
5月の末、母から電話があった
「誕生日、おめでとう!」
ありがとう、44歳になったよ
「あれ、43じゃなかったっけ?」
と、実の娘の歳もあいまいになるほど
母の中の私は、きっと幼き日のまま
去年、「先生」が亡くなって
幾ばくかの生命保険を手にした母は
何かの折に触れ、孫たちへ、と
現金書留で小遣いを送金してくれる
少し前に年金が受け取れるようになり
夕方になれば、細々とだけれども
スナックの看板に明かりを灯し
日々の少しの収入と、頼りは保険金だけの
自分だって生活は楽ではないだろう母が
孫に何か買ってやって、と
送金の何回かに一度は
「お前も何か自分のものを買いなよ」
と、私にも小遣いを送ってくれる
いつも同じような服を着て
季節に合わない色味の私のスニーカーを見ては
自分より子どものものを優先させる
お前もそんな母親になったのだと
きっと母の心の中は
嬉しくも、心配でもあるのだろう
母の生活を思えば
そんなお金を受け取るのは心苦しい
それでも
「前はこんなことができなかったから」
今、やっと親らしいことができるようになったのだと
そういってくれる気持ちは素直に嬉しい
嬉しいはずなのに
苦しい
さだまさしの歌に、「償い」というのがある
自動車事故の加害者と被害者を歌ったもので
とある裁判官が、例えに引用したほどの歌詞
月末になると ゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに
必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった
仲間はそんな彼をみてみんな貯金が趣味のしみったれた奴だと
飲んだ勢いで嘲笑っても ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり
僕だけが知っているのだ 彼はここへ来る前にたった一度だけ
たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ
配達帰りの雨の夜 横断歩道の人影に
ブレーキが間にあわなかった 彼はその日とても疲れてた
人殺し あんたを許さないと 彼をののしった
被害者の奥さんの涙の足元で
彼はひたすら大声で泣き乍ら
ただ頭を床にこすりつけるだけだった
それから彼は人が変わった 何もかも
忘れて 働いて 働いて
償いきれるはずもないが せめてもと
毎月あの人に仕送りをしている
今日ゆうちゃんが僕の部屋へ 泣き乍ら走り込んで来た
しゃくりあげ乍ら 彼は一通の手紙を抱きしめていた
それは事件から数えてようやく七年目に初めて
あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り
「ありがとう あなたの優しい気持ちは とてもよくわかりました
だから どうぞ送金はやめて下さい あなたの文字を見る度に
主人を思い出して辛いのです あなたの気持ちはわかるけど
それよりどうかもう あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」
手紙の中身はどうでもよかった それよりも
償いきれるはずもない あの人から
返事が来たのが ありがたくて ありがたくて
ありがたくて ありがたくて ありがたくて
神様って 思わず僕は叫んでいた
彼は許されたと思っていいのですか
来月も郵便局へ通うはずの
やさしい人を許してくれて ありがとう
人間って哀しいね だってみんなやさしい
それが傷つけあって かばいあって
何だかもらい泣きの涙が とまらなくて
とまらなくて とまらなくて とまらなくて
被害者の奥さんの
「あなたの文字を見る度に
主人を思い出して辛いのです
あなたの気持ちはわかるけど
それよりどうかもう
あなたご自身の人生を
もとに戻してあげて欲しい」
という言葉が
現金書留の母の文字を見る度
繰り返されて、苦しくて
償い、という言葉は母の口から聞かれないけれども
孫たちへ送ってくれるお金と
私への送金とは、意味が違って感じられて
苦しくて
現金書留に込められた気持ちに触れる度
思い出す、あの
幼いころ、部屋に置き去りにされた記憶より
せめてもの償いと、生活を切り詰めて送ってくれる
このお金を受け取ることのほうが
どれだけ辛いことか
お金で、あの日々が取り戻せるわけもなく
許せるわけもなく
それでもお金を送ってくれる母を
許せずにいる自分が悔しくて
どうせならば、放っておいてくれた方が
大嫌いで、憎いだけの存在でいてくれた方が
どれだけ楽だろう
どうして、大人になった今でも
こうして母に悩まされるのだろう
ただただ、母はいつだって
母の思うように生きてきただけなのに
それがどうして、こうやって
いつだって、誰かの心を傷付けるのだろう
ふと物音がして
お風呂から長女が出てきた
ほかの家族がいるときは
風呂上りにパジャマを着て出てくるけれど
私しかいないときには
下着姿にバスタオルを羽織っただけで
私の目の前で着替えをする
傷はどう?と聞けば
「最近はやってないよ」
と、古傷の残る両の腕を見せてくれる
父親には見せたがらない腕の傷
ある意味、私は娘の信頼を得ているのだろうけれど
リストカットの跡を見るのは辛い
私は、この罪を償えるのだろうか
時々、今でも切ってしまう娘を
救うことはできるのだろうか
娘は私の償いを望んでいるのだろうか
「ママのことは嫌いじゃない」
そういってくれる娘の言葉が痛くて、辛い
償っても、償われても
どちらも辛く、悲しいこと
けれど、そこにも生きる意味があるのだと
自分の背負っているものの重さが増す度に
私は子どもの心に寄り添って生きようと思う
母から私あてに送られてきたお金は
結局は子どもたちのために使われてしまう
母にそう伝えると、少し残念そうな顔をする
私のために、と送ってくれたのに
母の思惑の通りには行かないお金
いつも同じような服に
冴えないスニーカーの私を見る度に
母も心が痛むのかもしれない
私のためにお金を使った方が
母も嬉しいのかもしれない
わかっていても、私は自分のためには使わない
自分のために使ってしまっては
母を許したことになりそうで
許してしまえば
あの頃の自分が消えてなくなりそうで
母と私の間には、まるで何もなかったかのような
そんな大人には、まだなれなくて
もう少し
もう少し・・・先
長女の腕の傷が増えなくなったら
その時は
自分のためにお金をいただけるかもしれない
あのころ、コンパスの針の先で
自分の腕をひっかいていた傷跡は
もうほとんどわからない
未だに自分の自傷行為を母に話さないのは
母を傷つけたくないから
それは
お金を送ってくれる母への
せめてもの、私の償い
母には知られてはいけない、私の償い
Posted at 2016/06/01 04:28:27 |
ヒトリゴト絵日記 | 日記