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伏木悦郎のブログ一覧

2012年05月29日 イイね!

クルマと拳銃

クルマと拳銃拳銃、撃ったことありますか? 僕の初体験は忘れもしない1985年。LA郊外の今はなきリバーサイドレースウェイを訪れた時のことでした。

主たる目的は前年のルマン24時間に参戦したローラT616の試乗。BFグッドリッチが市販ラジアルタイヤでルマン挑戦というプロジェクトを組み、C2クラス優勝を達成。搭載エンジンは13B改RE。ロータリーエンジンにとって初のルマン栄冠は実はこのマシンに始まります。

この年、当時国内に存在したすべてのグループCマシンを一気乗りするという連載に近い企画を担当していた僕に取材のお鉢が回ってきたということでした。同行フォトグラファーはF1取材500回を超え、いまや大御所と誰もが認めるK.H。

まだ時間の流れがゆったりとしていた1980年代。ローラ以外にもR.STRAMANというコーチビルダーを訪ねてホンダCR-Xの屋根をぶった切ったコンバーチブルに試乗した記憶がある。一通り取材が済んで、なお帰国まで2日ほどゆとりがあった。この時僕はSIMPSONで今もトレードマークとして愛用している青のレーシングスーツを仕立てたりもした。

さあ次どうする? 問うと、K.Hが「ピストル撃ちたい」と言い出した。行ってみるか。どうやって捜し当てたか忘れたけれど、とにかく一軒の屋内射撃場に辿り着いた。

鉄の扉一枚を開けると、そこは薄いベニヤ板で仕切っただけのシューティングブースと粗末なカウンターという怪しげな雰囲気。日系と思しき主人が手作業で薬莢に火薬を詰めて弾丸をこしらえていた。拳銃はS&Wの38口径レボルバー。後で考えるとフルパウダーではなかったようだが、それよりもなによりも初めて手にする本物のピストルには緊張した。

「はいよ」と無造作に銃を手渡され、その質量感にゾクッ。「弾は?」何発要ると尋ねられ、K.Hと僕は顔を見合わせた。ビビリながら「50?」6連発のレボルバーの10回分(確か、安全のために5発詰めを薦められた)。一人25発も撃てば十分じゃない? 多すぎるかも…というのが一致した見解だった。

年の功でまず俺からとなったわけですが、いや~パクパクでした。ハンマー(撃鉄)をギュッと押し下げると、トリガー(引き金)がスゥ~ッと手前に引かれる。そこからはもうフェザータッチ。ちょっと人指し指を緊張させるとドンッ間髪入れずに発射となる。

ホールドアップされたヒーローが、次の瞬間銃を撥ね除ける……みたいなシチュエーション、映画かTVドラマであったように思うけれど、"あれはあり得ない"その時リアルに理解した。「Freeze!(動くな)」と至近距離でハンマーを起こされたら、言う通り凍ったように固まらないと命はありません。

そのリアリティに震えながら5発撃ち切ると喉がカラカラになった。代わったK.Hの反応も似たようなもの。初っ端は緊張が解けるやヘロヘロ。ところが人間慣れるもの。2、3巡くらいまではビビリが残ったものの、一箱終りという頃には止めるのが惜しくなっていた。かつてない緊張を克服した後の興奮は想像を絶した。今にして思えばドーパミンがドバドバのけっこうアブない状態になっていたはずだ。

途中、鉄扉がバァ~ンと開いて、大柄な黒人のグループ(4~5人)がドヤドヤ入ってきて驚いた。やいのやいの言いながらバンッ、バンッ、バンッ、奇妙なノリでブッ放ち始めた。

「ウチは連射禁止だ!!」店主の怒声に案外おとなしく従ったので安心したが、ひょいと銃口をこちらに向けてトリガーを引かれれば、はいそれまでよのシチュエーション。そんなこんなだったのに、終わってみればK.Hと俺はあと二箱撃ち興じ続けていた。

帰国前日、今日は買い物でも行きますか? すでに2児の親になっていた僕の提案に「伏木さん、買い物なんていつでもできる。今日も撃ちに行きましょうよ」強く言うので「いいよ。でも昨日よりましなところにしようぜ」捜し当てたのがトーランスプラザホテル裏のちゃんとした仕立ての室内射撃場である。

しっかりパスポートを預かる厳格さが却って信頼できた。銃はいろいろ選べたが、昨日慣れ親しんだS&W38口径にした。もういきなり全開。ここのはフルパウダー(火薬がきっちり入っている)で撃つと銃口とシリンダー後方から盛大に火を噴いた。音も衝撃も昨日の比ではない。

当然イヤーマフを装着しての射撃。だが、しばらくすると場内に腹に響く重低音が轟いた。肌を震わせる衝撃波に、なんだなんだと隣のレーンを覗くと、常連と思しき男が44マグナムのS&W M29? をボワァ~ンと撃っちゃあドヤ顔でこちらを振り返る。その向こうで新婚と思しき日本人男女が撃ち始めた。見るとコルト45ガバメント。小柄な女が撃ち始めると反動で地面と天井を交互に撃ち抜いた。

「普段僕たちは(被写体を)入れる立場でしょう。入っていない恐怖(当時は当然銀塩カメラの時代)はストレスです。この放出感、たまりませんなあ」K.Hは涎を垂らさんばかりに恍惚の表情を浮かべた。後ろ姿を見るとカメラを構えるポーズそのままだ。さらに「伏木さん、紙の的は飽きますね。動いているモノを仕留めたくなる。獲物は動物? 突き詰めると究極は……」何やら哲学的なことを言い出した。

しかし、銃本来の目的を考えるとそこに行き着くのは当然か。自然界の猛獣から身を守るというワイルドライフの持ち主以外で、銃の使用目的は同じ銃を所持する対人間おいて他にない。護身用という自己防衛の権利が、アメリカ合衆国憲法修正第2条(武装権)によって保証されている。

民兵組織によって英国との独立戦争に勝利したという建国の歴史に起源が求められる条文が、2億7000万丁とも言われる人口に匹敵する全米の銃保有の根拠であり、それによって事故、事件、自殺などで年間3万人の生命が失われている。

銃に触れたことのない者にとって想像を絶する現実の世界だが、もうひとつの現実として全米では年間約4万人の交通事故による死者が発生している。アメリカ人にとってのクルマと銃は、日本人の認識とは必ずしも一致しない。ここは押さえておきべき視点だと思う。

日本の一般社会では考えられない状況が日常に存在し、その気になれば日本人だって法を犯すことなく銃撃を体験できる。日本に経験者がどれくらいいるか分からないが、一般的な庶民感覚からすれば銃はあり得ない違法無法不法の象徴であるに違いない。逆の見方をするとアメリカ人のクルマを見る眼差しは、日本人のそれと一致しなくて当然ということにはならないだろうか。

それはともかく、最初に銃を手にした時の恐怖、緊張、興奮……それは間違いなく初めてクルマを手にした時の記憶と重なった。アクセルを踏んだ時の加速、ブレーキはどの位踏めば止まるのか、クラッチはどう繋ぐ? ハンドルを切る量と動きの関係は……メカニズムが身体と一体になっていない初期段階では、すべてが恐怖の対象になっていたはずである。

拳銃を握った1985年の僕は33歳。運転免許取得から15年。20代前半に自動車レースを経験し、メディアに属して7年。フィジカルを含む走りのポテンシャルは当時がピークだったと思う。その時期に18歳の記憶を蘇らせた。拳銃の初体験は、人とモノ(道具)の関係を改めて考えさせる衝撃の出来事だった。

この拳銃は、4年前(2008年11月)のLAショー取材の際に再訪したシューティングレンジで23年振りに撃ったKIMBER45automatic。LA.P.D.S.W.A.T( ロサンゼルス市警特殊部隊)が正式採用するという業(ワザ)物だ。

クルマと銃の共通項はとても多い。爆発的燃焼圧力のエネルギーを用途に合う仕事に転換するメカシステムしかり、基本的には人の意志と行為がないと何も起こらない金属の塊であり、法律によって所持や使用の資格が厳しく制限され、最悪の場合自ら命を落としたり、他者の命を奪ったりもする。

銃の場合、その機能目的が他の生命を奪うことにあり、そのことを多くの人が理解しているので、日本においては一般社会から遠ざけるのは比較的容易となっている。ところが、クルマの場合は移動の自由をパーソナルレベルで実現するという平和用途が第一義的にある。誰も死のうと思ってクルマに乗ることはない。

もともとクルマは危険な乗り物です……本質は変わらないのに、クルマが銃と同列に語られることは稀だ。技術の進歩は、より速く、より快適に、より安全に、そしてより経済的に……というスローガンの下に展開され、現在の状況を生み出している。ことここに至って、原点に立ち返って考え直すのは容易じゃなくなっているということだろうか。

今、かりに僕が18歳だったら、初めて手にするクルマにどんな感想を抱くだろう。遥か42年前の記憶は薄く甘美なノスタルジーに過ぎないが、あの初めて銃を手にした時の感覚はリアルだった。どうやら時代を超える普遍性がそこにありそうだ。

昨日(28日)XaCARで連載が始まって4回目となる国沢光宏親方との口論?舌戦?水掛け論?の収録がありました。今回のお題は『MTorAT?』ふたたびトヨタ86・スバルBRZに話が戻ったような展開。僕は完全なるMT派で、今後購入する場合、スポーツカーに限っては右ハンMTに限ると決めている。

例外的にはポルシェ911の空冷に限って左ハンMTもありだが、それ以外はフェラーリも何も右ハン3ペダルがないモデルは対象外(ということは新しいF1系はなし)とした。完全なる時代錯誤アナクロニズムだが、それでいいと思っている。クルマは身体機能の拡大装置であって、自分のカラダ(と感覚)を伸ばすメカシステム。からだとのインターフェイスを省いて、結果としてのスピードや燃費効率を高めることには与しない。

余裕があればハイエンドスポーツにまっしぐらだが、基本的には身の丈にあったサイズと動力性能でランニングコストが低いほうがいい。86は現状では最右翼だが、もっと小さくもっと軽くもっと小排気量で上質で面白い…そういうブレークスルー感のあるクルマの登場を待ちたい。もしも出ないということになれば、旧い内外の魅力的な個性派を現代技術を駆使して再生するレストアに期待するのも悪くない。

インフラにしてもクルマそのものにしても、先に進むばかりが進歩とは言えなくなりつつある。法定最高速度を先進国としては最低レベルに抑え込んだまま、クルマの高速性能を無限大の方向に高めようとするいっぽうで安全ディバイスで帳尻を合わせようとする。使っちゃいけない性能、使うところ限定の性能はもういいかな。

法治国家だから法には従う。しかし、実情に合わない法律は積極的に改めたほうが健全だろう。いろんなところで現状を変えたがらない勢力がパワフルだが、法を改める気がないならその枠組みの中で楽しめる面白がれるモノ作り、クルマ作りに転換したほうが未来がある。本気で資源だ環境だ安全だというなら、従来型の延長線上で未来を語るのはもうなしだろう。

で、XaCARの企画ですが、全然駄目でした。編集長にしても親方にしても見ている現実と思い描く未来が違う。僕は今までどおりの語り口に興味を失っていて、たとえば86のMTのフィーリングってどう? といったシンプルな質問にスッと応えられない。

そんなことよりも、たとえばスウェーデンのカロリンスカ大学(脳トレで世に出た川島隆太教授が学んだことで知られる)で”運転したくなるってどういうことなんだろう”と2年くらい研究開発した男がトヨタにいる……なんていう話に反応してしまう。つまるところスピードを高めることに収斂してしまう性能評価なんかより、人間の能力をスムーズに引き出す技術開発に興味が向いちゃうのだ。

品評レベルの話には身が入らない。これじゃあ評論家失格だなと我ながら思わないでもない。冷静になって考えれば出てくるけれど、トークはその場のパフォーマンスがすべて。まあ、ガッカリな伏木悦郎に興味がある読者は少ないと思うけれど、XaCAR良かったらご講読よろしくお願いします…っと。

さっと書き倒せると思ったけど、意外にダラダラ行っちゃった。続きはDRIVING JOURNALに書いてます。



Posted at 2012/05/29 23:55:45 | コメント(5) | トラックバック(0) | クルマ
2012年05月27日 イイね!

クルマの心

クルマの心ただいま戻りました……そんな感じかな。まあ、独り善がりな性格で、運に任せて突き進み、思うがままのスタイルを貫いて妥協は最小限に留める。振り返ってみると、1970年の運転免許取得から42年、クルマについてはずっと変わらぬスタンスでここまでやって来たような気がします。

時代は高度経済成長の絶頂期に始まり、自動車人生3年目の1973年11月にはそれこそ天と地がひっくり返るような第一次石油危機(オイルショック)をGS(ガソリンスタンド)の店員として迎えるという、ライブ感溢れる境遇で『クルマはガソリンで走るんだぞ』を骨身に沁みて実感しました。

後で聞くと、ガソリンスタンドで『今日は一台につき10ℓしか売れません』と常連客に言ってはドヤされたり、スーパーからトイレットペーパーが消えるという"都市伝説"にもなった事態は、デマによるパニックと石油元売りなどによる売り惜しみが原因でした。

オイルショックの原因とされた第4次中東戦争による原油輸送タンカーの航行不能による『油断』は一切なく、20万トンタンカーは正常に運行していて買い占めや買い急ぎをしなければ需給が逼迫することはなかった。当時は日本人がエコノミックアニマルと世界中で眉をひそめられる存在となっていた頃です。私企業のモラルが問題視され、国を始めとする公や官に信頼を置きたがるという、現在とは真逆の見方をするのが一般的でした。

先月北京国際自動車ショー(AUTO CHINA)に行ってきました。2007年の上海ショーから6年連続広州ショー2回を合わせると計8回中国のモーターショーをこの目に焼き付けてきました。たったの6年ですが、この間の変化は7倍速のドッグイヤー(犬の1年は人間の7年に相当するという)どころか18倍速のマウスイヤーとも言われる激変ぶり。

中国市場が注目され始めた6年前、物真似、そっくりさん、パクリに模倣……と散々面白おかしく報じた日からそれほど経ってはいませんが、変化のスピードは呼吸をするのも忘れるほど。日本が40年掛けて汗水流して到達した地点よりも高いところに現在の中国は位置しています。

もちろん、近代西欧国家のような文化の薫り漂う秩序なんて望むべくもありません。クルマの購買層は全人口の1割にも満たない富裕層。2010年の時点で自動車の保有台数8500万台を超え、日本を追い抜き、米国に次ぐ世界第2位の座に着き、この1年半の増加を合わせると優に1億の大台に乗ったのは間違いないですが、おおよそ8割が新規購入といわれるユーザーに先進国並みの洗練を求める方がどうかしています。

今回の北京では、トヨタとレクサスの販売店視察ツアーに合流して、いろいろ見聞を広めてきました。現在の中国では、クルマは現金購入が主流で比率は85%に達するといいます。残りの15%がローン。信用取引が可能な人は事業を営む信用度が高い人に限られるということで、ちょうど日本とは逆の状況にあるといえそうです。

中国バブルはいずれ弾ける……そう踏んだ日本メーカー、とくにリーマンショックで我が世の春から急転直下の厳冬期を迎えたトヨタ、ホンダというそれまでの勝ち組は慎重派となり、今年2012年になってやっと本腰を入れる姿勢を明らかにしました。これに対しドイツを中心とする欧州勢と同じメンタリティーで中国戦略を組んだゴーン日産は、日本勢としては中国市場における10%シェア確保を早々とコミットメントとして表明し、諸々の条件を勘案して実現する可能性は高いと考えられます。

リスクを負って、責任の所在を明らかにしながらきっちりと戦略を練って行く。何年か前に日産の中国担当者に確認を取ったところでは、信用販売が未発達で現金購入が主流の現状では仮にバブルが弾けても貸し倒れの恐れはない。だからもう全開で行きます!!

今や世界の国際モーターショーの中でも出展自動車メーカー/ブランド数では図抜けて一番が中国。欧州、米国、韓国、インドもあったと思うし、もちろん日本メーカーも。欧米勢の力の入れようは、かつての帝国主義や植民地主義の血筋を感じさせる迫力です。構造的には70数年前の歴史の再来という感もあるのですが、兵器をクルマに変えた戦いは本質論から言って重なるものがあるのは事実でしょう。

現金売買ということで、注目されるのは値引き合戦です。もともと、現在の中国における(というより北京における)クルマの販売には、国やメーカーからのインセンティブ(販売奨励金)に基づく値引きが堂々と表示されていて、その上でマーケットシェア確保のためのいわゆるディールによる値引きが物を言うようです。

新聞などの大手マスメディアは、やれ年間販売台数1800万台だの、日本車のシェアは何%だのとサプライ側目線の数字遊びに明け暮れる。ファクトを押さえておけば、ジャーナリスティックな視点を持って分析や意見を述べて失敗する危険はない。特ダネを追うよりも『特オチ』を極端に恐れる体質は、日本的情緒を中国に持ち込んで???となることはあっても、中国の実態を事細かに伝えることはない。

街に出て、道路に溢れるクルマの群れに圧倒されたり、あっという間に東京の地下鉄総延長を超えた北京地鉄を埋める乗客の迫力を知れば、この国で今何が起こっているかを肌で感じるはずなのだ。

2011年は2000万台の大台に届かなかった……中国自動車市場の右肩上がりの成長を諸手を挙げて歓迎する論調が多い。経済成長の牽引車としての存在感は強烈だが、ほんの10年ちょっと前までは現在の10分の1ほどの200万台余りだったのが一桁多い数で増え続ける。その自然増は単純にエネルギー問題に直結します。

そう遠くない将来、中国の自動車保有台数は米国(2億8500万台)を抜いて世界第一位に躍り出ると予想されています。経済成長を極端に鈍化させると中国は国としての機能を大幅に損なう恐れがあり、世界経済の牽引車としての世界中の期待にも応えられてくなると懸念されています。もう行くっきゃない状態であるわけですが、石油のピークアウトがこれにどう絡むか。

中国では今バーリンホウ(80后)という世代が問題になっているといいます。80后は1980年代に生れた『中国における新人類』と括られる世代。一人っ子政策の申し子であり、親の期待を一身に受けて大学に学んだりもしているジェネレーション。大卒バブルの影響で買い手市場の就職戦線でチャンスに恵まれない者も多く、狭い集合アパートに暮らす『蟻族』と呼ばれる存在も問題化していたりする。

ちょうど僕の二人の娘の世代だが、彼らのエネルギーの捌け口はあるのだろうか。今はちょうど20年余り前の日本のバブル期に近い状況に中国はある。一気に最新のテクノロジーやサービスが供給されるようになり、たとえば有線電話からポケベル/テレフォンカード、アナログ携帯からデジタル、スマホと段階を踏んできた日本よご苦労さん。いきなりi-Phoneから最先端のサービスが当たり前のこととして入っている。

一気に億の桁で普及するケータイに、かつての銀輪映像がそのままクルマに代わった道路空間や摩天楼が林立する都市の劇的な再開発。現場を定点観測で踏むとですね、日本の価値観をそのまま中国にも当てはめてしまいかねない現在の日本のメディアの多様性を欠く横並びの一元報道は、心からヤバイと思う。少しくらい間違ったっていいんですよ。それぞれが自分の見聞を元に書いたことなら、それはそれで価値がある。間違いは直せば良いだけの話。

ここでも浮きがちな僕ですが、皆がそれぞれの立場で自分の頭で考えて多様な意見を述べることが可能な言論空間だったらなあ、と思うわけです。寄らば大樹とか、自らの意見を表明することなく日和見に徹するとかはなしにして、メーカーからの情報に頼る発表報道だけじゃなく俺はこう思うよ…を明らかにする。

ちょっとあちこち彷徨っている間に、これまでの自分の行き方を振り返ってみたら大事なことを思い出しました。『自動車メーカーに対してはナマイキな存在であり続ける……』誤解されるのを承知の上で書くのですが、『メーカーとは常に意見を闘わせる関係であろうとする』今よりももう少し元気だった30~40代の頃、斯くあろうと決めていたのでした。

巨大な知の集積と化している自動車メーカーと野良犬一匹では端から勝負にはなりませんが、こちらにだって40年以上に及ぶクルマとの密度の濃い関わりがある。僕が所属しているフリーランスの自動車ジャーナリストの団体、日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ=Automobile Journalists Association of Japan)には100名からのメンバーシップが存在します。少なくとも、その人数に見合う多様な意見が、強いメッセージとして社会に伝わるようにありたいと思っているわけですね、僕は。

つらつらと書き連ねると、あっという間にこの文字数です。書きたいこと、書かねばならないことが山ほどある。先週はマツダとフィアットの協業に関する発表がありました。2月に南カリフォルニアのMNAO(Mazda North America Operation)というR&D拠点のキーパーソンとの話がバッと思い浮かんで、これは書かないと、と思いました。その時に試乗した北米仕様のマツダ3(アクセラ)SKYACTIVの話もね。

SKYACTIVといえば、箱根に続いて九州・鹿児島を舞台に行なわれた試乗会の帰路、東京まで約1400㎞走って分かったCX-5(ディーゼル)の問題点なんかもね。あまり急ぐとマツダの意欲作に水を注すかも……ということで、自重していましたが、読者ユーザーのほうが大事だからなあ。

トヨタ86とポルシェ911カレラS(991)の対比も是非書かなければいけません。86とBRZの話もそうですね。自動車専門誌メディアの妙なスパル贔屓、クルマの開発生産に対する無理解と取材不足、為にするプロパガンダはちょっと気持が悪いと思うほどです。

しばし考えていまして、ここで無用な摩擦を生むのはどうかな,と。自分なりに調和を心掛けてはいたんですが、ここでは前触れ程度に押さえないと駄目だし、そうするとフラストレーションが溜まるし。

すでに連動するトライはしてきましたがDRIVING JOURNALとのリンクに加えて、この度メルマガを始めることにしました。まぐまぐ!から配信されるタイトルは伏木悦郎の『クルマの心(しんと読みます)』創刊は7月7日の七夕で月/4回の週刊。現在一人編集部であれこれ構想を練っている段階です。詳細は追ってということで。

Posted at 2012/05/27 23:56:02 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日記
2012年05月19日 イイね!

スピードは甘くない

唐突ではありますが、この国(当然日本であります)で時速300㎞を経験したことのある人って何人ぐらいいると思いますか? 僕と1万人はいないと想像しています。もっとも経験する可能性を秘めているのはレーシングドライバーということになりますが、300㎞/hはけっこうハードルが高い。

そもそも300㎞/hで走れるマシン、実は案外限られています。またクルマ(マシン)にその実力があったとしても、走るステージに速度到達に必要な距離がなければ性能を発揮することは叶いません。

F1は可能性の高いマシンのひとつですが、日本人のF1パイロットは延べ人数にして20人ほど。ラップ平均速度が220mph(350㎞/h)を超えるインディカーも指折り数えるほど。かつてグループCと呼ばれたルマン用マシン…長い直線区間(ユノディエール=約6㎞)にシケインが設けられる以前に405㎞/hの記録が残るこのカテゴリーだって、延べでも1000人はいません。現在のトップフォーミュラFポンもレーシングコースによっては300は可能ですが、これも行ってフルグリッド20程度。出場ドライバーのトータルは知れてます。現在の国内最高峰はGT500? これだって現在のFSWのストレートエンドで300㎞/hは確か出ていない。

1億2千万人を数える日本の人口の中にあって、0.01%はおろか0.001%の1200人もいないのではないでしょうか?もっといますかね。 自薦他薦問わないので、300をクリアしたことのある人の数を知りたいものです。ご存知の方、よろしく。

現在の地球人口はどのくらい?ここのデータを見ると大体70億4千万人くらいということです。そのなかで300㎞/hを自分の運転で経験したことのある人、僕の想像力では100万人はない。10万人いるかどうかだと思うのですが、どうですかね。現実に300㎞/hを経験した人の数。

今では、市販車でも300㎞/hを公表するスーパースポーツも少なくありません。国産でも日産GT-RやレクサスLFA、最新のポルシェ911カレラS・タイプ991は多くの人々の認識としても300はあり得ることだという理解だと思います。しかしですね、300㎞/hは3.8ℓNAで400ps、304㎞/hの公表値を得ている。

991ってそうだったよね?…確認しておこうとググッてみたら、こんな動画に巡り合った。誰かと思ったらティフ・ニーデルで、991カレラSと日産GT-Rのサーキット比較テストを楽しそうにやっている。彼とは直接の馴染みではないが、全日本F2に参戦した頃はこちらはモータースポーツ記者の立場で見ているし、83年の某社ツアーでノルドシュライフェを訪ねた時もゲストできていたし、85年BFグッドリッチに招かれてカリフォルニアのリバーサイドレースウェイでローラT616のテストした際にも英国AUTOSPORT誌のコメンテーターとしてやってきていた彼と一緒になったりもした。

しかし、T.ニーデルは老けたけれどやってることは相変わらずだ…何か微笑ましくもあり、またクルマが持つ麻薬性のようなものをみて感慨深かった。ここには細かい理屈は抜き、ひたすら速さと面白さに注目した動画が次から次へと紹介される。もともとこっちの側の人ですからね。あっけらかんと楽しむほうがクルマとの関わり方として正しいかなと思う今日この頃ですが、ここを認めつつ新たなる道を模索するというのが僕が歩いている道であるわけです。

いろんな意見を耳にするけれど、多くの場合スピードでクルマの質やレベルを計っている。そこで留まっていて良いの? 時代が進んで資源や環境問題がタイトになってきて、いい加減ベクトルを変えた価値観でクルマの魅力を語るタイミングが迫っていると思うですが、安全問題に熱心だったり、デバイスの普及に躍起になったりする、いわゆる売れ筋の人々に限って、けっしてその本質には踏み込まない。ドリフトがすべてだ…とか、身体感覚に沿うコンパクトFRこそが最善というこちらの意見に明確て対論を述べることなく、闇雲に否定する。

ここまで来るまでには、僕だって当然さまざまな経験をし、その上で思索を重ねてきているわけです。物言えば唇寒しということは多いですが、この立場で眺めているとどこかで聴いたことのある、利いた風な借りものの意見を吹聴するだけで、自分の頭で考えたと思える意見にはほとんど出会うことがない。ちょっとね、そのへんのところが気になったので、スピードの話をこちら(DJ)のほうに書きました。よかったら覗いて見てください。

Posted at 2012/05/20 04:04:33 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2012年05月18日 イイね!

クルマ離れのススメ

クルマ離れのススメ久しぶりにFBに目を通していたら、MM社のカッちゃんがシェアするリンクが目に留まった。
男子学生が「ヤマグチさん、僕達はクルマなんか要らないんです」と直言第2回:クルマ離れどころじゃない、若者の生活は「クルマ不在」だった!

日経ビジネスon lineのF氏の走りながら考えるは時折目を通すことがあった。近頃は見ていなかったけれどFBの効果はこういう場面にも現れるものか。上に掲げた慶応大生とのプロジェクトは、タイトルからして確かに食いつきはいい。

思わず惹きつけられてクリックすると『クルマなど全くほしくありません』という学生の論文に、なるほどそうだよなあ。納得することしきりである。そう言っては何だが、僕は"若者のクルマ離れ"について問題視することも、対策を練るべきだと考えることもなくなっている。諦めとかそういうことではなくて、そりゃ当然だろうな…と思っているんですよ。

クルマを、戦後これまで延々と続いてきた成長は善、物質的豊かさの追求こそ国民が一丸となって取り組める国家的目標という、戦後復興体制の枠組みというか延長線上で語ることに無理がある。

高度経済成長期はすでに40年以上も前の話であり、勝ち負け関係なしに推進された戦後復興の結果としてニクソンショックがあり公害問題に覆い被さるようにオイルショックがやって来た。今にして思うのは、あれは歴史的な必然ということになりそうです。

公害問題が日常としてあった川崎で育ち、交通戦争と新聞が書き立てていた1970年に運転免許を取得した。当然、アンビバレントは原体験として身体に宿ることになった。ヤバイなと思う一方で、熱病の如くまとわりついた若さゆえの情念は止められない。

オイルショックの73年にはモーターレーシングに首を突っこむ決断をし、75年には晴れてデビューを飾った。ガソリンスタンドのバイト料だけでの奮闘は、竹槍でB29を落とそうとするのにも似た愚行であることを知るのはずっと後の話。78年の第二次オイルショックまでの5年間の真っ暗な時代に、モータースポーツを志すという向こう見ずを仕出かした自分を褒める自分と呆れる自分がいる。

一途さが人との出会いを生み、まさかの文筆業に辿り着くという神業を演出した。振り返ればすべて運が良かったということに尽きてしまうが、当然のことながら運も実力の内である。

ということで、とりあえず上記の記事を読んでもらってですね、お後はDRIVING JOURNALで引き受けたいと思います。20歳前後の若者がどういう結論を導き出すか。興味津々ではありますが、何かね、男も女も色気を感じないのが気になります。生きている実感は首から上よりも下。ま、要らぬお節介か。

Posted at 2012/05/18 17:37:36 | コメント(9) | トラックバック(1) | 日記
2012年05月17日 イイね!

86vs991

86vs991久しぶりに長谷川きよしを聴いた…いや観たというべきか。近頃はTVを見る時間はめっきり減って、夕食時に惰性で見ることはあっても、これを観なければ一週間の区切りがつかないということもなくなった。

今宵も夜半まではPCに向かってこのところのお楽しみに耽っていて、トイレに行こうと階下に下りた際に何となくTVをつけたらNHKでプロフェッショナルをやっていて、日本で有数の心臓外科医の見事な仕事ぶりに感銘を受け、しばし呆然としていたら引き続いての番組はSONGS。

誰かと思って食い入ると、何十年ぶりだ? の長谷川きよしだった。デビュー43年であるという。そうだったね、たしか最初に聴いたのはラジオの深夜放送で、まあ受験生の砌(みぎり)であったわけですね。あの頃はラジオの深夜放送が大きな存在感を発揮した時代。セイヤング、オールナイトニッポン派いろいろあったと思うけれど、僕はもっぱらTBSのパックインミュージックだったな。

由紀さおりの夜明けのスキャットに新谷のり子のフランシーヌの場合、千賀かおるの真夜中のギター…世代が違うとおっさん何の話してんの? だろうが、今でも耳に残り、心に響き、イメージが脳裏に鮮やかに浮かぶ深夜放送発の歌のあれこれがある。そして、そのきわめつきが長谷川きよしの『別れのサンパ』

たしかデビュー当初はTVの出演なくて、盲目でギターがべらぼうに巧いという音声情報を俄かには信じられなかったけれど、やがてTVに出演して目の当たりにしたその演奏と歌のレベルの高さには心底驚いた。そのはるか40年以上前の記憶が瞬時に蘇った。

別れのサンパ黒の舟歌、エディット.ピアフの愛の讃歌にジュディー. ガーランドのOver the Rainbow……。今は京都に暮らすという長谷川が京の風情の中でバリッとパフォーマンスを決める。しかし、地上波は時折深夜に思わぬ好番組を流すから油断ならない。夜中のお昼を過ぎてからの2時間足らず。また睡眠不足かと舌打ちをしつつ、良いものを観たという満足は深かった。



それはそうと、標題の86vs991であります。いうまでもなくトヨタ86とポルシェ911タイプ991のバーサスっちゅうことでありますが、黄金週間の入り口の4月28日に筑波サーキットで例によって発作的な『筑波でなんとか…』という某大学自動車部の新入生歓迎イベントに招かれつつ乱入するという話はここに書きました。

急遽86を借用し、黄金週間のタイミングに合わせて試乗する予定でした991ともども連休の難しい時期に繰り出すことにしたわけですが、実を言うと両車をほぼ同時に乗り比べての印象が非常に興味深かった。馬力ににして200psと400ps、同じ水平対向NAエンジンの4発と6発であり、エンジン搭載位置は前後逆、価格は1対6と好対照を成している。

でね、ポルシェはポルシェで見て触るだけでもオーラを感じる圧倒的な存在感があるわけですが、86の身体がすっと伸びる機能拡大装置としての秀逸度ということでは一歩も引かない。スピードのレベルや仕立ての高級感などに歴然たる差を意識しつつも、勝負は微妙な判定で甲乙つけがたいというなかなか面白い対決ものになっていました。

991はここまで重い存在でなくてもいいなと思う一方で、86はもう少し見た目とタッチで"イカせてよ"といいたくなるお手軽コンビニ感覚が惜しい。991はオプション込みで1900万円を超える。頑張って300万円の86が位負けするのは当然といえば当然ですが、倍のコスト(+300万円)を乗せて鳥肌もののエモーションを身につけるセンスがT社にあるか? 

性能はテクノロジーで克服することは容易だろうが、人をその気にさせる"センス"の領域は学びではなく遊びから導き出される感覚が勝負の分かれ目だ。

トヨタが一足飛びにポルシェの領域にジャンプすることは、不可能とは思わないがリスクを引き受けて責任を取る体制になっていない企業風土を見るにつけ難しい。

991と86はいずれも余裕があったらすぐにでも手に入れたいと思っているクルマ。そのリアリティはまったく別れのサンパと黒の舟歌の曲調と重なる切実さを伴うものだが、ない袖は振れないのだ。現代のスポーツカーにとって、ひいては現代のクルマにとって頃合いというのは一体どの辺りに求めたらいいのか。

まだ上手くまとまっていないので、今宵はここまで。911と86数字が車名のこの2台。真剣に比べっこするとけっこう本質が見えてくるように思えるんですな。スポーツカーって、やっぱり相当面白いです。

ところで、来る7月7日の七夕に念願のメルマガを創刊します。詳細は追って……ご期待ください。
Posted at 2012/05/18 03:46:07 | コメント(7) | トラックバック(0) | 日記
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