今回の記事も車に関係ありません。
極力抑えていますが、過激な表現等があります。
苦手な方は閲覧を中止する事をおすすめします。
一般の中隊に配属され、外泊付きの外出が出来ると思い喜んだのを覚えています。
しかし、待っていたのはとんでもない現実でした。
1ヶ月はまだ良かったんですが、演習が近付くにつれて不満をぶちまけられるように成ります。
一番苦痛だったのは縫い物です。
制服とか迷彩服につけてる階級章の縫い方が気に食わないと言われ、縫い直しを命じられました。
で、頑丈に縫ったら、裏に出ている糸が均等に揃っていないからダメだの色んな事を言われました。
その事で説教をされ、夜も眠れず、夜中の1時にようやく解放されても腹が立ち中々寝付けず、完全にストレスと睡眠不足に陥っていました。
そして、外出も制限され、完全に欲求不満になり、一番堪えたのは同期から「お前が外禁になれば、残留枠が減って俺らが外出出来る」と言われた事ですね。
正直、この時期に自殺を考え始めました。
ここで疑問に思う人も居ると思いますが、辞めると言う選択肢は僕には無かったんです。
親は陸曹になれ、陸曹になれと言い、でも本人は今すぐにでも辞めたいと言われ、辞める事も出来ないとなると後は自殺するしかないと考えてしまったんです。
そのメンタルで演習へ行くと半分心が壊れかけました。
しかし、そんな時にこの事が問題になりました。
そこで一旦この問題が解決しました。
しかし、それでも外禁をチラつかせて来るので、ストレスしか溜まらなかったです。
更に、動きがトロいので完全にイジメの標的でした。
年が明け、また外禁になり、出れたと思ったら外禁になりの繰り返しでした。
2回目の演習後、完全に心が折れ、もうダメだと思い駐屯地カウンセリング室へ行きました。
そして、任期退職と言う形になりました。
親は卑怯者だとかなんだとか言いましたが僕からしたらたかが一回の転職なわけで、その方法が少し違っただけなんです。
まぁその結果、外出も出来るように成りましたし、個人的にはOKでした。
その後のパワハラは酷かったですね。
就職援護担当だった先任上級陸曹に面接練習と言う名のイジメに遭いました。
志望動機を書いたノートを持って行ってもろくに読んでもらえず「却下」と投げ返され、就職希望をNEXCO中日本と書いて出しても「そんなものない。」と投げ返されたり、24時間勤務後に長時間拘束したり、散々な目に遭わされました。
それを見て問題だと感じた地方協力本部の援護主任が「俺の所へ来い」と声をかけてくださり、その人の元で面接練習をしていました。
前のブログにも書きましたが、その方は前期教育の区隊長でした。
凄く気にかけてもらい、中隊に入ってからも声をかけてもらったりしました。
その面接練習の時に言ってもらったのが「俺はお前を教育隊と言う自衛隊の入り口で面倒を見た。今度は任期退職と言う自衛隊の出口でお前の面倒を見るから俺に付いて来い!」と言ってくださりました。
その方には家庭もあり、自衛官としての生き方ももちろんですが、人間として生き方も教えてくれました。
今でもその方はたまに見かけたりします。
僕も仕事が落ち着いたら一度、その方と飲みに行き、話に花を咲かせたいと思います。
ここから自慢話になりますが、うるふは師団長に表彰された事もあるんです。
師団武装走と言う銃や装備を付けて全力で演習場を走ると言うものが退職前の12月にありました。
1グループ5人で走るこの競技ですが、僕はこれでもマラソン経験者と言う事もあり、連隊で一番早いグループに入りました。
死に物狂いで走りました。
正直言うとかなりキツイです。
でも同期や上司、後輩からの応援を受けて走ってると段々気持ち良く成って来るんです。
で、結果は1位で、連隊の部でも優勝しました。
そして、最も優秀だった者に貰える、師団長メダルと言う物を貰う事が出来ました。
こちらがその師団長メダルです。
詳細理由は知りませんが、恐らくその当時、1等陸士だった僕が同じグループだった2等陸曹の人の銃を持ったと言うのが理由じゃないかな?との事です。
連隊長や中隊長にも褒められ、とても嬉しかったです。
貰った時は基本的に表彰とか映画とかで泣かないうるふが初めて泣きそうになりました笑
この瞬間、「俺、自衛隊続けようかな?」と思いました笑
ちなみにこの時のグループ優勝の功績で小隊長の3等陸尉の方に四級賞詞。
その他の僕を含めた4名に五級賞詞が送られました。
ちなみに賞詞とは制服の左胸に付いてる物です。
貰える理由は様々で、勤続何年、職務遂行、縁故募集による功績等です。
もちろん陸海空共通です。
そして、3月。
車楽まつりの9日後の3月21日に除隊式がありました。
この時、除隊者は壇上に上がり、所属中退、氏階級、何か一言述べます。
まぁ一言はシンプルに「ありがとうごばいました!」だけで済ませる人も居ますし、これからの意気込みを述べる人も居ます。
で、これが除隊式の時に後輩と撮った写真です。
そこそこふざけてますけど( ̄▽ ̄;)
そして、平成29年3月29日。任期満了し、陸士長にて、陸上自衛隊を除隊しました。
終わってみると嫌な事が多かったですが、でも、今思ってみると人生において自衛隊に居た2年間と言うのは別にマイナスには成ってないと思います。
確かに酷い目にも遭いましたし、精神的にも病み、そして、何度も死にたい、辞めたいと思いましたが、そう言う経験が有ったからこそ今の仕事を続けれて、そして大好きなS660にも乗れているんだなと思いました。
正直、自衛隊入隊を自分から勧める事はあまりしてません。
しかし、自衛隊にもしも入隊したいと言う方が居ましたら相談くらいしか乗る事は出来ませんが、ご連絡ください。