
子供のクラスの担任が
授業中に居眠りしていた児童に向かって
「死ね」と言ったらしい
クラスに衝撃が走った
何度注意してもうるさい児童には
「馬鹿」
「このクラス、腐ってる」
そう言い残して教室を出ることもあるという
ぶつぶつと、近くにいる人にだけ聞こえるような声で
馬鹿、死ね、と言うらしい
何人かの児童が、校長に「通報」しに行ったが
学校から親には、特になんの話もなかった
そんな担任、すぐに替えてほしいと
我慢できずに校長に直談判に行った保護者がいる
元教員をしていた方に、友達がこの話をしたところ
「その先生、きっと心が病んでるから
すぐにでも教育委員会に話をあげた方がいいよ」
それを聞いて、私も慌てて副校長の元に走ったけれども
一通り話をきいた上での、学校側の答えは
「先生を替えても、また同じような人だったら、ねぇ」
こういう答えを予測していた、その元教員さんが言うには
「校長は、自分の査定ばかり気にしているから
直接教育委員会に話さなくちゃダメだよ」
今年、この学校に赴任してきた担任の
ここ最近の、アレコレ
子供たちから聞いているこんな話を
レビンマンにも聞いてもらったのだけれども
話を聞くうちに、レビンマンの顔には一面の???ハテナ???
「死ねって言われた子供の親は、直接担任と話をしたの?」
さぁ、どうだろう?
「ウチの子が悪かったのは間違いない、けれども
叱り方ってものがあるだろう、言葉遣いには注意してほしい
たとえば、こんな風に言ってほしい、とか
親は担任に自分の希望を話したの?」
いや、たぶん直接には話をしてないんじゃないかな?
「当事者同士が話をしていないのに、外野が出てくるの?
しかも、担任を飛ばして校長だとか、教育委員会だとか?
それっておかしくない?」
う~ん?
ちょっと冷静になってみなよ、とレビンマン
まずは、どうしてこうなったのか、よく考えてみて
どうして親が、担任と直接話をしないのか
それは、親が担任と距離を置いているから?
そこに、今回の問題の原因があるのだと思う・・・
4月のこと
登校第一日目、帰宅した子供に担任のことを聞くと
「キモイ」
この時は、自分の子供を叱った
自分に勉強を教えてくれる人に向かって、キモイとはなんだ
自分が知らないことを教えてくれる人は
自分にとって、とても大切な人なんだよ
登校二日目、担任にあだ名をつけて帰ってきた
親しみを込めたあだ名はいいと思うけれども
どうも様子が違う、なんとなし、馬鹿にしている
先生を馬鹿にしてはいけない
もう二度と、そのあだ名で呼ぶのはやめなさい
はい、と返事はしたけれども
きっと学校では友達と一緒になって
そのあだ名でこっそりと呼んでいたのだろう
それからも時々、担任の行動について聞いてみたけれども
面白い時と、変な時がある、とのこと
どうやら、感情の起伏が激しいようで
ノっている時は面白いそうなのだが
テンションが下がった時は、めんどくさそうだという
何度もそんな話を聞いているうちに
まだ会ったこともない担任に、なんとなし
キモイ、ちょっと変、変わってる
そんな印象を、親も持っていたと思う
そんな折、家庭訪問があって
学校の話より世間話、家の中をきょろきょろと
何だか落ち着きのない担任の様子に
やっぱり子供から聞いた通りの、変わった人だ
心の中で、そう思い込んでしまったように思う
そのうちに、子供が担任の悪口を言っていても
親も子供をたしなめることもなくなり
次第に、学校や近所で顔を合わせては
親同士、担任のことを悪く噂するようになった
親の中には、「先生の顔も見たくない」
そう言いだす人もいた
それを、親が子供の前で話すものだから
子供だって今まで以上に担任を馬鹿にする
以前赴任していた学校での噂話や
去年の担任との比較
口には出さないけれども、私たち親の顔にも
「キモイ」、そう書いてあったのだと思う
親も子も、そんな目で担任を見れば
どんな人だって、嫌な空気を感じるだろう
心が荒れたり疲れたり、精神が不安定になって
感情をコントロールできなってしまったのかもしれない
そんな中でも、二人の男の子は違っていた
クラスの子よりも少しだけ、ゆっくり時間の流れる子がいる
その子たちは、担任を変な色眼鏡で見ない
担任を馬鹿にするようなことを言わない、しない
担任は、その子たちにはとても優しいのだという
これが、「答え」なんだと思う
強く投げたボールが、強く自分に跳ね返ってくるように
「嫌い」と思ってボールを投げれば
当然のことながら、「嫌い」のボールが返ってくる
もしもこれが、先生でなく、例えば転校生だったとしたら?
登校一日目から、「キモイ」と言われた子供は
「イジメられた」と訴えてくるだろう
先生だって、生身の人間だもの
特に何もした覚えもないのに、児童から、親から
キモイキモイと嫌われてしまっては、心が折れる
心が折れてしまった時、担任は誰かに相談できただろうか
子供たちの話では、どうやら仲の良い先生は一人しかいないという
親が見た時には、担任から話しかけられたほかの学年の先生が
全く目を合わせずに、横を向いてしまっていた、という
クラスの異変は、きっと学校でも気付いていたんじゃないかと思う
校長も、副校長も、同僚の先生たちも
知らなかったはずはない
もちろん、担任が児童に向かって
「死ね、馬鹿」と言うことは、どんな状況でも
絶対に言ってはならない言葉だと思う
それは大前提だ
昔々の先生たちは、もっと明るく嫌味なく
もっと愛情をこめて、「馬鹿もん!」と言ってくれたけれど
ぶつぶつと、小さな声でいう「死ね」は
その声が聞こえてしまった子供たちの心に
大きなショックを与えてしまった
その心の傷は一生消すことはできないし
担任は、もう二度と、そんな言葉を口にするべきではない
だけど
だけど、こうなってしまったのは理由があった
先生を馬鹿にする子供たち
それをとがめない親たち
居眠りしている子がいれば
周りの子供たちが起こしてやればよかった
うるさい子には、みんなで注意してやればよかった
「死ね」と言った先生に向かって
「そういう言葉は、言っちゃダメだ!」って
勇気を持って言える子供がいなかった・・・
なぜなら
親が、陰でこそこそ悪口を言ってばかりで
誰ひとりとして、担任と直接向き合おうとしなかったから
そんな苦しい状況を、打ち明けられなかった担任も
何となく気付いていながら、声を掛けなかった学校側も
ここに関わる全ての人間が
この問題の、原因になっていたのだと思う
全ての物事には、必ず理由がある
その理由を考えずに
担任がキモイ
「死ね」って言った
子供が傷ついた
そこだけを拾い上げ
「今すぐに担任を替えてくれ」
そう訴えるのは、いかがなものか
もしも担任が変わったとして
次に、「このクラスの担任になりたい」
そう言って手を挙げてくれる先生が
どこにいると思う?
今回の件は
誰もが反省しなければいけない
子供たちは、指導者への感謝を忘れてはならないし
親は、子供に感謝の気持ちを持つことを教えなければならない
教師は、人にものを教える立場を忘れてはならないし
学校は、いち教育者として上下の関係なく、互いにサポートし合うべきだし
これら全ての立場の人が、話し合いの場を持つ環境を
みんなで整えて行かねば
これからも、きっと同じことが繰り返されると思う
私の言うことは、きっと「キレイごと」だと思う
「理想論」だとも思う
誰が聞いても、無理、と思うだろうし
時間の無駄、と言われてしまうかもしれない
実際に、とても難しいことと思う
でも
私は日ごろ子供に話していることがある
「できる出来ないは関係ない
やってみる前から諦めちゃダメなんだ」
無理、無駄、そう言って
手っ取り早い方法を選択することは簡単だ
でも
理想を掲げ、そこに向かって一生懸命に努力しない大人が
子供に何を教えてあげることができるだろう?
子供と、いろんな話をした
ママもいけなかったね、先生をキモイって言ってたこと
悪いと思うし、もう言わないよ
このまま先生が辞めちゃったら、どう思う?
子供は、しばらく考えて
「何となく、嫌だと思う」
先週、担任の出張の日に
副校長が子供たちにアンケートを取った
今、学校は楽しいですか?
最近、学校で何か気になることはありましたか?
担任から直接言われた子
それを実際に聞いていた子
友達からその話を聞いた子
校長に通報しに行った子
数人が、一人ずつ校長室に呼ばれ
詳しく話を聞かれたそうで
子供は、自分がみんなから聞いたことと
自分が実際に聞いてしまったことを話し
それから、先生をキモイって思っていたこと
自分がキモイって思っていたから、先生は辛かったかもしれない
先生には悪いことをしちゃったと思う
そう話したところ
話しを聞いていた教師は
「先生に悪いなって思ってくれたこと、嬉しいよ」
そう言ってくれたそうだ
これが、私の考えの押し付けでなく
子供が自分で考えたことなら、とても嬉しいと思う
先生によく見られたい、そんなよこしまな考えでなく
ちょっと自分も言い過ぎた、そう反省してるのなら嬉しい
人の考え方は、それぞれだ
だから、クラスの子供、その保護者みんなに
自分の意見を解ってもらおうなんて、思わない
でも、せめて自分の子供には
親だって間違っていたと気付いたその時は
ちゃんと反省しなくちゃいけないし
反省したら、そこからやり直さなくちゃいけない
そういうこと、教えたいと思う
自分の非を認めるのは、苦痛を伴う
なかなか素直に「悪かった」とは言えない
でも、未来ある子供の前では
大人のつまらない事情や意地を捨てて
裸の心で向き合いたいと思う
アンケートの後、あるクラスメートが言ったこと
「つまり、先生のことは放っておけばいいんでしょ」
それに対して、子供は
「違うよ!」
このことで、子供とクラスメートの関係が
どうなっていくかは、今はまだわからない
正直、私は怖い
その昔、自分勝手なルールをクラスに強要したヤンキーグループに
真っ向から正論でぶつかっていった結果
クラス中から無視された経験がある
私や子供の意見が正しくて
みんなの意見が間違っている、そうは思っていはいない
人それぞれ、考え方は違うから
でも、群衆の心理は怖い
勇気をもって言った「違うよ!」の一言が
はたしてクラスに受け入れられるだろうか
それとも、気にも留められないだろうか
はたまた、クラスから追い出されてしまうだろうか・・・
子供には、こう言ってある
ママがクラス中から無視された時もね
それでも、ママを心配して声をかけてくれた子が二人いたんだ
今でも、その子たちの名前は忘れない
最初は独りぼっちになったとしても
必ず、あなたが言っていることを解ってくれる人がでてくる
だから、もしもみんなとこの話をするようなことがあったら
自分の思っていること、一生懸命に話してみて
でも、みんなにはみんなの意見があるから
自分と反対のことを言ってる人がいても
それを間違ってると言ってはいけないよ
「自分は、こう思うんだ」
みんなには、賛成か反対かなんて聞かなくていい
それはみんなの自由だからね
もしも、自分と同じ意見の人がいたら
ありがとう、そう言えばいいと思うよ
子供には、ちょっと難しい話だろうか?
もう五年生、まだ五年生
少し大人っぽくなってきた子供
子供の心を信じようと思う
自分の思っていることを
学校や保護者に言えない自分が情けない
頭の中は、今でもグルグルと考えが廻る
言った方がいいのか、言わない方がいいのか
子供のこと、自分のこと、それから、小さな兄弟たちのこと
グルグル考えは廻るけれども
やっぱり言い出せない
でも、ひとつだけ決めたこと
自分と子供だけでもいい
担任に偏見を持つのは、もうやめよう
それだけ
それだけを、貫こう
誰にだって、心がある
言葉にしなくても、心を持って接すれば
相手には、きっと伝わると信じてる
Posted at 2013/07/01 04:31:46 |
コドモ絵日記 | 日記