Webに書かれていた自動車運転免許証を返納すべき症状(紫色はその参照文です)
1.言ったことを瞬時に忘れてしまう人: 会話中に自分が何を話したかをすぐに忘れる状態は、免許返納を検討すべきサインです。
2.話が通じない人: 免許返納を説得しても理解せず、自分勝手な理屈を並べる人は注意が必要です。
3.感情のコントロールができない人: 怒りっぽくなり、運転中に感情が爆発することがある場合、免許返納を検討しましょう。
4.歩行が不安定な人: 転倒のリスクが高い場合、運転に不安があるかもしれません。
5.難聴が高度な人: 運転中に周囲の音が聞こえないと危険です。難聴が進行している場合も免許返納を考慮しましょう。
私は上の5項目には全て当てはまらないので未だ免許証を返納せずに運転を続けられそうです・・・・。
そして今年末に75歳になる私は、
自らに課すべき免許返納時期の判断基準を考えて見た。
1.首都高速環状線をどんな時間帯でも流れに乗って苦も無く走れなくなった時。
2.連続走行出来る距離が300km未満になってしまった時。(現在は900km以上)
3.総延長距離の長い非舗装林道を避けたいと思う様になった時。
4.一瞬、居眠り運転をする様になった時。(若い時は稀にあったが最近は皆無)
5.明らかに自分の不注意や操作ミス・判断ミスが原因で事故を引き起こした時。
ややハードルは高いかもしれないが、極めて冷静な今、そうなった時は、そろそろ潮時と考えるべきではないかと思います・・・・特に1番と5番は明確に判断できることだと思っています。
Posted at 2024/03/29 12:54:41 | |
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車 | 日記
2022年11月14日
必要か不必要か?というレベルで言うのであれば、法定速度が定められた我が国の道路では、高速道路の登り坂でも120km/hが出せて、そこまでの加速で20秒もかからないという性能であれば、要件を満たしていると言えるのかも知れない。
しかし、国産車でも輸入車でも0~100km/hの加速で10秒を切り、中には4秒以内で走れ抜けられる車も実在している。
車格と言うか?大きさや、内装の豪華さなどの要素を無視するのであれば、エンジンの出力に対する車両の軽さで加速パフォーメンスは概ね決まってしまうから、出力の大きなエンジンを積んだ軽量な車が加速は良いという単純な図式がそこには在る。
自動車にとって最高速はほぼ何処の国でも法律で規制されているから、その法律の許す最高速度までどれだけ早く到達できるかという点が、車という消費財の性能面での優劣が語られる唯一の事柄だと極論できるかもしれない。
つまり、所有の困難さにおける優越感を除外してしまい、又居住性や不整地踏破性、美しさ等を持ち出さ無いなら、加速力こそが自動車の持つ最大の魅力点として存在すると感じる。
ブレーキ性能やハンドリング、車体の安全性、追従性等は概ね加速力に見合った性能を与えないと危険極まりない車両となる事から、そうしたバランスは車の作り手側の良心によって維持されているのが普通のことになる訳だ。
それでは、その「加速力」は100倍~1000倍程度の価格差に見合うものであるか?を考える事にするが、30万円程度で購入できる中古車から3千万円以上数億円まである高額な自動車の主な選択理由になっているだろうか?という事を考えれば、「加速力」という答えが出てくる可能性は殆ど無い事に気付く。
簡単な話、車の能力差は加速力を比較することでほぼ完結しそうではあるが、購買心理という点を考慮すると、加速性能の重要性は殆ど低くなって、殆どの場合衣服と同じ部類のものに成ってしまう事にも気づくのです。
車のどんな部分に購買欲が刺激されているかという問いには、様々な回答が予想されはするが、明確にそのエッセンスに当たるものが何であるかを完全に自覚している人はほぼ皆無なのだろう・・・・。
人はそれほど深く考えた上で生きているわけでは無いのだろう・・・・・。
Posted at 2022/11/14 18:38:13 | |
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車 | 日記
2022年11月14日
必要か不必要化か?というレベルで言うのであれば、法定速度が定められた我が国の道路では、高速道路の登り坂でも120km/hが出せて、そこまでの加速で20秒もかからないという性能であれば、要件を満たしていると言えるのかも知れない。
しかし、国産車でも輸入車でも0~100km/hの加速で10秒を切り、中には4秒以内で走れ抜けられる車も実在している。
車格と言うか?大きさや、内装の豪華さなどの要素を無視するのであれば、エンジンの出力に対する車両の軽さで加速パフォーメンスは概ね決まってしまうから、出力の大きなエンジンを積んだ軽量な車が加速は良いという単純な図式がそこには在る。
自動車にとって最高速はほぼ何処の国でも法律で規制されているから、その法律の許す最高速度までどれだけ早く到達できるかという点が、車という消費財の性能面での優劣が語られる唯一の事柄だと極論できるかもしれない。
つまり、所有の困難さにおける優越感を除外してしまい、又居住性や不整地踏破性、美しさ等を持ち出さ無いなら、加速力こそが自動車の持つ最大の魅力点として存在すると感じる。
ブレーキ性能やハンドリング、車体の安全性、追従性等は概ね加速力に見合った性能を与えないと危険極まりない車両となる事から、そうしたバランスは車の作り手側の良心によって維持されているのが普通のことになる訳だ。
それでは、その「加速力」は100倍~1000倍程度の価格差に見合うものであるか?を考える事にするが、30万円程度で購入できる中古車から3千万円以上数億円まである高額な自動車の主な選択理由になっているだろうか?という事を考えれば、「加速力」という答えが出てくる可能性は殆ど無い事に気付く。
簡単な話、車の能力差は加速力を比較することでほぼ完結しそうではあるが、購買心理という点を考慮すると、加速性能の重要性は殆ど低くなって、殆どの場合衣服と同じ部類のものに成ってしまう事にも気づくのです。
車のどんな部分に購買欲が刺激されているかという問いには、様々な回答が予想されはするが、明確にそのエッセンスに当たるものが何であるかを完全に自覚している人はほぼ皆無なのだろう・・・・。
人はそれほど深く考えた上で生きているわけでは無いのだろう・・・・・。
Posted at 2022/11/14 18:37:29 | |
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車 | 日記