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ハチロックのブログ一覧

2015年08月11日 イイね!

書くこと、書かないこと。

書くこと、書かないこと。九日の夜、女の子が襲われて

金づちのようなもので頭部を殴られたって

そんなニュースを見聞きして

同じ宇都宮市に住まう者として

子どもを持つ親として

ちょっと身震いする思いだった





















こんな田舎町に起こった事件にビックリして

冗談にも、「頭をハンマーで殴られたような」

なんて例えて話すことも出来ないなって

だって当事者からすれば

事件には関係のない人々の

そんな不用意な声すらも

今は凶器に感じることだろう





何気なく書いた自分の声が

誰かの心の水面に

小さな波紋を広げているのかもしれない

と、思う





女子高生が金槌で殴られ重傷 頭部陥没










声、と言えば

ここ最近、もうしばらくの間

ブログを書くことで起きる、いろんなこと

いろんな思いについて考えていた





私の声は、どこの誰に

どんなふうに聞こえるのだろう

私の声は、私自身をどんなふうに

援護、または批判するのだろう





ブログの中で無意識に

現実とは違うもう一つの人生を

水中をふわふわと漂うように生きることは

時に誰かを励まし、誰かを傷つけ

知らぬ間に罪を重ね

気付かぬうちに慕われ・・・

を繰り返す





それはまるで

メリーゴーラウンドのように同じ場所を廻るのと

似ているような気がした





















私の声は

自分の耳には聞こえていなかったのかもしれない

書けば書くほどに、「自分」は色濃くなり

自分が見えなくなっていく





書く、ということで

自分を客観的に見ているつもりが

悪いダメな私、と書いておきながらも

返って自分の全てを正当化して

こっそり肯定していることに気付いたのは

もう何年も前のことで

それ以来、「書きすぎる」のは止めにした





















書くことで自分を肯定していたから

思いや考えを書かないことは、まるで

自分が誰かに見放されたような

独りぼっちになったような

自分を否定してしまったような

不安な気持ちにもなったけれども





書くことを休み

現実の世界を生きることに専念すると

「自分」を強く意識することって案外と不必要で

いつの間にか寂しさも不安も薄れ

画面の中で文字になった自分の言うことよりも

日々のなにげない言葉や所作にこそ

「自分」っているんだなって思って





ブログの中の

自分は、自分が、自分に・・・と

ジブンジブンと呪文のように唱えていた自分は

自分の作りだした自分なんだ

と可笑しくなってしまった





















そんなふうに気持ちも落ち着いたところで

ふと振り向いてみると

絵空事のブログの中の私の手を放して

「見ていてね」と

現実の自分がひとりで立っている





誰かの援護なしでは書くことすらできなかった

その頃の自分と

やっと、向き合える時が来た気がする















Posted at 2015/08/11 05:05:11 | ハチロックの「ブログ道」絵日記 | 日記
2014年12月28日 イイね!

友だちの友だちは。

友だちの友だちは。

友だちの友だちは

みな友だちだ♪

なぁんてコトを

その昔、タモさんも申しておりました



持つべきものは、友だち、です





12月20日

朝、6時過ぎ

覚醒間際の耳に「LINE」の着信音

こんな時間に誰よ?と

半ばチギれ気味に手に取ったケータイ



「命が惜しくば、日光に来たれ」

そんなメッセージが躍るスマホの画面



お節介で

あえて空気を読まず(AKY)

お馬鹿なフリして、ホンモノで

やめときゃ~いいのに

「誰かのために」

空回りの友だち思い



あ、精一杯の褒め言葉です



そんなお節介の顔を思い出し

もう一度スマホの画面を見直して

今日一日の予定をリセット



声をかけていただいているうちが、はなですもん

予定を変更するくらい

きっと、当然





ブログも更新しないし

コメントの返事も遅くって

愛想も可愛げもない私が

ここでこうして居座り続けられるのも

みなさんのおかげで

自分の中の、大切な部分

忘れることなくいられるわけです



いつも、ありがとう

みんカラのみなさん





でもって

レビンマンを会社に送り出し

子どもたちをばあちゃんに預け

ひとり向かった日光サーキット



入り口付近にパトカーが・・・

赤いFD、何かあったのかな?

ってな場面を横目で見つつ

東北道の下を潜り抜け

独特の匂いをかぎつつ、中へ



一年半ぶりに会う、cheezさんと壱嘉さん

声をかけてくれたukiさん+えぇた

皆さんのお昼の最中に、のこのこと顔を出して

ずうずうしく話の中に入れてもらっちゃいました



cheezさんにご紹介いただいた、まささん

友だちの友だちは・・・なんて、いくらなんでも

ずうずうしすぎるとは思ったものの

走るクルマを目の前にしたら

やっぱり黙って見ているワケにはいかず

写真、撮らせていただきました





















誰かの何か、詳しいことに首を突っ込んだり

打ち明け話に耳を傾けたり

悩みを相談したり、されたり

噂話を小耳にはさんだり



誰かと誰かのニンゲンカンケイ・・・



いろんな思いが胸をよぎるけれども

それでも、私にとっては

走るクルマを撮る幸せ、が

何よりもいちばんで



聞いたハナシ、見たデキゴト

ニンゲンには、忘却という機能が備わっていて

時と場合によって

都合よく忘れちゃったりする



だって

走るクルマには、罪はないものね





















撮りたいと思ったときに、撮る

その衝動に、素直でいたい

ウラで絡み合うもつれた糸に

手足の自由を奪われるのは、嫌だもの



なんとなく・・・

いろんなシガラミに気をとられ

もうずっと、クルマにカメラを向けずにいたけれども



いい加減、そろそろ

自分を縛る自分自身から

自由になってもいいんじゃないか、と思って



みんなにイイ顔をして、良い子で

時に誰かに遠慮してみたり

律儀で真面目で

そんなキャラは、もういいやって

コメント欄を閉じて

ちょっと「悪い子」になったハズなんだけど



それでも

気にかけてくれる人はいるもので

言葉や態度に表す人もいれば

ただ黙って見てくれている人もいて



人の情けの有り難さ、を思い知りました





















細々ながらも、ここにいて

ささやかだけれども、言葉をのこしていこう

きっとどこかで、誰かとつながっている

誰かと関わったその責任は、放棄してはいけない

独りのつもりでも、ひとりではないんだ



ただ

そう思えるようになったには理由があって

ひとつの考えを聞いたことがきっかけで



みんカラだからといって

その人のクルマの自慢や

独自の評論を読みたいワケじゃない

ブログを通して、その人がどんな人なのか知りたい

その人の、思いを読みたいんだ



言葉や表現はちょっと違うかもしれないけれど

そんな趣旨の話を聞くことがあって

とても納得して

こういう人とのつながりを無くしたくはない

そう思うようになりました



それには

飾らない自分でいることと

心に一つ、信念を持つこと



はた目にはどんなふうに見えようとも

心の中、私は私でありたい



ゆるぎないものを一つ持って

真っ白な心で

これからもクルマを撮っていきたいな

って思ってます



持つべきものは

無くしたくないと思える友だち、なのです


Posted at 2014/12/28 02:08:45 | トラックバック(0) | トモダチ絵日記 | 日記
2014年11月14日 イイね!

命の灯が消える、その前に。

命の灯が消える、その前に。実母が再婚して、かれこれ十数年が経つ


再婚相手の職業は画家で

周囲には「先生」と呼ばれている人


前の奥さんとは死に別れで

私より年上のお嬢さんが二人いる



再婚当時、50歳過ぎの実母と

60代後半の「先生」との結婚は

とっくに成人していた私の生活に

特に影響を及ぼすこともなく


長女の誕生や節句の色々

入学などにお祝いをいただいて

盆暮れ正月のあいさつと

春と秋のお彼岸にお供物を持って

血の繋がらない「孫」を連れて顔を見に行く

その程度の付き合いだった





















その「先生」が、この9月に入院した

しばらく前に癌で、胃をすべて摘出した「先生」は

時おり低血糖を起こす


今回はその症状がひどく、一時は意識不明になり

実母は医者から覚悟をするように言われたようだった


入院の連絡を受けた翌日

子どもたちを育ての母に預かってもらい

私一人で病院を訪ねた


昨夜の電話の様子では、実母はかなり動揺していて

きっと今頃、ベッドの横で

泣きはらした顔をしていることだろう



最悪の事態を想像しながら病院の廊下を進んでいくと

聞き覚えのある声と、明るい笑い声が聞こえてきた


名札を確認し、そっと覗いた病室には

体を起こし、元気そうに話をする「先生」がいた


「来てくれたんだ」と、声のする方を振り向くと

私の姿を見て、目に涙をためる実母がいた


「元気そうで、ほっとした」と言う私に

うんうん、と頷く実母の顔は

安堵だけじゃない、何とも言えない表情をしていた



一通り「先生」と話をして

改めて話を聞くために病室を出て

実母と二人、廊下の隅のテーブルに席を取った


一時意識不明になった「先生」は

今より病状が良くなることはなく

入退院を繰り返すことになるらしい


これから先、一度倒れるごとに

少しずつ弱っていくのだそうだ





















もう80歳を超えて

今まで何度も大きな手術をしてきた人だから

ここまで元気でこられた方が

奇跡というべきかもしれない


もう一度病室に戻ると

お見舞いに来ていたお嬢さんたちに

私の住む田舎は米が美味しいのだと

「先生」が説明しているところだった



毎年、新米が取れるころには必ず

大きな米の袋をウィッシュに積んで

お義父さんお義母さんの代わりに

「先生」のところに取れたての米を届けに行く


血の繋がりはなくても

私の実母の再婚相手、というだけで

とても気を遣ってくれるレビンマンの両親には

心から感謝している



そう言えば

今年はまだ新米を届けていなかったっけ

もう彼岸花も終わりの頃だというのに


というか、入院騒ぎのこの日は

新米を持ってくるのを忘れてしまっていた


近々必ず届けに来ます

と約束をして病室を後にした



命の灯が消える、その前に

私には何ができるだろう?





















元気そうに話していた「先生」だけど

すぐそこまで、最期の時は迫ってきている

病室の実母の顔が、それを物語っていた


帰ろうとする私を追ってきた実母が

言いにくそうに口を開いた


「実はね、先生には

お前のお米を食べさせていないの・・・」


胃がない「先生」は、あまり物が食べられない

ご飯をよそっても、半分以上も捨ててしまうことになる


お義父さんお義母さんが

せっかく作ってくれたお米だから

一粒たりとも無駄にしたくない


だから、「先生」にはスーパーで買ったお米を

娘が持ってきたお米だと偽って出している、という





















言葉もなかった


ついさっき、あんなに美味しい

美味しいと言っていた人の声が

頭の中を虚しく、ぐるぐるとまわりだした


「先生」に食べさせてあげて

とお義父さんたちから預かったお米だ


それを残そうが、捨てようが

それは病気のせいで仕方のないこと


お義父さんたちはこの話を聞いたって

気分を悪くする人たちじゃない


むしろ、可哀想に、と

心を痛めてくれるような人たちだ


お義父さんたちの心と、「先生」の喜ぶ顔が

悲しかった



米を無駄にしたくない

その気持ちはとても有難いものだけれど

人をだますという行為は、やはり受け入れがたい



命の灯が消える、その前に、実母が犯した罪を

彼女はどうやって償うのだろう・・・



思わず実母に非難の声をかけてしまったが

その時の実母の悲しそうな顔が

今も私の心をちくりと刺す・・・



命の灯が消える、その前に

すぐにでも新米を届けに行こう

それが今の私に出来ることだ





















家に帰り、お義父さんたちに事情を話した

取ったばかりの新米は

まだ家族の誰もが食べてはいない

出荷が優先で、ほとんど倉庫は空っぽだったけれど

袋に残っていたお米をかき集め

「先生」の分を準備してもらった


翌々日、子どもたちを学校と幼稚園に送り出し

ウィッシュに飛び乗って、実家のある街を目指した


実母が犯した小さな罪を

せめて自分が肩代わり出来たら・・・



おととい訪れた病室からは

相変わらず元気な声が聞こえる


その声にほっとしながら

お米と一緒にお義母さんが作るぶどうを手渡した


新米と並んで「先生」が喜ぶのが

お義母さんのぶどうだ


売り物よりも酸味があって、でもそれがとても美味しい

実母もこれを、毎年楽しみにしていてくれるのだが

そういえば先日、こんなことがあった





















「先生」が入院する少し前のこと

今年は早めにできたぶどうを

大きな箱に山盛り持って先生の家を訪ねた


足の悪い「先生」が玄関から出てくる前に

実母はこう言った

「ぶどう、隠して!」


もしや、胃のない「先生」はぶどうが食べられないのか?

いや、そんなはずはない、去年だって食べていたもの


事情を聞けば

以前、このぶどうにケチをつけたお嬢さんが

もうすぐお彼岸で里帰りするという


気分屋で、わがままなお嬢さんが

またケチをつけながら、ぶどうを食べるのかと思うと

お義母さんに申し訳がない、と


私にすれば、どうでもいい理由で

実母は怒っていたのだ



どうしてそうも、実母が感情に走るのか

私には理解できずにいたけれども

話をするたびに、実母の顔が悲しそうになるのが

私の心に引っかかっていた





















新米とぶどうを病室に届けたこの日

いつにもまして悲しげな顔の実母が

「今日は忙しいんでしょ?もう帰っていいよ」

と、私を促した


確かに平日だったから

子どもたちの帰宅に間に合うように帰るけれど

でも、何もそんなに慌てるほどではない


不思議に思いながらも

わずか10分で病院をあとにしたが

ふと、おとといとは違った病室の空気が

私の背中を押した気がした


何だろう・・・

きっと実母に何かあったに違いない



その日の夕方、実母から電話があった

さっきは急ぎで帰してごめんね、と謝る実母


実は、私が病室に行く前に

「先生」のお嬢さんたちと喧嘩をしたのだという


これから先、弱っていく「先生」の介護を誰がするか

そのことで、意見が分かれたのだそうだ


実母はスナックを経営しているが

「先生」の入院に伴い

ここしばらく店を休んでいる


その間も経費は掛かり

生活費が稼げない状態にあるわけだが

「先生」から生活費をもらっていない実母にとって

お店を開けられないことは、死活問題だ


それゆえ、「先生」が退院した後

自宅での介護は難しいし

できれば施設に入ってほしい

それが実母の考えだった


それを聞いたお嬢さんたちが、激怒したという

お店と「先生」と、どちらが大切なんだ、と





















熟年の二人の再婚は

それぞれが今までの生活を変えることなく

それぞれに生活費を稼ぎ

それぞれの持ち家があって

実母が先生のお宅に

「通い妻」するスタイルになっている


当時、意気投合した二人が、再婚するにあたって

10歳以上も年上の「先生」の

普段の生活の面倒を実母が見る代わりに

いずれその時が来たら

実母が「先生」の遺族年金を受け取る

そういう約束のもとでの、二人の結婚だった


誰にも迷惑の掛からない

大人同士の再婚だったはずなのに

ここにきて、お嬢さんたちが

口をそろえて実母をけなすのだという


夫婦なんだから、自宅で介護するのが当然だ

自分たち子どもは

親と一緒に暮らさなければならないという決まりはないが

夫婦は死ぬまで一緒が当然で

妻一人で介護するのが当然だ

それが夫婦というものでしょう


そう言って、実母を責めたのだそうだ


今年、48歳と45歳になる二人のお嬢さんたちは

一度も結婚歴はなく、いまだ独身だ


その二人の口から

「夫婦のナントカ」が語られることに

少しばかり、疑問を感じた





















困惑する私に、実母は小さな声で話を続けた

「あのね、少し前までDVを受けていたの」


実母の言うことが、よくわからなかった

何を言っているのだろう

この人はおかしくなってしまったのだろうか?


さっき病室で見た

痩せこけた顔に、くったくのない笑顔の

「先生」を思い出す


「先生」の足が悪くなる二年前まで

ずっと暴力を受けていたという


殴られたり、蹴られたり

あばら骨を折ったこともあるという


私が心配するといけないので

骨が折れた時には

お店の近くに住む親せきに頼んで

病院まで行ったという



…そういえば何年か前

ひどい風邪をひいてしまったから

当分孫には会えない、という電話があった


自分ひとりで大丈夫だから

お見舞いにも来なくていい、と


あれは、骨折した体を見られたくないための

嘘だったのだろうか



お腹の底から怒りが湧いてくる

「先生」が病人でなければ、飛んで行って・・・



あっ、と思う


もしも「先生」が病気でなかったら

その当時、実母がDVを受けていることを

私が知っていたら


きっと私は

「先生」を生かしてはおかなかったことと思う


警察に相談するとか、法に訴えるとか

そう考えるより早く

先に手が出たことと思う

私はそういう気性だ





















そんな私の性格をわかっていて

実母は今まで話さなかったのだろう


今となっては病気で

いつ亡くなるかわからない「先生」には

さすがの私だって、手は出すまい


「先生」が弱ってしまった今だからこそ

打ち明け話をしたのだろう



私のこんな気性のせいで

実母はひとり、誰にも打ち明けられず

長い時間を苦しんできたのだと思うと

申し訳ない、そんな言葉では・・・

足りまい、足りるはずもない



私を産んですぐに離婚し

私より彼氏を優先した26年もの歳月や

実母の代わりに私を育ててくれた「育ての母」に対して

いまだに感謝の言葉もかけられないような

わがままで

どうしようもないと言われる実母だけれども

私を思っていてくれたのだ・・・


どんな形であれ、親と、子、なんだ





















色々なことが繋がる気がした

お米を食べさせなかったこと

ぶどうを隠そうとしたこと

今までのお世話と、これからの介護のこと

DVのこと・・・


暴力を受けながらも

今日まで世話をしてくれた実母に

「先生」は、どうやって罪を償うのだろう



命の灯が消える、その前に、「先生」は

何ができるのだろう?





















先週、外泊許可がおりた「先生」が

2泊3日で自宅に戻ってきた


実母とお嬢さんで

「先生」の介護をするのだという


その本当の目的は

お嬢さんに自宅での介護を経験してもらい

実母一人では「先生」の介護は難しい

と理解してもらうこと


施設に入所することを

お嬢さんが認めてくれること


介護をサポートする病院の職員さんと

ケアマネージャーさんとが

お嬢さんたちの一方的な言い分と

実母を責める現場を見るに見かねて

今回の外泊、自宅での介護を提案してくれたのだった



しかしながら

実際に介護をしたのはほとんどが実母で

夜中、明け方のお世話のときは

お嬢さんは起きてこなかったという


介護は、一人で抱え込んではダメなのだと

病院の医師までもが参加した話し合いだったけれども

外泊から戻った今でも

お嬢さんたちは施設への入所を認めていない


認めるどころか

自宅にいた3日間の実母の行動を

逐一ノートに書き留め

その一つ一つに文句を言っているという


自分達に代わって、父親の世話をしてくれる人を

どうしてそこまで責め立てられるのだろう?


理想の夫婦像とは

一方が負担を強いられ

それを受け入れることにある

本当にそういうものだろうか





















命の灯が消える、その前に

「先生」が実母に出来る恩返し、と考えた時

「先生」自ら

施設への入所を希望してくれてもいいのではないか?

そう思う私は、自分勝手だろうか





命の灯が消える、その前に

父親ができる、最後の罪滅ぼしのチャンスを

お嬢さんたちが奪ってよいのだろうか?


お嬢さんたちに出来ることといえば

今日まで世話をしてくれた実母に

休息の日々を・・・

そう思う私は、わがままだろうか





命の灯が消える、その前に

私にできることを、できる限り


そう思い、新米とぶどうを持って

実家の街に向かった9月のあの日


実母の思いを何も知らずにいた自分の罪を

私の命の灯が消える、その日が来るまでに

実母の命の灯が消える、その前に

必ずや、償うことを誓う




















Posted at 2014/11/14 11:42:36 | ヒトリゴト絵日記 | 日記
2014年10月28日 イイね!

五年半の我慢。

五年半の我慢。小学校に上がってから五年半

長女と一緒に我慢してきたことがある



これからも我慢するつもりだったし

この我慢にもいずれ終わりが来ると思っていた



でも、今日の長女の顔を見て

自分を抑えていたいろんなモノが吹っ飛んだ



今日こそ・・・

今日こそ、あの子と、その母親に言ってやる

「ウチの娘が何をしたって言うの?」





それは6時間目の途中

担任が席を外したほんのわずかな時間に起きた



長女のペンケースから文房具を取り出したあの子は

長女の首元から背中に手を突っ込み

文房具を肌に押し付け、その部分を叩いたという



突然の出来事と、背中に感じた痛みに驚き

長女は泣き出した



事のてん末を担任に告げると

担任は双方から事情を聞き出し

あの子は長女に謝ったという





いつも、それで話は終わり

たまにはやり返したら?という私の言葉に

「何倍にもなって返ってくるから怖い

それに、やられたら痛いだろうし、可哀想だから」



「可哀想だから」

その言葉を、最初のうちは長女の優しさと思ってきたけれど

もう五年半もこんなことを繰り返すうち

単なる逃げのセリフにしか聞こえなくなっていた



可哀想と言うけれども、このままでは

あの子のためにならないんじゃない?

二人で取っ組み合いのケンカでもしてきなよ

と、レビンマンも呆れ顔をしている





















どれどれ、と長女の服をめくりあげ

背中を見た



プールの日焼けがまだ残る、健康そうな背中に

青いペンのインクが二か所、点々とついていて

そのすぐ近くに、小さなひっかき傷が二か所

きっと、シャープペンの先か

プラスチックの定規の角が刺さったのだろう



その傷を見た瞬間

堪忍袋の緒が切れた、気がする



今まで散々嫌がらせはされてきたけれど

傷を負うことは無かった

本当に小さなひっかき傷だけれども

これを許せば、エスカレートするかもしれない



今日こそ、ガツン!と言ってやらねば

先週の修学旅行だって、嫌な思いをしたんだし

このまま同じ中学に上がる前に

なんとか止めさせないと・・・




と、そこに担任から別件で電話をもらった

お願いしてあった書類の件だけ伝えると

そそくさと電話を切ろうとする担任を引きとめて

今日の話を切り出した



「そうそう、そうなんです、すみません

よく話を聞いたのですが、お宅のお子さんは

何も悪くなんです、一切悪くなんです」



あの子は、長女のペンケースの口が空いているのを見て

突発的にイタズラをしてやりたくなったのだという

軽い気持ちで、ふざけ半分だった、と



それだけのことを聞くのに、大分時間はかかりましたが

ちゃんと謝りました、と話す担任に背中の傷を説明し

あの子の母親に連絡してくれるよう頼んだ



ついでにこの五年半の我慢のことも話したけれども

「それについては学校は介入しなくて良いですか?

お母様方の方で話し合ってください

今日は、背中の傷の事だけ連絡します」



・・・イマドキの学校だなぁと思う

昔の先生なら、相手の首根っこを摑まえて

ウチの前まで連れてきただろう

子どもと一緒に先生も頭を下げていっただろう



乱暴だったけれども

愛情に溢れた先生たちを、心から懐かしく思う





















ほどなくして、あの子の母親から電話をもらった

最初に長女が電話に出て、しばらく話すと

背中の傷を心配してくれた、と言って私に代った



「このたびは申し訳ありませんでした

傷の具合はいかがですか?

修学旅行で迷惑をかけたものについては、買ってお返しします

本当に申し訳ありませんでした」



その声は、思いのほか真摯に聞こえたと思う

「あの子はお母さんの前ではイイコだから

お母さんはあの子の本当の姿を知らないんだよ

ウチの子に限って、ってお母さんは思っているよ」



そんなウワサを聞いていた私の耳に

母親の声は、必死の謝罪に聞こえた



でも、そんな声にはダマされないぞ、と

この五年半の我慢を、いくつかかいつまんで話した



その都度、担任が話してくれたらよかったのに

ひとつひとつ、きちんと謝ったのに・・・

という母親に、仕返しが怖くて我慢してきたことを伝える

それから、「可哀想だから」という長女の言葉も



「そんな優しい気持ちでいてくれたのにウチの子は・・・」

相当、ショックを受けているようだった

本当に何も知らないんですか?という問いに

申し訳ありません、と繰り返すばかり



あの子は、ウチの長女ばかりを狙うわけでなく

弱そうな子を見つけると、男女関係なく「イタズラ」をする

イタズラを真に受けて、イベント前に熱を出した児童もいれば

給食の時間イヤミを言われ続け、ずっと泣いていた児童もいる

そのたびに、母親は相手方に土下座をしてきたそうだ





「こんなことを言っては、いけないのかもしれませんが・・・実は」

そう切り出した母親の言葉に

ふと思い当ったことがある

きっとあのことに違いない



あれは二年生の夏、暑い教室で

落とした消しゴムを拾おうと、しゃがんだ長女

その長女を馬に見立てて、あの子がまたがった

そのまま、近くの友だちとおしゃべりが始まり

あの子のパンツが頭に乗っかったまま

長女は休み時間が終わるのをじっと待ったという



あの子に腹を立てるよりも、我慢する長女に腹が立った





















仕返しが怖い、やり返したら可哀想だから、と

べそをかく長女を連れて担任に相談に行った

「どうしてあの子は、そんなことをするんでしょうか?」



担任は困り顔をしながら

あの子が他の子どもと起こしたトラブルのことで

母親と面談をしたときのことを話してくれた



「この子は、ときどき感情のコントロールが出来なくなるんです」

そうお母様が話しておられました

そういうわけなんです



それ以上、何も動こうとしない担任に呆れ

長女は我慢することを選んだのだった





数年前の、その話を聞いた途端

母親の声がガラッと変わった

「なぜ二年生の時の担任が、あなたにそれを話すんですか

個人的なことを、どうして話してしまうんですか」



母親の語気が荒くなったかと思うと

次の瞬間には、低い声でこう言った

「・・・実は、障害があると診断されていたんです」



突発的に何かに夢中になると、周りが見えなくなる

衝動を抑えられなくなる、というものだそうだ

担任にはそれを伝えてあったが、まさか他人に話すとは、と

母親の声は怒りに震えていた





この症状は、成長するにつれ

次第に落ち着いてくることもあるそうだけど

あの子の場合は、投薬治療が必要な程度だという

でも、副作用を考えると、怖くてできない

皆さんに迷惑をかけてしまうとわかっていても

投薬治療を受けられないでいるという



「この話をするのは、あなたが初めてなんです」

12年間ものあいだ、ずっと一人で抱えてきたのだそうだ



いろいろな話のつじつまが合う気がした

さっき、担任がしきりに強調していた言葉

「あなたの子さんは、何も悪くないんです」

あぁ、そうか、そうなんだ、病気のせいなんだ



「時間はかかりましたが、謝りました」

なんとかして、あの子に自分のやっていることを

しっかりと理解させようとしているんだ





















そうとわかれば、もういい

ね、お母さん、もっとラフに話をしてもいい?と話しかけると

「はい」と素直な返事が返ってきた



私の知っている子が、幼稚園時代のトラブルを根に持って

中学に上がったら仕返しをしてやる、と言っているの

でも、できることなら私もそんな場面を見たくはない

今からでも、少しでも、なんとかそうならない方法がないものかと

機会があったらあなたにお話したいと思っていたの



「ありがとうございます、ありがとうございます!」

何度も繰り返し、打ち明け話にお礼を言ってくれた



あの子の周りのいろんなウワサを聞いているけれど

この仕返しの話は、その本人から長女が実際に聞いてきたことだ



「そのお子さんは、そんな風に思われているようですが

ウチの子も、幼稚園時代にはいろいろありました

上履きに砂を入れられていたり

死ね、消えろ、と言われ続けたり・・・

なので、片方だけの話しを聞いて判断しないでください」



母親の切なる願いに、私の見方も変わっていく



本当なら、事情を話して、クラスのみんなで支えられれば

きっと今までとは違うあの子でいられるだろう

迷惑と思っていた行為も、みんなで受け止められるかもしれない



でも



去年、クラスで起こった出来事について相談したところ

「ウチは関係ないので、巻き込まれたくない」

そんなことを平気で言ってのける保護者のいるクラスだもの

今さら事実を話したところで、誰も味方になんてならないだろう



人の痛みや悲しみや悩みを、自分のものとして感じ

支え合って・・・



それが当たり前でない、そんなクラスで

あの子の母親が誰にも話せなかったという気持ちが

なんとなくわかるような気がした



なかなか言い出せないよね

わかってもらえたら、いいのにね

でも、私は話してもらえたから、わかったから



はい、はい、とうなずく母親の声が

ほんの少しだけ、明るくなったような気がした





















「ウチは片親なので、そういう家の子だと思われたくなくて

ずっと厳しくしつけてきたんです

でも、それがいけなかったのかもしれません・・・」

自分を責める母親に

私の中の同じ気持ちを言い当てられたようで

とても耳が痛かった



私も、農家の長男坊の嫁として

当時一人っ子だった長女を

誰よりも立派に育てなければ、と

きつく、厳しく、時には手をあげて叱ったこともあった



そのせいで、長女は「指示待ちっ子」になってしまったのだと

取り返しのつかないことをしたと

今でも深い泥沼の中から這い出せないままでいる・・・





厳しくしつけたい気持ちも、よくわかる

でもね、私も実は片親のもとで育ったから

あの子の気持ちも、少しだけわかるような気がするの

厳しくされることが母親の愛情とわかってはいても

本当は、甘えたいんだよね



お母さん、お仕事一生懸命に頑張っているでしょう?

「生活がかかってますから・・・」

もちろん、生活していくことは大切なことだし

働かないわけにはいかないよね



でも、何のために働くのか

誰のためなのか・・・



お子さんのために、でしょう



子どものためにと思って、仕事を優先し

子どもとの時間を削ってしまっては

本末転倒になってしまう



経済と愛情とを天秤にかけることはできないし

本当に難しいことだと思うけれども

もう少しだけ、あの子が母親の愛情を感じることが出来たら?



私もね、小さいころ、母親が働きに出てしまって

少しだけ寂しかったんだ



他所のお宅の事なのに、余計なことを言ってごめんね、と

私より10歳は若いであろう、あの子の母親に謝り

その若さで子どもを育てる大変さを思った



「今日は、きつく叱らないで

優しく、ゆっくり話を聞いてみようと思います」

そう話す声が、柔らかく聞こえた





















今日、初めて口をきいた、私と、あの子の母親

「話が聞けて、良かった」

「話せて、良かった」



今度会ったときは、顔見て話しましょ?

はい!



さっきまでの私の怒りはどこへやら・・・

話してみなければ、やはり何もわからないし

ウワサは、ウワサに過ぎない



話しを聞いたからと言って

今すぐ、何かの役に立てるとは思えないし

何も変わることは無いかもしれない



それでも

他人がひしめき合うクラスの中

たった一人でも

自分たちのことを知っていてくれる人がいるということ

わかってくれる人がいるということは

誰かを孤独から救えるのかもしれない





人の痛みや悲しみ、悩みを

自分のものとして感じられるような

そんな人間でありたい



「やり返しては、相手が可哀想だから」

そういう長女の言葉を、単なる逃げ、ではなく

優しい心の持ち主なんだと

大切な私の子どもなんだと

今一度、思えた日だった





五年半の我慢は

我慢した甲斐・・・それ以上のものを

私と長女にもたらしてくれたと思う





思ったことを、思ったままに吐き出すことは、簡単

でも

吐き出したい気持ちをこらえることは、とても難しい



言うのは、簡単

でも

我慢することは、本当に難しい



心の奥底に思ったことは

最後の最後まで、言わない

その時が来るまで、言わない方がいい



言うことは、いつだってできる

でも

我慢は



今しかできないということを

心に刻んだ一日だった















Posted at 2014/10/29 02:37:26 | ヒトリゴト絵日記 | 日記
2014年09月18日 イイね!

さい銭泥棒。

さい銭泥棒。それは、昭和の頃のお話

私の育ての母と

とある神社の神主さんとの会話



世の中には、さい銭を盗む人がいるというけれど

そういう人には罰が当たるんでしょうか?



母の質問に、神主さんは笑って答えたそうで



さい銭をとった人が、そのお金で

一杯のうどんを子どもたちに食べさせてあげられたなら

神はそれでよいのです



盗ったお金で子どもにうどんを食べさせる?

そんな行為が許されるとも思わないし

そんな風に育てられた子どもはどうなってしまうのだろう?



それに

今日の食事にも事欠くような親には

私はなりたくない



なんて情けの無い話だろう

そう思いながら聞いていたけれども



母の話しを聞いているうちに

慈悲、という言葉を目にするたび

耳にするたび

なぜだろう、ふと涙が浮かぶ

あの気持ちを思い出した





それは、昭和の頃のお話

殺伐とした、うわべの付き合いが当たり前の

人を信用できない今とは違い

心と心が何処かで繋がっていた頃



お金はなくとも、物はなくとも

どこかほのぼのと

人が人を馬鹿にすることのない世の中



本当に困った人が

本当に困ったときにだけ

神様にお金を借りに来た



さい銭泥棒、と言えば聞こえが悪いけれども

今は神様にさい銭を借りているだけで

幼い子供たちを一生懸命に育て

心ある大人にしてから社会に子どもたちを還す

その時に、借りたさい銭をも返しているのだと



さい銭の金額によって

神様の考えが決まるとは思えない



さい銭があろうとなかろうと

日頃の行ないや、願う人の人となりが

神様の考えを決めるのだと思う



願う人が奉納したさい銭の行方がどこにあろうとも

人を思う、心からの願いは

神様に通じるのだと思う



だから

さい銭泥棒は、さい銭はいただけても

願う人の心や

願う人の思いまでは、いただけない、と思う



さい銭泥棒が、盗んださい銭を何に使うかなんて

実のところはわかっていないはずなのに

「子どもに一杯のうどんを食べさせるため」と信じて疑わない

そういう考えのできる神主さんのような

そんな親になりたいなぁ、と思う





このさい銭泥棒の話を読んで

さい銭をとった親をさげすむ人も多いかと思う

それを許し、その親を信じる神主さんを

馬鹿だなぁという人もいるだろう

田舎臭い話だ、と笑う人もあるかもしれない



さい銭をとることは、確かに褒められたことじゃない

でも

憎むべきは「罪」であって「人」ではない

親が子どもを思う気持ちには変わりなく

それを許せる懐の広さ

どんな者にも慈悲の心を持てるということに

人がこの世で生きていく意味、を

生かされている意味、を

教えてもらったような気がする





人を馬鹿にしたり

人を攻撃したり

人を疑ったり

束になって誰かを貶めたり



人が集まると、「仲間外れになりたくない」

そんな思いが、あらぬ方向へ

人の心を向かせてしまうことがあるけれども

そんなことしかできないのなら

私は

負け犬でも弱虫でもいい

ひとりでいいや、と思う











Posted at 2014/09/18 15:12:07 | ヒトリゴト絵日記 | 日記

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