実家に来ていた人使いの荒い姉夫婦を大宰府にあるアパートまで送り届け、オレの愛車シティーR(まるっきりのノーマル)が米の山峠にさしかかったのは夜11時30分だった。
この米の山峠の深夜は対向車がほとんど無く、しかも多彩なコーナーが続き、コーナリングを楽しむには絶好の場所である。
その峠を、軟弱にも法定速度で転がしていたオレは、リアビューミラーに一点の光が迫ってくるのを発見した。その白色光はみるみるうちにシティーに接近し、1、2度のパッシングをしたかと思うとリアビューから右のドアミラーへと移動、。あっという間にオレを追い越しにかかった。
その瞬間、オレの右足はクラッチを踏みアクセルを吹かしてエンジンの回転を合わせながら5速より一発で2速にシフトダウン。シートをベストポジションにしながらアクセルベタ踏みでシティーに活を入れていた。
「飛ばせ!」
と命じている。久しぶりに熱い血が体中にめぐりはじまたのを感じつつ、追い越して行った車を観察すると、真っ赤な車体にフルオープンの憧れの名車、ホンダS800だった。
この時点での車間距離は約40m。S800もシティーが追撃に出たのを知ってフル加速に移っている。
2速6000回転で3速へシフトアップ。次々に迫る中速コーナーをアウトインアウトのグリップ走行でクリアする。S800もテールスライドさせながら頑張っている。
車間距離が約10mくらいにまで縮んだところへ、登りのきつい左コーナーが近づく。心臓が口から飛び出しそうになるまでブレーキングを我慢し、すばやくヒールアンドトウで2速へシフトダウン。
約70km/hでクリッピングポイントをかすめてアクセルオン!アンダーステアを押さえつつアウトいっぱいまで膨らんでいく。
100mほどの短い直線でS800と横一列にならび、次の右コーナー手前でブレーキング競争!
ここでは、インについたシティーが有利でインインアウトとS800の頭を抑えてオレはようやくS800をパスした。
ステアリングを持つ手はしっかりと汗ばみ、口の中はカラカラだった。そこから峠まで続く中速コーナーを3速ベタ踏みで次々にクリア。
しかし、S800もビッタリついてくる。頂上を過ぎ、峠の下りとなるカーブがきつく、とても3速に入れる余裕などない。S800のヘットライトがシティーの後ろで左右に揺れ動く。
アタックのチャンスを狙っているのだろうが、直線がほとんどなく、カーブの見通しが悪いので攻めあぐねているようだ。
ブレーキを酷使したためか、効きが少々甘くなってきた。
「最期までもってくれるかな」
と不安がよぎるが、それも一瞬だった。峠を半分ほと下った所で、500mぐらいの直線に出る。すぐさま3速にシフトアップ。下り坂なのでスピードのノリがいい!S800はスリップに潜り込んでいる。
「ここで来るな?」
と思った瞬間、S800はスリップストリームを抜け出し、シビエのハロゲンライトが、直線の終わりを照らし出す。車速は140km/h.
再びブレーキング競争だ。あと150、130、120m....ふっと頭の中にブレーキの効きが浮かんだ。が、反射的にブレーキング、S800のノーズがスッと前に出る。続いてヤツもブレーキング。既にシティーは頭を抑えられ、S800のテールを見ながらのコーナリングだ。
「クソッ!負けた」
再度、S800を抜き去るべくバトルは続いたが、アタックするチャンスがないまま峠道は終わった。
町中に入ったのでスローダウンする。別れ際にパッシングとハザードのあいさつを交わし、S800は冷水峠方面へと立ち去った。
R200を軽く流しながら、オレは緊張の後の満足感を味わっていた。S800のドライバーのマナーは素晴らしく、安心してバトルを楽しむことができた。
最期にシティーのようなパワーのない車でも、相手と場所さえ適当であれば、最高のバトルが楽しめることを知ってもらいたい。
S800の方、ありがとう! また会えることあったらコーヒーでも飲みたいね。
作者 不明