
ラジオ体操も五日目の
早起きにちょっと慣れてきた夏休みの朝
いつもの時間に遅れてきた、お友達のママさんが
小声で一言
「ウチの田んぼに子猫が捨てられてたのよ」
あぁ、神様
子どもたちの耳に
この一言が届いていないことを願います
体操が終わり、それぞれのカードにハンコを押してもらうと
散り散りになる子どもたち
いつもならば神社の境内に座って
お腹が減ったことに気付くまで話し込むはずなのに
この日はそそくさと自転車に乗って家に帰って行った
「ウチの田んぼに子猫が捨てられているのよ、どうしよう?」
そう話しかけてきたママさんは、なんだか怒っていた
「父が、早く猫を捨ててしまえってうるさくて」
自分の田んぼや家の庭に居つかれたら困ると
おじいちゃんが朝から大騒ぎしているのだそうで
でも、どうしていいかわからないママさんが
田んぼの淵でおろおろしているところに
近所の人たちが入れ代わり立ち代わり猫を見に来ては
あれこれ言って帰っていく
その繰り返しで、今朝のラジオ体操に遅れたのだと
そうこう話しているうちに
お互いの家族の出勤時間になってしまい
解散となった
けれども、家に戻ってみると
先に神社を出たはずの長女の姿がない
朝ご飯もまだなのに・・・
と、ケータイに着信があり、名前を見ればさっきのママさん
「お宅のお子さん、ウチの田んぼで子猫を見てますよ」
飼えないことはわかっているのに
いつまで猫を見ているんだか
「すみません、すぐに迎えに行きます」
仕方なしに、下の子どもたちと一緒に長女を迎えに行くと
・・・すでに子猫を抱っこしていた
「なんで抱っこしてるの?!」
怒った私の顔に驚きながらも、猫を離そうとしない長女たち
「飼えもしない人が、猫を触っちゃダメでしょ!」
その言葉の意味が理解できないのか、一向に猫を離さない
田んぼの水に浸かって鼻水をたらし
びしょ濡れになった子猫を拭きながら
私の話も聞かず、誰か猫を飼ってくれる人を探すんだと
友達3人と連れ立って近所の家に入って行った
それから1時間たっても、家には戻らない長女
お友だちのママさんから、困り果てて電話をいただいた
「まだウチの田んぼに子どもたちがいるのよ
私、朝から何もできやしない」
「田んぼに猫がいる、なんて言わなきゃ良かったのよ」
と、のど元まで言葉が出かかった
「まさか、子どもたちが猫を抱っこするなんて思わなくて」
彼女のお子さんは猫アレルギーで
抱っこすることも、触ることも出来ないのだそう
だから、ほかも子どもたちも猫を触るとは思っていなかった
見に来ただけだと思っていたのに
1時間も抱っこしているなんて・・・
言い訳が、次第に愚痴になるのを感じて、憂鬱になった
「あの、私が子ども会の皆さんにメールしてみます、ちょっとお時間を下さい」
そう言って、やっと電話が切れた
去年、子ども会の会長をやっていたおかげで
皆さんのアドレスは手元に残っている
さっそく13人の会員にメールを送信してみるけれども
返事はたったの一人、「ウチでは飼えません」とのこと
そりゃ、そうだ
我が家だって飼えないのにね
人を頼るだなんてずうずうしいよね・・・
がっくりと肩を落とす私のケータイに、一通のメールが届く
「二匹ほど飼っていますが、あと一匹位ならいいですよ」
画面を二度見して、もう一回、声に出して読んでみて
間違いじゃないかと疑った
「詳細をお話ししたいので、お電話番号を教えてください」
メールアドレスしか知らない方だったので、すぐに返信してみたけれど
それからすっかり返事が途絶えてしまった
とりあえず、さっきのママさんに連絡してみる
電話口に出たママさんは、おじいちゃんと大喧嘩の真っ最中だった
「今ね、父が市役所に電話してるの、捨て猫を処分するんだって」
電話の向こうで、おじいちゃんが誰かと話をしている
それを聞いて、近くにいる子どもたちの
悲鳴のような抗議の声が聞こえる
「お父さん、子ども会の人が猫をもらってくれるってよ!」
その声を聞いてもなお、おじいちゃんは市役所の担当者と話をしている
「猫をもとの場所に戻して、昼までに誰かが拾いに来なければ
17時までにセンターに連れてこいってさ」
おじいちゃんの話に、子どもたちが食って掛かる
「殺しちゃうの?」
おじいちゃんは、子どもたちの問いには答えなかったようだ
もうすぐお昼、という頃になってやっと長女が帰ってきた
朝ごはんも食べず、お友達と一緒に
おじいちゃんとママさんとの喧嘩を横目で見つつ
猫の貰い手を探して近所を回っていたのだという
結局、「田んぼから猫を追い出せ」
というおじいちゃんから逃れ
違うお友達の家の庭で子猫を預かってもらうことになったそうだ
「でも、やっぱりどこの家でも猫は飼えないんだって・・・」
しょんぼりする長女に、朝ご飯兼用のお昼を食べさせた
午後は、お友達と学校のプールに行く約束があるという
「猫も友達もプールも、どれも気になるし
どれも大切、どうしよう?」
猫のことは私が連絡を取るから
プールに行ってきなよというと、うん!と返事をする
正解なんて、わからない
良い、悪い、正しい、間違い
人それぞれの考え方があるから
でも、私はこう思う
あのね、と長女に向かって話を切り出す
「さっき抱っこしていた子猫
あなたの腕の中で気持ちよさそうに寝ていたよね?
ゴロゴロ喉を鳴らしながら、すやすや寝ていたでしょう
この人が自分の新しいご主人と思ったかもしれないね」
うんうん、と頷きながらご飯を食べる長女に
これから酷なことを話さなければならない
「もしもね、このまま誰も猫を飼ってくれなかったら
あのおじいちゃんがセンターに連れて行くんだよね?」
長女の、箸を持つ手が止まる
「猫の気持ちになってみて?」
「さっきまで人間の腕に抱かれて
安心して眠っていたのに
今度は誰も抱っこもしてくれないセンターに連れて行かれるんだよ
天にも昇るような気持ちでいたところから
地に突き落とされるのと
もともと田んぼで寂しい気持ちでいたところから
センターに連れて行かれるのと
どっちの方が気持ちの落差が少ないかな?
どっちの方が、「がっかり」が少なくて済むかな?」
子どもに話してわかるだろうか
どうやって話したら、伝わるだろうか
「だからね、猫を飼ってあげられない人は
絶対に猫を触ってはダメなの
猫に期待をさせちゃダメなの」
ご飯も飲み込めなくなった長女
自分のせいで、猫に辛い思いをさせると思っただろうか
長女の気持ちと、猫の気持ち
そして、母親の私の気持ち
どれが一番で、どれが二番、三番・・・
気持ちに順番なんてあるだろうか
時間になって、プールバッグを片手に
「行ってきます」と学校に向かう長女
それと入れ替わりに、さっきのママさんからまた電話がきた
「ちょっと!お父さんは黙ってて!!」
いきなり飛び込んでくる怒鳴り声
もしかしたら貰い手が決まるかも、と午前中に話したはずなのに
いまだに市役所に電話をしているという
「違うお友達の家の庭に預かってもらったはずの子猫が
またウチの田んぼにいるんだって怒ってるの」
どうやら、そのお宅でも猫を嫌がられてしまい
子どもたちは仕方なく元の田んぼに猫を戻したようだ
それに気付いたおじちゃんが
「ウチに猫が居つく!」と激怒しているらしい
今すぐにでもセンターに連れて行く勢いだと
ママさんが電話の向こうで困っている
「もうちょっとだけ、貰い手の方からの連絡を待ってください」
そうお願いしてみるものの
電話口のママさんと、その向こうのおじいちゃんの喧嘩がエスカレートしていく
なんとか説得をして、やっと切れた電話の
ケータイのバッテリーがやけに熱く感じた
そういえば、あの子猫・・・
水に濡れたせいか鼻水が出ていた
あんな状況じゃ、きっとワクチンなんて
打ってもらった猫ではないだろう
健康診断をしに、動物病院に連れて行こうか
せっかく飼ってくれるという人が名乗り出てくれたんだもの
それくらいはこっちで負担してもいいのでは?
だって、3人の子どもたちが猫を抱っこしたんだもの
それぞれの家庭でも責任を持たなきゃ?
そうさっきのママさんにメールしてみた
しきりに病院代を気にしていたママさんだけど
自分がこの騒動のキッカケになったことに気付いているだろうか
話し合いをして、貰い手の方と連絡が付いたら
猫を病院に連れて行くことになった
その病院代とは別に、何か手土産を持って行こう
せめてものお礼だ
近所のケーキ屋さんに、美味しいシュークリームがあった
あれにしよう
そう思い立ち、クーラーボックスに保冷剤を詰め込んで
ウィッシュに乗った、でも
もう午後の2時を回っている
朝いちばんに連絡をくれたのにな・・・どうしたんだろう
私の不安な気持ちが空に伝わったのか
どんより曇った空から温い雨が落ちてきた
田んぼの中の猫!
ただでさえ鼻水をたらしているのに、これ以上雨に濡れたら
貰い手に届ける前に、どうにかなってしまう
ずっと抑えていた気持ちが、ぷつっと切れた
急いで家に戻り、シュークリームを冷蔵庫に放り込んで
手ごろな段ボール箱を手に、ウィッシュに乗り込み田んぼに向かう
雨の粒がフロントガラスにぶつかる
田んぼの手前で、自転車に乗った長女を見付けた
自宅の方向には行かず、田んぼの方を目指してペダルをこいでいる
彼女の姿に、猫の飼い主が見つかるまで
ウチが責任を持って預かる決心をした
ウィッシュが田んぼに着くとほぼ同時に
自転車もそこに到着した
絶対に触るまい、と決めていた子猫を手に取る
ガリガリに痩せて、骨と皮だけの、小さな黒い塊が
今、まさに生死の境にいるのだと思った
段ボール箱に猫を入れて家に戻ろうとしたとき
向こうの方から、あのママさんが走ってくるのが見えた
相変わらずおじいちゃんと喧嘩しつつ
自宅の方から田んぼを見ていたようだ
「連絡が来るまでウチで猫を預かります」
そういうと、ちょっとほっとしたようだった
ほっとして、今度はおじいちゃんに対する怒りが込み上げてきたのか
「だってね、カラスにつつかれて猫が死んじゃうって父が言うのよ」
もう、そんな話は聞きたくなかった
「誰も拾ってくれなかったらね
自治会長に頼んで、猫をセンターに連れて行ってもらうんだって」
市役所に連絡したのは自分なのに
なぜ、自治会長に責任を持たせようとするのだろう
訳が分からない
猫を連れて帰り、ひとまずウチで預かることを
お義母さんに話しに行ったけれど、子猫を見るなり
「これ!ダメだよ、病気じゃないの!!
こんなの、誰ももらってくれるわけがない」
目ヤニと鼻水でぐちゃぐちゃになった顔に、小さい鳴き声の猫は
お義母さんには受け入れてもらえなかった
「病院に連れて行こうと思うんですけれど」
そういう私の話に、「こんなのを?」と
お義母さんも、もう何匹と猫を飼ってきた人だ
いつだって最期の最後まで面倒を見てきた人
それだけに、無責任に猫を預かることを
「善し」とはしない
頭の何処かで
「誰にももらってもらえない、これが現実」と思いながらも
それでも貰い手が見つかるまでは
何があっても私が責任を持って預かる気持ちでいた
小さな猫は、田んぼから出されてほっとしたのか
人の声がするのにつられるように段ボール箱から出てきた
子どもたちの足の下を通り
玄関のドアにもたれかかって目を閉じる
人に慣れた子猫は、やっぱり誰かに飼われていたのだろうか
「どうして、なんで、誰が、田んぼなんかに?」
そう考えるのはやめにした
今は、とにかく貰い手を探す方が先決だ
子どもたちに撫でられて、うっとりと目をつぶる子猫
お義母さんも、なんだかんだ言いながら心配そうに見守っている
と、メールが届く
子ども会の方からだ!
「今、仕事から帰りました、連絡が遅くなってすみません」
たったそれだけの文字に、子どもたちが飛んで喜ぶ
さっそく教えてもらった電話番号に連絡を入れる
「ワクチンも健康診断も、こっちでやるから大丈夫です」
そう言ってくれた方のお宅には
赤ちゃん猫用のミルクも、哺乳瓶も
風邪薬も、鼻水をとる道具も、何でもあるのだという
家族全員、猫が好きで
つい先日も3匹の子猫をもらったばかりだという
でも、そのうちの一匹が肺炎を起こして亡くなってしまったのだけど
今朝のメールを見て
その猫の生まれ変わりがやって来たんだ!と思ったのだそうだ
すぐに連れてきても大丈夫ということで、さっそく伺おうと思ったら
長女が、お友達も一緒に行っていい?と
騒ぐだけ騒いで
結局何もしなかったあのママさんに連絡をするのは、ちょっと・・・
正直そう思ったけれども
何より、子どもの願いだ、長女の気持ちを大切にしよう
連絡をすると、「私も一緒に行ってもいいですか?」という
断ることも出来ず、ママさんがウチに来るのを待った
ウィッシュに、ウチの子どもたちと、お友達と、ママさんと
手土産のケーキと一緒に
黒い子猫が子どもたちの手に抱かれて乗った
ケーキの箱を見て、事情を知ったママさんが
「ケーキ代、半分出します」と申し出てくれたけれども
何時間も田んぼに子どもたちが居座って迷惑もかけたし
その間、子どもたちは飲み物もいただいたりしているので
遠慮させてもらった
車で数分のお宅に到着すると、ガラッと玄関のドアが開いて
二匹の元気な子猫たちが庭に飛び出てきた
新入りの黒い子猫を、この子たちは受け入れてくれるだろうか
私たちのそんな心配をよそに
新しい飼い主さんが黒い子猫を抱っこしてくれる
「大丈夫、きっと仲良くなれると思います」
この目ヤニは、母猫の代わりに私がきれいにするし
猫用のミルクをあげたら風邪薬を飲ませてみます
くしゃみをするたびに、飼い主さんの服に鼻水がくっつくのを
少しも嫌がることなく、ずっとずっと抱いていてくれるからか
黒い子猫はあっという間にその腕の中で目をつぶった
飼い主さんは、あのおじいちゃんの話を聞いて
「処分だけは、本当にやめて」と首を振る
さっそく「クロ」と名前を付けて、子猫に向かって話しかけていた
「いいこだね、いいこだね」
その声が、私の心にもじんわりと届いた
「猫を見に来てもいいですか?」
という子どもたちのお願いに
「どうぞ!」と応えてくれる飼い主さんに、もう一度頭を下げた
たった半日の付き合いとはいえど
やっぱり別れ際は寂しいらしく
子どもたちは何度も何度もそのお宅を振り返りつつ
ウィッシュに乗り込んだ
やっと安心できる、そう思ってエンジンを掛けると
助手席のママさんが話し出した
「ウチの父がね、猫に水をやろうと思って持っていったら
全然水を飲もうとしなくて
仕方ないから、猫の頭にその水を掛けてきたんだって
あの猫が、熱中症にならずに生きていられたのは
俺のおかげだっていうのよ
俺だって、あちこち貰い手を探してやったんだって言ってるのよ
近所の人がね、まだミルクも飲めないって言っているのに
固いドッグフードを置いて行ったのよ・・・」
ママさんの話はウィッシュが自宅に到着しても続いたけれども
もう何を聞いたのか、今になっては覚えていない
ふと思い出す・・・私の育ての母が、よく言ってたっけ
「しゃべる職人に、ロクな腕のやつはいない」
べらべらと話してばかりの人ほど、何もできないもんだという
・・・私も気を付けよう
それから一週間ほどして
学校のプール帰りに子どもたちが飼い主さんのお宅を訪問してきた
お仕事をしている方だから、夕方は忙しいだろうし
あまり長くならないように
そう注意しておいたけれども
きっと小一時間はお庭に居たと思う
汗だくで子猫たちと遊ぶ子どもたちに
飼い主さんはジュースを出してくれたそうだ
猫アレルギーのはずのお友達が
「ママには猫を触ったことを内緒にしていてね」と
ウチの長女にこっそりお願いしているのを聞いてしまったので
お友だちのママさんには申し訳ないけれども
子どもたちが猫に会いに行ったことは彼女には内緒にしておき
猫と遊んだことも、お友達の分のジュースのことも
みんなの分を代表して飼い主さんにお礼を伝えておいた
「子どもたちがお世話になりました」と
余計なことを話せば、またつまらない話を聞かされるだろう
「また遊びに来てください」
とのお返事をいただいたけれども
そう言われなくても、きっとまた子どもたちは伺うだろう
彼女たちにとって
「自分たちが初めて助けた子猫」なのだから
「クロね、あかまるって名前になっていたよ
お父さんがつけたんだって」
さっき抱いてきた子猫たちの話を、楽しそうにする長女
「まだお庭には出さないんだって
風邪が治ったら出してもらえるかな?」
そこのお宅の子どもたちとも仲良くなったから
きっと夏休み明けには学校で猫たちの話をするのだろう
学校の帰り、寄り道が長くならないといいのだけれど
ひっかき傷を作って帰る子どもたちの様子が
目に浮かぶようだった
猫好きな家族に巡り合えて、黒い子猫も幸せだろう
たった一度だけだけど
子猫を触った時の感触が忘れられない
あの痩せ細った子猫が
次に会うときには丸々と太っていることを願う
そして、今週
飼い主さんから、一通のメールが届いた
今日、メールしたのは、あかまるが亡くなりました
せかっく、助けてくれたのに…すみません
明日、あかまるを丁重に埋葬します
あかまるを私達に会わせてくれて
ありがとうございました
慌てて電話をかけてみる
事情を話してくれ、私たちにも
子どもたちにもごめんなさい、と
昔の家によくあると思うけれど
太陽の熱でお風呂のお湯を沸かすシステム
ってのが、屋根に乗っかっていて
それで入れたお風呂のお湯はとにかく熱く
ふたを開けっぱなしにしておかないと
夜になってもなかなかお湯が
適温まで冷めないのだそうで
その日もいつも通りに
お風呂のふたを開けておいた
子猫はきっと、水を飲みにお風呂場に行ったのだと思う
あかまるがお風呂に落ちた時
家族のみんなが不在で、誰も気付けなかった、と
あかまるが可愛くて可愛くて
みんなであかまるを取り合って抱っこして・・・
今回は本当に申し訳ないことをした、と
「田んぼに捨てられていた子猫が
ちゃんと家の中で最期をむかえられたのだから
貰っていただけて、良かったのだと思います」
それしか言えなかった
電話の様子を聞いていた長女が
こちらをちらちら気にしている
「あかまる、どうしたの?」
電話を切った私に、心配そうな視線を投げてくる
事情を話すと、一言、「わかった」と
それ以来、長女は
黒い子猫の話を一切しない
わずか2週間足らずの
子猫と子どもたちの夏休みのお話し
猫が好きなら、風呂のふたを開けはなしておくなんて、とか
子猫を置いて、家族全員が不在になるなんて、とか
そもそもお前が飼ってやればいいじゃないか、とか
キチンと猫や犬を飼っている方からしたら
なんてお粗末な話しかもしれない
亡くなった猫が、不憫でならないかもしれない
それでも
あの日、あの時
子猫をもらってくれるといってくれた飼い主さんは
私と子どもたちにとっては
神様のようにありがたかったし
自分の服で鼻水をぬぐってくれる飼い主さんに
黒い子猫は目を細めて抱かれていたし
誰に何を言われても
正解なんて、わからない
何が良くて、何が悪くて
何が正しくて、何が間違いなのか
ずっとずっと、考えてきた
まだ私が、私の実の母親と暮らしていたころのこと
猫好きの母は、常に猫と暮らしてきた
いつも猫が亡くなるたびに
「この子で、最後」
それが口癖だったくせに
またいつの間にか新しい子猫がウチに居て
でも、自宅で飼える猫の数には限りがあって
母の営む店先に居ついてしまった野良猫が
何匹もの赤ちゃんを産むたび
まだ目の見えないうちに
空いた段ボール箱に赤ちゃん猫を入れ
思川の橋から、または川の淵から
その箱を川に流したのを何度も見てきたし
目が開いてしまった子猫は
センターに連れて行ったりと
子ども時代の自分には
どうすることも出来ない場面を繰り返し見てきて
今でも、あの時の赤ちゃん猫の声が川の流れに消えるのを
耳の奥で覚えている
ずっとずっと、考えてきて
未だに答えは出ない
出ないけれども
もしも、何らかの命を手にしてしまった時には
自分で飼えなくても、ちゃんと飼い主が見つかるまでは
自分が責任を持つ、と大人になった今では決めている
今回、命を手に取ったのは私ではなく
子どもたちだったけれども
絶対に私が飼い主を見付ける、と心に決めた
それは
子どもたちに命のナントカを話して聞かせるよりも
その目に見せることの方が大切と思ったからだ
何が良くて、何が悪いのかはわからない
けれども、心で感じとってほしい
自分は、どうしたらよいのか、を
自分は、どうしたいのか、を
自分には、何がどうできるのか、を
私が猫を飼わない理由
自分の膝の上で息を引き取った、あの猫
次女が生まれた時に息を引き取った、あの猫
ここに引っ越してきた私たちのせいで、平和な日々を失い
心身共に疲れて亡くなってしまった、あの猫
あの猫たちが、「いいよ」と言ってくれるまでは
新しい猫は飼わない
あの猫たちの温もりが、この手の中に残っているうちは
新しい猫は飼わない
私の「3人のニンゲンの子どもたち」が
それぞれ親の手を離れ
私に「自分の時間」ができた時
猫を十分に見てあげられる時間ができた時
その時こそが
「いいよ」と言ってもらえた時だと思っている
私に「猫の子どもたち」を持つことが許されたなら
今度こそ、田んぼに捨てられた子猫を
この手に抱いてやりたいと思う
それが、私なりの
「責任ある猫との暮らし」と思っている
子猫の写真は、掲載しようか迷ったけれども
あの子猫が、この世に確かに存在した証しに
ここに遺すことにした