエンジン回転の反応も、ターボエンジンとしては良いものの自然吸気エンジンと比べると劣るために、気持ちよさはさほどではありません。
エンジン音は獰猛で、当時のハイパワーターボエンジンによく見られた、低音が強調されたものです。初期の4G63エンジンでは、ローラーロッカーアーム構造のためか、空吹かし時に「ニューン」と高周波の音が聞こえたものですが、その音は皆無になっています。
二代目エボリューションシリーズの頃から、どうやらインプレッサとの競合には決着がついていたようで、低中回転域でも高回転域でも、出力の上はランサーの方が優っているようです。扱いやすさの点では、こちらの方が上回っています。
反面、水平対向の独特なエンジン回転の感覚は皆無ですから、競技志向でなければこの点は無視できます。そのため、エンジンの個性という点では乏しく、扱って楽しい感覚はありませんでした。
また、余裕ある出力を利用し、登坂時に高いギヤで走行することも可能です。インプレッサには出来ないことです。エンジン回転が低く、加速を要する場合にはアクセルペダルを踏むだけで加速可能ですから、静かに余裕を持って登坂することすら可能です。気分的余裕が高く、疲れません。低燃費エンジン車に乗ったのは良いものの疲れてしまう、という人は、エンジン出力に余裕がある車を選んでみると良いでしょう。
トランスミッション+駆動機構
6速MTが採用されています。15万kmも乗られた車だからか、6速MTの欠点なのか、シフトフィーリングが渋いです。ケーブル機構が劣化しているのでしょうか。操作時の快感は、全くありませんでした。渋さが欠点を隠すのか、床に振動が伝わる感じや、シフト後のレバーの遊びは少なくなっていました。
AYC機構は、中速域のコーナーリングでも、十分に存在を感じます。後輪の駆動力が、操舵を邪魔しません。サーキットではないので、「車を回り込ませる、即ち、弱オーバーステアになるようにする」感覚こそ感じられませんでしたが、後輪が正確に内輪差を持って前輪に追従する印象です。この機構がないインプレッサでは、駆動力をかけた際に後輪が前輪を横に押し出すような、「プッシングアンダー」になるような姿勢を取ります。この車は4輪駆動の欠点が完全に隠されており、FWD車を普通に運転しているような操縦感覚を、中速域以上でも感じさせてくれます。
ACD機構は、中速域程度では存在を感じませんでした。インプレッサのDCCDとは違うようで、グリップ走行の際には、どのモードでも同じセンダーデフロック率で制御されているのかもしれません。
恒例の、シフト映像です。
ニュートラル
1速
2速
3速
4速
5速
6速
サスペンション
純正なのか、後付け品なのか調べませんでした。スプリングの硬さが勝っており、かなり角が立った乗り心地になっていました。その硬さに車体がやや負けているようで、若干、振動の伝わり遅れを感じました。ショックアブソーバーは、機能が無くなってしまっているかもしれません。
ロールは少なめで、コーナーでのロールはごくわずかです。この点でも、インプレッサとは性格が違っています。このサスペンションであれば、サーキット走行も充分安定してこなせるであろう、というものでした。市街地走行での快適性は考えられていません。
しかし、同行した友人ともども、乗り心地の悪さは感じませんでした。シートが良いのか、上下動が人間の視点の移動や脳の揺れを害しないのか、疲れを感じさせません。眠気も起こらず、「柔らかくはないものの快適」という、不思議な感覚になりました。自動車における乗り心地は、「柔らかいと良い」、ということは完全に間違いのようです。
また、コーナーにおける安定感の高さ故、カーブを曲がる際の恐怖心(コーナーの外に飛び出してしまわないか)が著しく軽減されるために、山岳路を走っても疲れません。普通の乗用車であれば、ロールの深さゆえに神経が疲れてしまうのでしょう。このブログを読んでいる一般の人やミニバンユーザーになった人は、この点を見直してみてはいかがでしょうか?
ブレーキ
ブレンボ社製ブレーキキャリパーが採用されています。しっかりとした踏み応えと制動力の高さから、強い安心感を感じ取れます。効かない小型ブレーキキャリパーに衝突軽減ブレーキを装着するよりも、あるいは衝突をよく回避出来るかもしれません。それだけ安心出来るブレーキです。
ステアリング
油圧式パワーステアリングが採用されています。ギヤ比も速く、カーブでもあまりステアリングを回さずに走行できます、一方、フルタイム4WD故に、操舵開始に対して車両側が向きを変え始める時期は遅く、俊敏な操作感覚は味わえません。FWD車と比較しても劣るように感じられるため、操舵感覚を味わう車としては、全く不向きです。
ボデー
ランサーセディアを基準としております。内装は、当時流行していた「シンプル、未来感覚、左右対照」をテーマとしております。加飾が落とされているようで寂しいものでした。デザインテーマとしても現在のものとは異なるため、古さを感じさせます。内装も黒一色で、競技車ベースであることを強く感じさせます。
シンプルなセダンボデーであるために視界は良く、後部、斜め後部ともよく見えます。しかし、フロンドバルクヘッド部が盛り上がっているためか、やや圧迫感を感じます。
剛性は、当時のものとしてはかなり高かったと推察されます。これだけ硬いサスペンションとタイヤであるにもかかわらず、ねじれ方向への変位はほとんど感じません。全体的にややたわみを感じる程度でした。車体を部分的な補強ではなく、車体全体で剛性を考えるようになった時代になっていたことを感じさせます。
また、上でも書いたように外観はやや地味さすら感じさせるようになっています。大きな羽根さえなければ、さらに地味になっていることでしょう。好感が持てますが、ランサーEXをそのままその当時の雰囲気にしたようなスタイルは、ちょっと寂しいような気がします。「シンプル、未来的」なテイストが飽きられてしまったのは、そんな点にあるのかもしれません。
まとめ
今や歴史的遺産になりつつあるランサーエボリューションです。海外へ流出している台数もかなりあるそうです。そんな車の乗れたこと自体が幸福なのかもしれません。
しかし、エンジン出力向上だ、ボデー剛性向上だ、と言われてしばらく経ってからのモデルであり、最近では技術の出尽くし感すら漂っていた分野ですが、あらためて十数年前の車に乗ると、今でも進歩しているのだな、と感じます。
また、競技志向車としての流れを汲む車ですが、現在のハイパワーエンジン車はどれも非競技志向で、高級、高性能をうたうものばかりです。この市場との乖離が、あるいはこの種の車の運命を決めてしまったのかもしれません。歴史は途絶えてしまいましたが、ギャランのVR4やレガシィのGTの性格の方に軍配が上がってしまった印象です。
確かに乗ってみて楽しい車でしたが、競技をしない場合で2,3年を経過した際、車検を取って乗り続けるか、と言われるとちょっと悩みます。自然吸気の軽い車や、モータースポーツ色がない車を選んでいるかもしれません。(ファンの方、すみません。)
やはりこの車は、自動車の歴史の中で燦然と輝いていることが似合う車です。ハイパワーセダンを選ぶのでしたら、予算に応じて現代の車から選んだ方が正解です。
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