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2016年08月15日

64回目の終戦記念日

64回目の終戦記念日 嘉永6年6月3日(西暦1853年7月8日)。その時歴史は動いた……230年にわたり徳川幕藩体制が守り続けた鎖国(1628年寛永10年~1858年安政5年)を解くきっかけとなった事件は案外新しく、今からわずか163年前のことだった。江戸幕府(1603~1867年)264年の長きにわたる平和で安定した治世と比べると、非常に短期間に激しく時代が変化したということになる。

アメリカの使節ペリーが黒船(黒い塗装の軍艦)4隻を率いて江戸湾の入り口浦賀沖に現れた主たる目的は、捕鯨船の補給と荒天時の避難先の確保にあったという。産業革命の進展によって夜間の就業が拡大したことで照明用の灯油の需要が増した。当時の文字通りの灯油は鯨油が用いられた。当時のアメリカは鯨油の採取のためだけに大量の捕鯨を行い、太平洋を所狭しと往来。遂には西の果ての日本近海に漁を求めるまでになっていた。

クジラを油を採るための資源と捉え乱獲に走ったアメリカに、近海で貴重なタンパク源を摂る食文化としてのクジラ/イルカ漁についてとやかく言われる筋合いはないが、歴史を動かすのはいつの時代も生存に関わる資源やエネルギーの問題が端緒となる。

もしも、アメリカで石油の採掘が30年早く始まっていれば、ペリーは浦賀にやって来なかったかもしれない。歴史には往々にしてタラレバに思いを馳せることがある。

ペンシルベニア州タイタスビルでエドウィン・ドレークが機械掘りによる油田の事業化に道筋を付けたのが1859年。ペリーの来航は1853年。開国を迫った目的は、当時『灯油』に用いられた鯨油採取を目的とする捕鯨船の補給と荒天時の避難先の確保。後に世界初の石油の大規模採掘を実現し、いち早く近代石油文明を切り拓いたアメリカだが、幕末期はクジラを脂の採取だけのために乱獲し、蒸気機関の発達により日本近海までクジラを追ってやって来ていた。

石油の実用化によって鯨油目的の捕鯨は衰退したということだから、あと30年早くアメリカで油田が発見され商業化されていたら、歴史は別のものになっていたかもしれない。世界史はそれほど単純な話ではないが、歴史の綾は振り返るだに面白い。

1858年安政5年の日米修好通商条約締結によって、江戸幕府による日本の鎖国は完全終結することになるのだが、それは97年後の8月15日に至る終わりの始まりだったと言えなくもない。

明治維新は、慶応3年12月9日(1868年1月3日)の王政復古以後に成立したとも、明治改元に当たる明治元年旧9月8日(1868年10月23日)に始まるとも言われているが、朝廷の意に反する形で開国・通商路線を選択したのは徳川江戸幕府であり、薩摩・長州両藩出身の官僚層を中心とする新政府は元々は朝廷の権威のもと幕政改革と攘夷の実行を求める尊王攘夷運動派を中心とした。

それが、薩英戦争や下関戦争などの経験によって欧米列強との軍事力の差が改めて認識された。観念的な攘夷論は後退し、国内統一・体制改革を伴う近代化を優先させて、対外交易で富国強兵を図る。まずは、欧米に対抗できる力をつけるべきだとする「大攘夷」論が台頭し、尊王攘夷運動の盟主長州藩も開国論へと転向していくことなる。

徳川幕府が現実的なリベラル開国路線で、倒幕勢力の薩長土肥がむしろ長年の国是であった鎖国体制を極力維持保守勢力だったという視点は、維新後に世界の趨勢という現実に気付いた明治政府の中枢をなした元勲倒幕志士によって体よく入れ替えられる形となった。明治維新の胡散臭さは、当時まだ絶大な力を持つ徳川中央集権体制に対抗し得るだけの経済力を倒幕雄藩がいかにして手にしたか。

follow the money……ことを起こすのに必要な財源を追え!という考え方が、歴史を正確に把握するのに重要だとする視点がある。司馬遼太郎が活写した幕末の英雄坂本龍馬は土佐藩下士から脱藩浪人となる境遇で、海援隊を組織して多くの浪人と日本最初のcompnyを創設し、船や兵器を購入しているが、その資金の流れはあまり問題にされていない。

明治維新が江戸幕府の旧弊を改め近代国家への道筋を拓いた。昭和20年代生まれの世代の僕はそう教わってきたが、徳川幕藩体制の260年に及ぶ治世は戦争とは無縁の平和な時代。それが明治維新後の富国強兵・殖産興業による国際化と世界の列強入りプロセスに転じて以降は1895年の日清戦争から1945年の大東亜戦争敗戦までの50年間はずっと戦争に明け暮れた。

完膚なきまでの敗戦によって手にした平和はいびつだが、70年間にわたって戦火に塗れることがなかった歴史はそれなりに評価されるべきだろう。直近の半世紀はモータリゼーション開花(1966年に始まる)の50年であり、経済に特化できる平和な時代がもたらした世界一の自動車生産約2500万台の実績がある。

近年、13億人の人口を背景とした巨大内需市場を有する中国がドッグイヤーのスピード感で猛追し、一国の国内生産という観点ではすでに販売台数とともに世界一の座を占めている。

日本は、有史以来一貫して人口が右肩上がりで増えつづけてきた。鎌倉幕府成立の1192年757万人、江戸幕府成立の1603年1227万人、享保の改革1716~1745年3128万人、明治維新1868年3330万人、大東亜戦争終戦1945年7199万人(日本列島における人口分布の長期時系列分析:国土庁1974年)。戦後の工業化社会の進展にともなう高度経済成長を経てもなお一貫して人口は増えつづけたが、遂に2008年1億2,808万人をピークに人口減少に転じることになった。

21世紀は、工業化社会から情報化社会への本格的な移行が進展し、余剰を前提とした社会から必要なものを必要なだけ供給する情報化の時代に突入した。その意味からも、人口減少はある種の必然といえるが、2030年には1千万人減の1億1662万人、2050年9708万人と減少を続け、2100年には高位推計で6485万人、低位推計では3795万人と明治維新当時のレベルに戻る予測が立てられている。

AIを筆頭とする高度情報化社会の成果物によって国力の維持は可能という見方も出来るが、これまで通りの1億人規模のそこそこに大きな内需をベースに回ってきた経済構造は根本から見直す必要がある。現時点で日本の10倍の内需市場を持つ中国や、それを上回る人口増が見込まれるインド、将来的に3億人規模になると言われているインドネシアが持っている内なる成長の要因がなくなり、少数精鋭で闘う体制に切り替わることが出来るか。

今のところは、逃げ切りを図ろうとする高齢者を中心に変化を阻む勢力が強力だが、ミレニアムの2000年から今年2016年までと同じ期間に1千万人規模の人口減少が現実問題として訪れ、同時に超高齢化社会が出現する。2035年の65歳以上の高齢者比率は33.4%に達し3人に1人が老人という世の中が訪れる。

僕は今年で64歳になった。1967年にThe Beatlesが発表したアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に収録されたホエン・アイム・シックスティー・フォー(When I'm Sixty-Four)の年齢だ。運良く頭は禿げ上がらなかったけれど、長らく暗雲が垂れ込めっぱなし。まあ、生きているだけで御の字ですが、最後にWhoo!と声を上げてみたいもんです。



When I get older losing my hair,
Many years from now,
Will you still be sending me a valentine
Birthday greetings bottle of wine?

If I'd been out till quarter to three
Would you lock the door,
Will you still need me, will you still feed me,
When I'm sixty-four?

oo oo oo oo oo oo oo oooo
You'll be older too, (ah ah ah ah ah)
And if you say the word,
I could stay with you.

I could be handy mending a fuse
When your lights have gone.
You can knit a sweater by the fireside
Sunday mornings go for a ride.

Doing the garden, digging the weeds,
Who could ask for more?
Will you still need me, will you still feed me,
When I'm sixty-four?

Every summer we can rent a cottage
In the Isle of Wight, if it's not too dear
We shall scrimp and save
Grandchildren on your knee
Vera, Chuck, and Dave

Send me a postcard, drop me a line,
Stating point of view.
Indicate precisely what you mean to say
Yours sincerely, Wasting Away.

Give me your answer, fill in a form
Mine for evermore
Will you still need me, will you still feed me,
When I'm sixty-four?

Whoo!



半世紀近い時空を経た再会。新城高校5期生(1970年卒業)3人だけの同窓会@浦賀


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Posted at 2016/08/15 15:02:10

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