2010年01月17日
あの日から15年
1.17.1995年1月17日。午前5時46分。
未曾有の地震が関西地方を襲いました。
当時私は10歳。地震が起きる直前に目が覚め、震災を体験しました。
地震の最中、大声で叫んでいたのを、今も鮮烈に覚えています。
我が家は幸いにも被害は少なく、全員無事でした。
しかし、状況を確認するためにテレビをつけると、そこは地獄絵図でした。
お隣の神戸が、燃えていました。
いたるところから黒煙が上がり、建物は崩れ去り、戦争が起こったような有様。
何が起こったのかさっぱりわからなかった。
被害状況が明らかになるにつれ、恐怖心が湧き上がりました。
阪神高速は横倒しになり、長田の町並みは更地になり、関西自慢の鉄道網はズタズタ。
今思い出しても、阪神地方はあの時、あの瞬間に死んだと思います。
私は神戸を勇気付けたいと思いました。あのころからブルーウェーブファンだった私は、震災の傷跡生々しい神戸で野球を通じて震災被災者を勇気付けるブルーウェーブを応援することで、被災者を、神戸を、よみがえらせたいと思ったのです。
大阪~神戸の鉄道は通ってません。代替バスでの振り替え輸送のみです。
往路は神戸鉄道を利用し、グリーンスタジアム神戸(現スカイマークスタジアム)へ行き、帰りは代替バス利用で帰りました。
代替バスを待つ間、見た光景は。
瓦礫と、絶望感。私の知っていた神戸はなくなっていました。
そんな中、私の愛するブルーウェーブはペナントレースで快進撃を続けていました。
「がんばろうKOBE」の旗印の下、イチロー、田口。大島、小川、藤井。星野、長谷川、野田。そして、マジシャン、仰木彬監督。
彼らが快進撃を続けると、それに呼応するように、神戸の町に活気が戻ってきたように思えました。
もちろん、仮設住宅だらけ。元通りとは言えない町並みですが、町の一体感はありました。
ブルーウェーブが優勝したときは、神戸に多数の人が押し寄せて、その年の初めに大地震があったとは思えないほどの人がいました。
優勝決定戦は、毎日、グリーンスタジアムに足を運んでいました。
ブルーウェーブが優勝したから、神戸の町が生き返ったとは思いません。その土地の人々が、がんばったから今の神戸があるんだと思います。
ですが、彼らの活躍は少なからず、神戸の人々に勇気を与えたと思っています。
ブルーウェーブの前身のチーム名である「Braves」の意味は、勇者達。勇者達が青い波へと姿を変え、神戸の人々を勇気付けたのです。
私が今勤める、大阪中央卸売市場も、震災時は被災地へ緊急物資を輸送するのに活躍しました。川に面しているので、水運が利用できたからです。
15年たった今、勇者達の生まれ変わりの青い波は、猛牛戦士となって、大阪に移ってしまいました。
神戸の町並みは、ちょっぴり新しくなって、決して景気は良くないですが、笑顔があります。
ですが、神戸の人々の笑い顔の裏には、絶望や悲しさ、悔しさ、怒り。それらがあったことを、今日は、今日だけは思い出してあげてください。
1.17.1995年1月17日午前5時46分。
あの日、あのときから15年。
僕らは、立ち直れたのだろうか。
ブログ一覧 | 日記
Posted at
2010/01/17 06:15:45
タグ
今、あなたにおすすめ