奴はロードスターで水の匂いがする間道を走るのが好きだ。飽くことなき美しいシルエットが更に映えるからなのだろう。視線は五感の助けをかりて、3つのミラーとフロントガラスに散りばめられた極彩色のパノラマを調合し、奴の心に掛けられた頑強な掟をいとも簡単に解き放つ聖なる鍵”を創造する。五感は全ての日常の機能を停止する代わりに奴の命を透明な意識に替えて分離させていく。双頭の五感を自覚しはじめるとロードスターをあやつる奴とは別に360度のあらゆる視線で自らの疾走する姿を自由に眺める超感覚を宿す。不思議な空間・・・これが六感・・・四次元・魂の開放。小気味よく流れ飛ぶパノラマのステージでバラードを奏でながら穏やかだが規則正しい心臓の鼓動を感じる時に奴はこの現象に抱かれる。悲しくも、淋しくもない。かといって、格別に嬉しくも、楽しくもない。だだ、全身が軽くなる。楽になる。水の匂いが、いよいよ強く香る淵にたたずむ。愛おしいフロントノーズ越しに見る水面の壮麗さに言葉さえ失う。奴はこのまま時間が止まってくれたらいいと思う。わずかに時間が止まったかのような時間・・・無情にも煌く水面に相応しくない役割を終え朽ち果てたペッドボトルを見つけてしまった。その瞬間に奴の五感が、一瞬にして本来のそれに回帰する。奴は我にかえるのと同時に苦笑しながら・・・「くゆらせた煙草が天に召されたら拾ってこよう」と誰にともなく呟く。焦燥に身をゆだねてやってきた誰かが・・・もう少しだけゆったりとこの現象に身を委ねられる様に。 貴方は奴の様な現象体験は・・・?