
明け方の峠から帰り、自分のアパートに着く
いつもは180を停めている場所に
今日はみどりマーチが停まっている
まだ寝ている横顔を眺めながら、ふと思い出す
ちょうど一年くらい前だったか
自分のマーチが寂しそうだと言っていた
よく、車を擬人化して話す人が居る
愛着のある車だけに、気持ちは解からなくも無いが
それは少し違うようにも思う
車は人じゃない、あくまでも機械だ
自分の職場で初めてあいつを見かけたとき
あいつは自分のオーダーした部品を持っていた
いつもなら部品屋のオヤジが配達に来るのにな
と、第一印象はその程度
挨拶だけの間柄から、普通に話が出来るようになった頃
工場の駐車場に停まる、マーチのEg音が少し気になった
車に関わる仕事をしていても、自分の車を気にかけない人は多い
そう言えば先日、Egがガラガラ音をたてると
飛び込みで訪ねてきたK11マーチのお客が居て
とりあえずオイル交換を、と言われたものの、中は酷い状況
一通り説明をしてはみたが
オイルだけ入れてくれたらいい、この車は大丈夫なんだから
その一点張りで、こちらの話を聞こうともしない
何を言っても無駄、と、言われたとおりにオイルを規定量だけ足す
それだけで、マーチのEgはガラガラ言わなくなった
料金の支払いを済ませたそのお客は、ほら、とばかりにニヤリと笑い
足早に工場を出て行ったが、もう二度とウチには来ないだろう
確かにK11マーチのEgは強いし、こんな客も過去には何人もいた
他メーカーだったら、あっという間に焼きつくんだけどな
可哀相に、あのマーチ、Egがダメになったら捨てられるんだろう
そんなこともあって、あいつのみどりマーチが気になった
型式もひとつ変わるし、K12となると話は別だ
どうせ休みの日も、自分はここに来て180を弄っている
ついでだし、と思って声を掛けてみた
俺の突然の申し出に、ビックリした様子だったけど
次の休みに、みどりマーチを見てやることになった
それから何度かメンテをしているが
その度に工賃の代わり、と言ってはオイルを持ってくる
逆に工賃より高くつくだろう、と言って断ろうとしても、引かない
「いいの」と言って笑うその顔が・・・、いや、なんでもない
さすがに何度もオイルをいただくわけにもいかず
今度こそはちゃんと断ろう、そう思っていたある休みの日
「今日はオイルの代わりに、一緒に食事でもどうですか?」
あいつの方が、人付き合いは一枚上手なのかもしれない
一通り作業を済ませ、それぞれの車に乗って店に向かう
180に乗るか?と聞いたら、自分のでいいと言う
スポーツカーより、ミニバンの時代だもんな、と
ひとり180の中で苦笑い
さて、みどりマーチの後を追うか
店の駐車場に一足先についたあいつが
後から駐車場に着いた180を、まじまじと眺めている
「180、キレイだね。」
180がキレイだと言ってくれるが、人並みの手入れしかしていない
年式も年式だし、日産の白は、トヨタの白には適わないんだよな・・・
なんて思っていると、ぼそぼそと声が聞こえてきた
自分のマーチが寂しそうだ、と凹んでいるから
たまには何か気の利いたことを言ってやろうと思ったが
相変わらず車以外には話題の乏しい自分
こんなときも車に例えるしか言葉が浮かばない
普段、自分のマーチを可愛いと言っているから
そのつもりで、マーチに似てる、と言ってみたものの
逆に下を向かれてしまった
・・・やっぱり女は面倒くさいな
せっかく食事に誘ってくれたんだし、と気を取り直して
みどりマーチ、じゃなかった、キウイグリーンを褒めてみるか
マーチの丸いところも、そう言えば丸顔の誰かさんに似てるし
こっちを向いた顔が、なんだか寂しそうだったから
笑わせるつもりで、つい余計なひと言まで言ってしまった
「意地悪!」
肩を叩かれて、思いのほか力が強いんだな、と
からかってやろうと思った瞬間に、涙が見えた
結う子さん
とっさに名前を呼んだ、が、何を話したらいい?
って名前、変わった漢字だよね、どういう意味?
我ながら気の利かない質問だな、と思う
か細い声で、名前の由来を話し始める
人の縁を結ぶように、縁を結うから、結う子、か
今日の食事の誘いも、縁を結ぶ名前のとおりなのかな
そう言えば自分が大切と思う仲間は、みんな車繋がりだな
車が人との縁を結んでくれている
そう、仲間と話していたことを思い出した
この180も、高校時代の先輩から譲り受けたもの
先輩は今、Zに乗っている
極たまにしか会えないが、都合がつけば今でも一緒に山に向かう
缶コと煙草片手にだらだら話し込んだり、走ったり
言葉にしなくても、同じ場所を走るだけで通じるものがある
自分にとっては、無くてはならない仲間
車が結ぶ、目には見えない不思議な縁、そんなものを感じる
そんなことを話している俺の顔を、じっと覗き込んでいる
俺、何か変なことを話してるかな
ま、いっか、車の話ならいくらでも出来るし・・・
ふと、気になっていたみどりマーチのEgの音を思い出した
実際に見てみたけれど、特にどこが悪いわけでもない
それなのに、何か気になる小さな異音
もしかして、と思う
車は人ではない、機械だ
だから、意思を持ったりするわけが無い
にもかかわらず、まるで生きた人間のように例える人が居る
でもそれは、その人の車に対する思い入れが、気持ちが
自分自身が車に映し出されているのではないか、と思う
車が発する音、調子、挙動、そのどれもが
実は今の自分の心そのものなんじゃないかと
だとすれば、みどりマーチのEgの小さな異音は
オーナーの心の悲鳴、なんだろうか
寂しそうな顔、涙のわけ、所詮は他人事だと思いながら
耳の奥にいつまでも残る、小さな異音
ほんとにメンテナンスが必要なのは
みどりマーチではなく、オーナーなのか?
隣同士に並んだ180とマーチ
人には聞こえない声で、何を話しているんだろう
自分とあいつ、声にはならない声で、何を話すのだろう
俺を見るあいつの目が、さっきまでとは違う、ような気がする
あの日のことを思い出しながら、アパートに停めたみどりマーチを眺める
助手席で眠る、あいつの顔は、一年前より幸せそうだろうか
寂しい思いはしていないだろうか
峠を駆ける自分の行為は、決して許されるものではない
こうしてあいつを助手席に眠らせていることも、同じこと
どちらも、自分にとっては法や秩序で割り切れることじゃない
我が儘だな、と自分でも思う
それでも、自分には無くてはならない、かけがえのない・・・
・・・それは自分勝手な想いだろうか
さて、質問です
無くてはならない、かけがえのないもの
あなたはいくつ持ってますか?
答えはキミの胸のなか