広島城
別名「鯉城」,広島カープの名前の由来にもなってます。
毛利元就の孫の毛利輝元が,五大老の威厳と秀吉の薦めによって,本拠地であった吉田郡山城から瀬戸内海に面した廣島の地に城を築くことに。。。瀬戸内海の海運で重要な地点であるが,太田川の三角州だったここへ当時としては超高層な建造物を建てるのは難航したそうです。何しろ地盤が河川の堆積物ですので,かなりの建築技術を要したとか。。。。
その後,福島政則が関ヶ原の功で,さらに浅野家がこの地を納めるようになり,明治に至りました。余談ですが,忠臣蔵の赤穂浅野藩の本家でもあります。
明治以降,日清戦争時に明治天皇の滞在地として,またその後は陸軍の施設として機能していましたが,昭和20年8月6日,原爆により崩壊しました。現在の建物はその後に建てられた鉄筋コンクリート製の物です。内部は歴史資料館となってます。
城を囲む堀は現在近くの川の水を引き入れて循環させており,鯉なども見られるようです。
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