
「アマチュア無線は趣味の大様」と呼ばれた時代がありました。現在ではあの頃と比べると趣味の幅というのも広がったように思えます。現在日本のアマチュア無線人口が減っているのは若者が熱中するほかの楽しみが増えたからあるいは単に携帯電話が普及したからなのでしょうか?私はそもそも自分の仕事における無線技術の知識と技術を向上させようと思い今年5月にアマチュア無線局を開局しましたが、様々な局と交信を重ねていくうちにしかしそれでもなおアマチュア無線は趣味の大様であると思うようになりました。この度はクルマとは直接関係ありませんが、アマチュア無線というものについて勝手に考えてみたいと思います。興味のある方は読んでみて下さい。
・アマチュア無線局とは?
まず、アマチュア無線をするためには趣味であるのにも関わらず国家資格を取得する必要があります。これはそれぞれ個人が好き勝手に電波を出してしまっては、混乱を招くため、知識を持ったものが操作する必要があるからです。このことについてはプロだろうがアマチュアだろうが関係ないのです。そして、わが国で言う所の「無線従事者」という国家資格を取得すれば(アマチュアの場合は各級のアマチュア無線技士)、総務省に対して無線局を運用するための申請をすることができるようになります。この申請を行い、総務省から許可が下りれば、「無線局免許状」が交付され、いよいよ電波を出すことができるようになります。これを開局といいます。とにかく電波を出すためには一部の微弱な電波や特定の周波数帯を除いて必ず資格と免許がいるのです。「無線従事者免許証」と「無線局免許状」どちらも免許という言葉が入っていますので、プロの世界でもアマチュアの世界でも前者を従免、後者を局免と区別のために呼ぶこともあります。
さて、昨今はSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)やソーシャルゲームなどが普及し、若者を中心に大変な人気を見せていますが、あえてこれらに沿うように表現すれば、無線局を開局することはアカウントを取得することと似ています。
▲もともとエアバンド受信に使っていた受信機と開局後に購入した無線機 有り合わせの材料で作った木製ラックは設計ミスによりたわんでしまっている
▲設置環境の悪いアンテナ群 離隔距離は取るべきである 父親もアマチュア無線局であるため、同じようなアンテナが並んでしまった
・アマチュア無線の楽しみ方
それではアマチュア無線というものを開局して一体何をするのか?というといろいろな楽しみがあります。音声やモールスをはじめ本当に様々なモードが存在しますが、アマチュア無線の基本は交信を成立させるという事です。
開局すると識別信号(コールサイン)というものが発行されますが、互いにこのコールサインを了解する必要があります。加えて、互いの信号の強さや品質を交換します。そこからさらに互いの無線機やアンテナの話からはじまり世間話や身の上話に発展することもあります。ところで、こうして互いに交信した証というものを残すことができます。日本アマチュア無線連盟に加入すると交信証(QSLカード)の転送サービスを受けることができます。先ほどのゲームの例になぞれば課金して上位のサービスを受けるようなものです。この団体に加入していなくともQSLカードの交換はできますが、互いの住所等を伝えないといけないため煩わしく連盟のサービスを利用せずにQSLカード交換をしている局は少ないです。QSLカードは各局が創意工夫したユニークなデザインのカードで、これをコレクションしたり大切にしている人も少なくありません。なにせ交信した証なのですから…
結局、TVゲームもソーシャルゲームもレベルを上げ、アイテムや仲間を増やして敵を倒したりすることが目的になりますが、アマチュア無線では多くの局と交信してQSLカードを集めたり、ログを残します。そして、その数を競うアワードやコンテストなども開催されています。
ではどうすれば多くの局と交信することができるのか。それを考えて工夫することがアマチュア無線の醍醐味であります。まず単純に考えると、無線機から出せる電波を強くするということが思い浮かびます。実はこれをするには”レベルを上げ”なくてはいけません。アマチュアの無線従事者資格は我が国においては第四級から第一級まであります。級が上がるにつれ出せる電波の強さが強くなり、周波数の制限がなくなります。しかし、単に電波を強くすれば遠くまで届くというものではないのが無線の面白い所です。同じ電波の強さで遠くまで飛ばすという事に関して、ある無線家はアンテナを工夫するでしょうし、またある無線家は音声による通話ではなく電信(いわゆるモールス電信)にしたり、デジタルモードを用いるでしょう。あるいは周波数をうまく選択し上空の電離層に電波を反射させて交信を成立させる人、自らが高い山に登り障害物がないところから電波を出す人もいるでしょう。このように”同じ電波の強さで遠くまで飛ばす”という条件だけでも数多くの方法があるのです。
こうして苦労して繋がった相手の局は同じく無線を趣味とする人なので、話が合わないわけがありません。そこから交流が始まり、実際に会って交流するオフ会になることもあります。アマチュア無線では電波で交信することを「空で会う」、直接会うことを「アイボール(目玉)ミーティング」あるいは「グランド(地上)で会う」と言ったりします。私がよく交信させていただくローカル局は年代はバラバラですが、初心者の私を温かく迎え入れていただき、今でも色々なことを教えていただいております。たまに自作アンテナの実験をするとあれば、お馴染みの局がそこへ駆けつけ、無線談義が始まります。空でしかあったことがない方と初めて顔を合わせたときのイメージの違いも楽しみの一つです。

▲自作アンテナの実験のためローカル局が集まった 各局自慢の車載アンテナが付いたクルマが並ぶ
・趣味の大様???
私たちが持っている携帯電話はつながってあたりまえですが、アマチュア無線では通信は100%保証されません。むしろ繋がるかつながらないかそのスリルというか電波の神秘(?)を味わう無線家も多いです。
HF帯と呼ばれる低い周波数帯では電離層反射による通信がよく行われます。場合によっては電離層と大地との反射を繰り返し、地球の裏側に到達することもあります。あるいはUHF帯と呼ばれる比較的高めの地上デジタル放送で用いられるような周波数帯では、大気の屈折率分布の異常によりダクトが形成され、この中を主にUHFの電波が反射しながら遠方に届くラジオダクトと呼ばれる現象が起こることがあります。ラジオダクトによる伝搬では普段はせいぜい数十kmしか飛ばない電波が平気で数百km飛ぶということもあります。
お仕事でこれらの周波数帯を使うプロの無線従事者の方なら大いに頭を悩ませるこの自然現象をアマチュア無線家たちは大いに楽しんでしまうのです。とは言えこれらの現象は全地球規模で起こる大気物理現象であるので、昨日までは繋がった局と今日は繋がらないとか、いつか繋がったあの海外の局と死ぬまでにもう一回交信したいとか、そんなことになります。交信が成立するためには1.同じエリア 2.同じ周波数 3.同じ時間 において2つの局が存在しなければなりません(これは同時に混信が起こる条件でもありますが…)。1.同じエリア ということについては電離層反射やラジオダクトが発生している場合においては必ずしもそうは言えませんけども…
さて、UHF帯の電波は異常伝搬が起きない限り、基本的に見通し距離内を伝搬します。また、周波数が高いという事は電波の波長が短く、アンテナが小型化できるため、車載無線機にもよく採用される周波数帯です。例えば旅行や観光で見知らぬ土地を訪れたときに、車からUHF帯で不特定の局あての呼び出し(CQ)をすれば、きっとその地元のアマチュア無線局が応答してくれるでしょう。その局からネットで調べてもでてこないような有益な情報がもらえることも多々あります。色々な土地に赴いてそこのローカル局と直接通信することもアマチュア無線の楽しみの一つです。

▲車載無線機(モービル機)にてCQを出して交信(VHF帯) このときは広島から鳥取県の大山へ観光に来られた同じくモービル局と繋がった
これまで述べてきたようにアマチュア無線家の出す電波は大気物理現象により平気で国境を越えて飛んで行ったり、飛んできたりします。その電波は色々な文化を持つ国に飛んでいき、その国のアマチュア無線家と繋がります。それはたった一度っきりの交信になるかもしれません。
つまり、アマチュア無線は電波を発生させるための電気・電子工学という学問から始まり、電磁波工学や大気物理学、地理、言語学、文化 という要素をすべて含むのです。これが趣味の大様と呼ばれる所以と考えられているようです。
・アマチュア無線はただの趣味? 社会への貢献度
ところで我が国の電波法によればアマチュア無線局というのは「金銭上の利益のためでなく、もっぱら個人的な無線技術の興味によって行う自己訓練、通信及び技術的研究の業務をいう」(電波法施行規則第3条第1項第15号)と定義されています。ですから、電気工学や無線工学に興味を持った者が研究のために開局するのは真っ当な理由であります。昔はラジオ少年と呼ばれる少年がいました。外国のラジオ放送を受信したいと自分でラジオを作ったりすることから始まり、やがてアマチュア無線の免許を取得して今度は自分が電波を出すという流れです。こうして大成した技術者も少なくありません。
SONYの創業者 井深大さん、盛田昭夫さん、そしてSONY元社長の大賀典雄さんもアマチュア無線家だったそうです。また、JAXAやNASAの宇宙飛行士にもアマチュア無線家が多いそうです。2014年にノーベル物理学賞を受賞した天野浩さんは「学生時代にアマチュア無線に熱中したのが物理学の研究に進むきっかけになった」というコメントをされています(*1)。無線業界に身を置く私にあっても、取引先の方や一緒に仕事をする方の中にもアマチュア無線家がけっこういらっしゃいます。
このようにアマチュア無線が物理学や工学を志す者の入り口になっていることもあるので、アマチュア無線というものが規制されたり、世間からのイメージを下げたり、全体的な盛り上がりがなくなってしまったり、ということは技術立国日本としては避けなければなりません。ラジオ少年がいなくなってしまっては日本の未来は暗くなります。
話は変わって我が国ではこれまで、自然災害によって大きな被害を受けてきました。行政ではこのような自然災害(あるいはテロ・武力侵攻)に備えるために防災無線というものを整備しています。災害時はNTT回線が使えない場合でも関係機関はこの防災無線網で連絡を取り合い、あるいは住民へ避難指示等を伝達するのです。しかし、これらのシステムが機能しなくなる事態も十分に考えられますし、機能していても限られた人員で対応されているために被害状況をすべて把握できないということもあります。携帯電話については基地局が生きていても、基地局までの通信回線(エントランス回線)が切れることもありました。そんなときにアマチュア無線が災害時の情報の伝達に役に立った例が数多く報告されています。携帯電話事業者の回線ではいくつもの中継・交換が行われた後に回線が構成されることが多いようですが、アマチュア無線は基本的に1対1の通信なので、繋がりやすいということと、周波数を選べば電離層反射や回折によって遠距離に届くというのがその理由です。特に様々な周波数を選べるという事は大きな優位性を持っています。災害用としてアマチュア局の免許を受けることは我が国ではできませんが、アマチュア無線家の災害時の役割について期待を寄せられる方もいらっしゃるようです。アマチュア無線家は平素から本来のアマチュア業務に務めて、様々な局と交信しておくということと、災害発生時には被災地からの電波をワッチ(静かに受信)しておくことが大事なようです。
・最後に
最近では「声のSNSアマチュア無線」などという言葉も出てきています。面白い表現だと思います。ある特定の周波数で不特定多数の同じ趣味を持った者が交流しあうというものであると考えると的確な表現です。携帯電話・スマートフォンが普及した現代においても電波の不思議を求めて開局する若者も一定数はいるのです。ネット社会では匿名性の名のもとに大変多くの誹謗中傷が発生し、社会問題になっている現実があります。アマチュア無線においてもマナーが悪い局や違法局の問題がありますが、ほとんどの局はマナーや法律を遵守して交信を楽しんでいます。アマチュア無線はまず国家資格がなければ使えませんし、電波法令を遵守して通信を行わなければなりません。いうまでもなく我が国の電波法は国際電気通信連合の通信憲章や条約、無線通信規則に基づいて定められており、この中では「すべての局は不要な伝送、過剰な信号の伝送、虚偽の又はまぎらわしい信号の伝送、識別信号のない信号の伝送を禁止する」と定めています。つまり出所を明らかにして誠実に通信する必要があるのです。また、上記の憲章や無線通信規則に違反して運用している局を認めた場合は、その違反についてその局の属する国の主管庁(わが国では総務省)に報告しなければならないとも定められています。悪いことはできないのです。だから有線通信においても無線通信並みの厳しさが必要であるなどとはとても言いません。インターネットの匿名性というのも大切にしなければなりません。しかし、インターネットにおいて批判や意見を書き込む前に、自分の”伝送”が果たして相手に嫌な思いをさせないだろうか?果たして本当の情報だろうか?と考えることは通信の原則として、無線だろうが有線だろうが大事であると私は考えます。
アマチュア無線は電波法を遵守して行わなければなりませんが、その責任がある分安心して楽しむことができるとも言えます。実際のこのリアルな空間に電波というものを出して、その飛び方の神秘なんかを追及してみる趣味というのはいかがでしょうか?
*1 「電子工作マガジン別冊 最新・アマチュア無線開局・運用マニュアル2018」,電波新聞社,2018年
Posted at 2018/12/16 13:47:11 | |
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