皆様が今乗られている車を好きになった理由・原因は
色々あると思います。
映画やドラマ・漫画で出てきた車に憧れて、
知り合いが乗っている車を間近で見て、
ディーラーや販売店の方に勧められて、
あるいはたまたま停まっていた車に一目ぼれして…
私の場合はちょっと特殊でしょうか。
(お時間のある方は過去の記事「エボリューションが納車されるまで」をご覧ください)
それでもやはり三菱EVOを好きになっていったのには理由があるわけで、
東本昌平さんの「SS」を読んだこともその理由の一つです。
小学館より全9巻が発行されております。
・概要
自動車整備工場に勤める主人公大佛はある日自身が勤める工場の社長からボーナス代わりの現品支給であるマシンを入手する。それは80年代後半WRCグループBの廃止とともに活躍の場を失った幻のラリーカー三菱スタリオン4WDであった。かつて学生ラリードライバーをしていた大佛は当時の未練(クラッシュによりWRC出場を逃した)を払拭するべく夜な夜なスタリオンで峠に行き走るようになる。
その噂を聞きつけた当時大佛のコドライバーをしていた栗原(自動車評論家)も大佛の思いを探るため峠へと向かう。
当時は同じ車に乗りラリーに出場していた今は別々の道を歩む2人。
果たして彼らはお互いの思いを理解しあうことができるのか。
そこには未練や後悔といった単純な感情では説明できない男たちの思いがあった…
・見どころ
頭文字Dは若者たちの走り屋を描いた作品でしたが、こちらの主役はおじさんです。
今では周りの流れに飲まれて生活するおじさん。しかしかつては輝いていたおじさんがふとしたきっかけで過去に捨てかけていた夢を再び追っていくストーリーです。自動車業界とはいえそれぞれ別の道を歩んでいた2人が、当時の未練を、昔理解しあえなかった思いを、このままでいいのかこれからどうしていけばよいかという思いを、お互い走っていく中で見つけていく所が見どころです。
誤解を恐れずに言うと、他の自動車漫画はどちらかというとクルマに主眼を置きがちですが、この作品は人間ドラマがメインであくまでもクルマはそれを伝えるための手段・道具という印象です。(とはいえラリーやマシンの細かい描写も多いですが…)
奥が深いので、たぶん私は作者の意図というか思いを100%理解してはいないかもしれません。
だから何回も読み返してしまうのでしょう。
・実写映画版「SS」
哀川翔さん主演で映画化されています。やはり映画ですので、ストーリーもわかりやすくまとめられています。
原作の解釈が難しい部分も映画化にあたって、映画なりの解釈がなされ、明確に描かれています。
大佛役が哀川翔さん、栗原役が遠藤憲一さんと原作とちょっとイメージが違いますが、こちらはこちらでいい感じです。主演の哀川翔さんはこの作品をきっかけにラリードライバーとしての活動を始められたそうです。
・スタリオンとランエボ
この作品に登場するのは三菱スタリオン4WDです。スタリオン自体はFR方式で当初G63B型直列4気筒SOHC2000ccターボエンジンを搭載し、1983年に登場しましたが、後にG63BシリウスDASH3×2 2000ccターボエンジンを搭載したモデルも発売されました。
このシリウスエンジンは日本で最初のインタークーラーが装着されたエンジンでした。
シリウスエンジンの排気量を2.2Lに上げて、ビスカスカップリング式4WDを採用したグループBラリー出場車がスタリオン4WDでした。残念ながら実戦投入を前にグループBが廃止されてしまったため、スタリオン4WDは市販されませんでした。
その後1987年に三菱は横置きエンジンのミラージュ(FF方式)をベースにしてセンターデフ+ビスカスLSDを搭載したフルタイム4WD車ギャランVR-4を開発しました。エンジンは4G63型DOHC2.0Lインタークーラーターボエンジンを搭載していました。
このエンジンは改良を重ねながら、その後ランサーエボリューションⅨMR(2006年)にまで搭載されていくことになるのです。
ギャランの4WDはフルタイムでセンタービスカスLSDを搭載していました。パートタイム4WDでは2WDで走っているときにはリアデフにつながるプロペラシャフト以降がただの重量物になってしまいます。また4WDで走っている時にも急なコーナーを曲がる際にエンジンが止まってしまうなどの欠点がありました。デフをフリー/ロックしか選べないフルタイム4WDもフリーの場合は1輪がスリップすれば他の3輪に動力が伝わらなくなります。ロックしてしまえば上記パートタイム4WD同様に急コーナーでエンジンが止まる現象が起きます。センタービスカスLSD搭載のギャランVR-4はこうした欠点を克服しました。
こうしてラリーのフィールドに投入されたギャランVR-4はWRCはもとよりAPRC、ERCなどでも活躍し三菱ラリーの黄金期が始まりました。
そしてその後、コンパクトなランサーの車体にパワフルな4G63+4WDシステムを搭載し登場したのが皆さんご存知のランサーエボリューションであります。その活躍はここに書くには余りあるものであります。
ランサーエボリューションでは4G63エンジンの着実な改良、4WDシステムの開発が進められ、新型のエボが発売されていくたびに、「4駆は曲がらない・止まらない」というイメージを払拭していったのです。
スタリオン以前を見てみると三菱は1967年コルト1000Fからラリー出場を開始し、コルト1100F、1500SS、コルトギャラン16L GS、そしてランサー1600GSR、ランサーEX2000ターボといった数々の名車を開発し、ラリーで活躍していました。これらはいずれもFRでした。
頭文字Dで「ハイパワーターボ+4WD この条件にあらずんば車にあらずだ」とまで言った頭にタオルを巻いたラーメン屋の店主みたいなランエボおじさんがいましたが、その組み合わせをランエボだというなら、その祖先は三菱スタリオン4WDであると考えることができます。
・4G63エンジン
ところで最後には可変バルタイまで搭載した4G63型エンジンですが、なぜ約4半世紀にも渡って三菱のスポーツカーを始めとした様々な車に搭載することができたのでしょうか。かつて三菱のモータースポーツチームでWRCマシンの開発の長を務めた稲垣氏は
「4G63のブロックは鋳鉄製。今の基準からすると重いエンジンだけど、全長の短さなどに関しては最近のアルミエンジンにも負けていない。強度の高い鋳鉄ブロックだから各シリンダーの間隔が薄く設計できたし、圧力や熱が高まっても歪みにくい。性能面に関しては、重量を除けば現代でも立派に通用するエンジンだと思います」と過去を振り返っておられます。
頑丈で基礎設計がしっかりしていたからこそ、その後の数々の改良にも耐えることができたのです。また、チューニングしてもエンジンが壊れにくいということもこの4G63エンジンが人気を持っている理由の一つでしょう。
▲エボⅨMRの4G63エンジン
・「SS」に登場するクルマ
ちょっと上の項目で三菱ラリーカー開発やエンジンについて言及しすぎてしまいました。すみません。
出てくる車についてですが、主人公大佛ことダイブツが乗るのはスタリオン4WD。栗原はポルシェ911 カレラRSに乗っています。
ダイブツと栗原が学生時代に全日本ラリーで乗っていたのがトヨタ・カローラレビンAE86。昔はラリーでもFR車が主流でした。
三菱車びいきで見ると、ダイブツの自動車整備工場に客として出入りする若者、カブキの愛車がランエボⅥ。一度クラッシュして大破させてしまうが、復活している。(修理中はエボⅦ購入も検討していた)映画版ではエボⅨに変更されている。
首都高にてダイブツが運転するスタリオンを見たカブキは「ご先祖様の走りを拝ませてもらおうか」という発言をしている。
その理由は上で述べた通りだと思われます。作中でも4G63についての言及がある数少ない漫画の一つです。
1巻の冒頭でダイブツがお客さんの車 三菱・ニカエコノターボで峠を攻めているシーンもある。映画版でも冒頭で三菱ミニカダンガンで峠を攻めている。
この作品、三菱好きの人にもオススメかもしれません。
「SS」は古本屋さんでも見かけますし、映画「SS」もたまにDVDコーナーに置いてるのを見ます。気になった方はぜひ手に取って見て下さい。
最後になりましたが「SS」とはスペシャルステージのことで、ラリーにおいて指定されたルートを指定速度なしで走る区間のことです。
さて、SSのレビューよりも車やエンジンに関する事柄に言及しすぎた感もありますが、私はこれから4G63の歴史を噛みしめつつ、夕涼みドライブにでも出かけるとしましょう…
参考文献
「ランサーエボリューションⅠ~Ⅹ」 飯嶋洋治 グランプリ出版 2009年
「ランサーエボリューションストーリー 三菱ラリー哲学の具現化」 エンスーCAR本「STRUT」 三樹書房