ハザードを出し、俺はマシンを左側へ止めた。サイドブレーキを引き上げ、ハロゲン灯をOFFにし、アドリングだけを保った。ハイリフトのカムが奏でる一種独特のサウンド、そして振動...それがオレのBGMだ。フロントのーズの先には、今夜もあと数分で始まるであろうゼロヨンコースが数百メートル延びている。対行車線にも後続車線にここの夜の象徴である、ダイアモンドのような輝きを放つハロゲンの光が流れている。時折、変わるイエローバルブの輝きだけがやけに新鮮に見える。
土曜日の深夜、ここは「静寂」という文字が消える。かん高いEXノート、キャブの暖気音やロータリーの急わしない音、ウエストゲートの音などがこのあたり一帯の「静」と「闇」を支配する。
前方のスタート地点にマシンが集まり始めた。巨大なEXパイプから吐き出される煙のせいか向こう側がかすんで見える。2台のマシンがグリットについた。スターターの手があがる。ステアリングを握っているドライバーは程良い緊張感の中にいるはずだ。おそらく、これから1速、2速とシフトアップしていくノブを握る手は汗ばんでいるだろう。小気味よい吹け上がりをみせるエンジンをレーシングさせ、周囲よりひときは高いEXノートを響かせているマシンは自由になった獣のように見える。
スターターがカウントするに従い、緊張感もいやが上に増す。手が振り下ろされた瞬間、クラッチミート、タイヤは悲鳴をあげ、緊張が一気に爆発する。回転計は跳ね上がり、レットゾーンをめざす。ギャラリーの視線が集まるのは一瞬で、爆音と速さが調和したテールはあっという間に遠ざかる。後に残るのはタイヤの焦げた臭いとオイルの臭い。
ここでは、まだメカが速い。とはいっても中心地にくらべるとレベルは低い。しかし、ここのヤツらにもプライドはある。「はった」「はられた」で仕様を変え、腕を上げ、近頃は確実にレベルアップしている。ここのゼロヨンもこれからはターボが主導権を握るだろう、彼らは「メカの上にターボが成り立つ」という公式を忘れてはいない。
1台、また一台とマシンが前方からオレの傍らを走りぬけて行く。時には競い合いながら、あるいはブッチぎりで...メカとターボがあるいはターボ同志が、メカ同志が、警察が来ない限り、夜が明けるまで勝負を続ける。
オレはサイドブレーキを静かに降ろし、シフトレバーを1速に入れた。クラッチが多盤式のためか、いくぶんつががりがシビアだ。静かにマシンを発進させ、ハロゲン灯をONにした。回転計が300rpmを指した時、2速にシフトアップ、更にアクセルを踏み込む、太いトルクがボディーを引っ張っていく。脇に止まっているギャラリーの車を横目でみながら、走るために列を作っているマシンの中にオレも紛れ込んだ。数時間前に比べてギャラリーの数も減っている。
オレのマシンがグリットについた。今日は一回だけ走ると決めている。相手はZ.3リットルクラスだろうか?オレは挨拶代わりにエンジンをレーシングさせた。相手もそれに応える。音は重低音のターボ独特のものだった。スターターはすでになく、ナビの連れがシグナルを出した。
今日もオレのマシンはメカの吹け上がりを見せてくれた。ゴール前方に見える東の空はすでに白み始め、文字通りの ”Big End”である。走り屋だけのパーティーも幕が降りる。そしてここ仙台新港がふだんの顔に戻るのもこの頃である。
宮城県仙台市 L28改 Ryo