9月22日、深夜はミッドナイトブルーをとうに過ぎた頃、オレ東関道を100Km/h+αでクルージングしていた。習志野を後にし、市川の料金所で首都高フィーを払っていた。この日は翌日が祭日のためか、いつもより交通量はわずかに多く思えた。
千島町Pに入ってみるかと、昔の習性から考えたが、近頃は勘違いをしたそれが多いと分かっていたので、オレはそのまま湾岸コースを直進した。
ここ、浦安付近の最高速ステージには極普通の流れだけが存在し、その流れの中に我が身をゆだねるかのごとく溶け込んでいく。左手には浦安の合流、バックミラーには2台分のスポットが反射している。白の箱型セダンとそれを追走するAE86....参戦させて頂くべきだなと、日常混沌とした生活にうんざりしていた反動で右足はアクセルを強く踏んでいた。
しかし、大型トラックに邪魔され、2台のテールランプは離れていく。やがてめいっぱい踏んでいるアクセルのお陰で2台を捕捉できた。首都高分岐の辰巳が近い。大井方面へ直進してくれることを望む心理はハンターの意識だろうか。そう望みながら近づく2台は13号地方面へと、一般車両はほとんど分岐を駆け上がっていき、すいているレーンへと乱入だ。
よし、これからだ...加速に酔う時間が訪れた。ブースとコンマ8、ウエストゲートからのけたたましいパイパス音と共にオーバー200Km/hの世界へと...オレは酔いしれた。上空には辰巳のコーナーが覆い被さる。緩やかな下り気味の右コーナー、ピアッツァのサスセッティング不足のためギャップでボデイーにヨーイングが起きているようだ。やがてAE86を完璧に仕留めるべく、スリップストリームに入った。AE86でも近頃は05キャブツインなどという怪物もいるらしい。がこのAE86は200の壁で静止してしまっていた。オレとピアッツァにとってそのまま軽くパスすることは容易な仕事だった。わずかだが先行しているセダン系のクルマはマークⅡ、リアにGreddyとJ&kのイニシャルが読み取れる。4速5400回転だから230Km/hくらいだろうか。マークⅡの左ウインカーが点滅した。オレのピアッツァターボのATはアクセルを踏めばオーバーレブと関係なくシフトダウンされる機構を持っている。オレのアクセルは徐々にでなければ踏めないのだ。5600回転でマークⅡを左サイドに収めた。
東京海底トンネルがそのおきな口で2台を飲み込んだ。ブーストはコンマ8のままだが、オイルテンプゲージは110℃アップになってきた。もういけない....。一度ミラーに収めたマークⅡがその白いボディーを見る見る近づけてくる。
レーンチェンジ後、いつもの合図を送る。前方ではハザードが2回点滅した。オレはオイルを冷やしながら、大井で短かった今日の湾岸線に別れを告げた。出口の次のシグナルは2台だけだ。周囲は殺伐とした空間だ。左手は新幹線の操車場になっている。並んだ2台はお互いの窓を開けた。
彼のおそらく2番目であろうはずの恋人は、エンジンノーマルTD05ツインのATであるという。AT同志、正当なバトルであったのだ。彼は次のシグナルでUターンした後、再び湾岸線へと姿を消していった。バックタービンの音と共に....。
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