
フロンテに乗り続けているウチに、世の中はバブルへと向かって動き出しました。
我が家にもその恩恵(?)がわずかですが巡ってきました。
カリーナ1400は気に入っていたのですが、マニュアルのため渋滞は大変でした。肩が凝って肩が凝って耐えられなくなりました。また、エアコンもついてなかったので梅雨時には暑くて暑くてたまりませんでした。
そんなときに4代目マークⅡのモデルチェンジがありました。子どもも成長してきました。LGというグレードには、コラムシフトでベンチシート、6人乗りという受注生産に近い珍しいモデルがありました。もちろんオートマチックでオートエアコンでした。なんとか現金で買えるくらい貯金もでき、思い切って買ってしまいました。直列6気筒というだけで、エンジンの吹き上がりがとてもいいように感じました。(感じただけです。それがわかるほど「通」ではありません)。この車もうれしくてうれしくて用もないのに高速道路を一人で走っていました。もちろんカミさんには内緒でした。アルミホイールもはじめてはめました。
この車は先ほど書いたように6人乗りでしたので、6人で乗っているとよくパトカーに呼び止められました。警官に車検証を見せると、いつも警官はまさかマークⅡに6人乗りがというびっくりしたような顔をして「呼び止めて、しまった」という感じでした。
あるときは、車検証をみせてもすみませんとも言わず、免許証も見せろと言われました。当然免許証は持っていました。それでようやく向こうも「しまった」と思ったようです。そのときは私や同乗者は高校の同窓会へ向かっている途中でした。呼び止めた警官に遅刻しそうだと言ったら、私が先導しますのでついてきてくださいと言われ、しばらくの間パトカー先導で学校に向かったことがありました。ちょっと愉快な思い出です。
そうこうするうちに父親が退職しました。退職金の一部(?)で3代目カリーナマイロード1500を買ってくれました。もちろん自家用タクシーとしてです。
赤い車でカミさんよりも私の方がよく運転していました。エンジンの吹き上がりはあまりよくありませんでしたが、1500ccなのでこんなもんだと納得していました。
なんと普通車2台所有の時代が再び巡ってきました。
当時は預金金利は6~7パーセントでした。一年定期預金をすると一ヶ月の給料分の利子が付きました。給料も3短、6短といって3ヶ月前、6ヶ月前にさかのぼって昇給し、後で差額がもらえるという時代でした。今思うとウソみたいな時代でしたね。
その後、これでついつい調子に乗ってしまうときが近づいてきます。
その3はこれで終わりです。
Posted at 2016/01/06 22:03:42 | |
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