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伏木悦郎のブログ一覧

2012年07月29日 イイね!

真夏のいろいろ

真夏のいろいろロンドンオリンピックの開会式を見て、強烈な違和感を覚えた後、涼とwifiを求めてファストフード店で毎週やって来るようになった締め切りに青息吐息で対応した。外は明らかに猛暑の白い夏の空気でもわもわしていた。とにかく書き切って一息入れつつメールをチェックすると。

先週の日曜日新横浜の労災病院に見舞っていたので、すぐに得心したけれど叔父の死去の報せが念のための体で送られていた。83歳はその上の叔父の86(健在)に比べれば早いが、一番上だったわが親父は66で逝ったから十分長寿だろう。

国政に9期26年。39から65まで金パッヂを付けていた。妙にウマがあって、親戚中でグーグルで検索して出てくるのは俺とお前だけだな……まあ良い悪いはともかく。悪名は無名に優るだもんな、とは言わなかったけれど、もうすこし親密にお付き合いすれば良かったかと反省している。

メルマガ依然苦労しております。まだまだこんなもんじゃないはず……とねじ巻いてますが、やはり反応がないと独り善がりではやりがいもいまひとつの感ありです。文字だけでお足が頂けるようになれば立派なもの。まだまだ精進するのみであります。

マツダがね、気になります。株価は危険水域の100を切ってなかなか反転しない。ゴルフのスコアなら嬉しいけれど、同じように100を切って久しいドル/円、ユーロ/円のボディブローにいつまで耐えられるか。

そんなことを思っていると、モスクワで次期マツダ6(アテンザ)のワールドプレミアを行なうという。成長過程の市場性と9月のパリとは違ってワールドプレミアの数も限られ注目を集めやすい。そんな判断の結果だろうが、誰か行きませんかね?こっちを見ながら広報マンに探りを入れられても、おいそれとはいきません。

8月29日がプレスデイ。9月1日がメディア対抗ロードスター4時間耐久レースの決勝日であることは誰より知っているはず。この頃は欧州向けの輸出手段としてシベリア鉄道を使うというマツダ。俺もそれで行く?というのはもちろん冗談で、船便の2ヶ月よりはずっと速いがモスクワまではたっぷり7日は掛かる。まあ、行ってみたい気持はけっこうありますが。

5月23日にはマツダとフィアットグループオートモーティブズの一角アルファロメオの協業プロジェクトがアナウンスされた。2月にカリフォルニア・オレンジカウンティアーバインのMNAOに行き、ケルビン・ヒライシとロードスター他もろもろの意見交換をしてきていて、「北米ビジネスを考えないスポーツカー開発なんてありえない」説得力のある意見に揺らいできたばかり。

2010年のジュネーブショーにピニンファリナが公開したALFAROMEO100周年、ピニンファリナ80周年のアニバーサリーコンセプト、デュエットッタンタ。これが一方にあれば、ロードスターはLWSの王道を突っ走れるかも。とにかくマツダのサバイバルを応援しつつ願うばかりだ。

7月5日にはNCロードスターのMCのリリースが届いた。これはTMSで山本主査から聞いていた話。各国で強化されつつ知る歩行者保護基準への対応で、投資額は小さくない。アルファロメオ向けに2015年に生産開始の方向でプランが進んでいて、NDロードスターは来年末コンセプト……そんなスケジュールと今回のMCは符合する。

次期ロードスターは小さく軽く。ずっと言い続けては見たが、それが成るかならぬかはSKYACTIVによる起死回生かあってこそ。とりあえずCX-5は順調だが、死角がないわけではない。CX-5はきっちり育てあげないと将来に禍根を残す。メディアはきちっと批評の精神をもってユーザー目線の評価を続けていかないとね。

その辺のあれこれをまぐまぐ!のメルマガ『クルマの心』に書きました。双方向性を模索するつもりなので、忌憚のない意見を頂きつつ、先に進んで行きたいと思います。ご支援のほどよろしくお願いします。

マツダの心配よりオマエ自身の生きる算段のほうが先だろ? ハッ!!その通りでした。暑さで溶けそうですが、皆さんご自愛のほどを。
Posted at 2012/07/29 19:27:13 | コメント(4) | トラックバック(0) | 日記
2012年07月24日 イイね!

86はどうやって世に出たのか?

86はどうやって世に出たのか?発売開始から早3ヶ月。一時の騒ぎは収まったようだが、これに代わるスターが登場する見込みは今のところない。

トヨタ86かスバルBRZか。派閥争いはどこにでもあるもので、いろんな立場からあれこれ言うのは勝手というものだ。かく言う僕もその一人ということになるのだろう。

ただちょっとだけ自負するのは、FT86として姿形が公然のものとなって以来、ずうっとwatch dogを以て任じて海外モーターショーやらあれやこれや追い続け、今もまだ後追いのインタビュー取材に精を出している。

その心は? いやこの21世紀のセカンドディケードに生れたトヨバル86BRZは、少しでも水やりを滞らせると次が咲かない徒花(あだばな)。まだ出たばかりから勢いがあるが、枯れたら後がない儚い存在というのが本当のところだろう。

NAロードスターの時と同じように、僕自身の経済状況が凹んでいる巡り合わせなので、しばし手にすることは叶わないが、建て直しが完了した時に余命幾ばくでは悲しいし、何より今NCロードスターと並んで現実感を伴って買ってもいいと思える数少ない逸材。GT-Rを手中に収めて言いたいことも山ほどあるが、それは言わぬが花の範疇だ。

driverに86開発秘話の連載を初めて6回目を向かえようとしている。すでに発売された20日売り号では、ついに待望のスバルに食い込んだ。まずは入りやすいところからということでエンジン開発担当者に話を聞いた。若いが非常に優秀なエンジニアで、インタビュー相手としてこれはなかなかと思わせた逸材君だった。

で、今はスバルの本丸とも言うべきキーパーソン、執行役員であり商品企画本部長であり上級PGMでありBRZのPGMという増田年男さんの記事に取りかかっている。オフレコ発言連発で、どこまで使えるのか手探りの状態が続いている。まあ、本連載は完了した時に単行本にまとめても良いのでは?という路線を指向しているが、さてさて今回はどんな出来ばえになりますか。

いまやすっかりスターエンジニアとなったトヨタの多田哲哉CEと双璧を成す増田年男PGM。その関係は意表を突く変化球が得意で時にズバッと速球を投げる曲者ピッチャーとインサイドワークに優れ度胸満点の好リードで懐の深さを感じさせるキャッチャー? やっちゃなダルビッシュとID野球のノムさんがバッテリーを組んだような?

上手くまとまったらおなぐさみですが、スバルを背負って立つ期待の☆のそこまで言って大丈夫?な トヨタ党もスバリストも必見のインタビューは8月20日発売です。乞ご期待!!

トヨタとスバルの共同プロジェクトはパワーポリティクスvsエンジニアリングリアリティだったりして。弱みは強み、強みは弱み…っちゅう格言を感じさせるなかなか興味深い大人の世界だった、ということですかね。
Posted at 2012/07/24 18:14:18 | コメント(8) | トラックバック(0) | 日記
2012年07月22日 イイね!

All right (友は時々泣かせてくれる)

All right (友は時々泣かせてくれる)i-PhoneにFacebookから柳澤瞳生さんがリンク「All right」をシェアしました……とお知らせが入った。

なんじゃらほい開いてみると『エツロー君がまぐまぐでメルマガを創刊した。昨夜創刊第3号が届いた。読者が増えるといいです。君は僕の星ですから・・・』




しばし凍りついてしまった。添付のyoutubeをクリックすると、以前何度も聴いたオタチ(本名の立生
=タツオからつけられた幼い頃からの愛称)のオリジナル曲”All right”に乗って動画が始まった。

去年、松本に行く用があるオタチに付き合って997ターボカブリオレでバビュ~ンと往復した時の映像や先週海の日に大桟橋の日産NOTEワールドプレミアに繰り出した時の画像・映像を器用に組み込んで、お世辞でなく見飽きないPVに仕立て上げている。



僕は昔から友達が少なくて、気の置けない相手にはいつも不自由していた。オタチは高校の同級生で、在学中からギターを持ち仲間を募ってバンドを組んでいた。僕はサッカー三昧の落ちこぼれで、その周辺になんとなくくっついていた。

卒業後それぞれ…ということになったが、何となく大学に入った僕は何となくドロップアウトして、今で言う自分探しをしていたのかな。ハタチの頃、伊勢原に家を借り、神奈中ボウル内のスナックのようなアートコーヒーを営業しながら合宿のような生活をしていたオタチ達のところに転がり込み、半年くらいそのアートコーヒーでコーヒー煎れたり、カレーライス作ったり。

なんとなくバンドの一員みたいになっちゃって、「お前ベースな」言われるまま4弦生ベースを弾いたフリしたりして、ステージにも2度くらい上ったのかな。

石打にオタチのオヤブンみたいな人がスキー宿を経営していて、そこが梁山泊のようになっていた。何度か通ったけれど、その頃にはもうレースをやる!!と決めていて、無駄遣いは一切排除していたのでしだいに疎遠になってしまった。

レースに集中した4年間は生徒会長でチーフメカだった横山健一だけがあの頃の仲間の唯一のつながり。その後自動車専門誌で仕事をするようになってからは、高校時分の面々と会うことはなかった。唯一モーターマガジン社にサッカー部の後輩だった房野が入社してきておーおー、となったくらい。

今から20年くらい前の冬、豪雪の北海道千歳空港駅のホームの階段で「あっ!」奥さんの実家がある道東に向かう途中とかで、こっちは札幌の宿に向かうスケジュールが押していた。すれ違うような再会は1分となかったと思う。

それからは昔の仲間とはまったくの音信不通だったなあ。僕は30の頃同い年の共感から女の取り合いから業界初の仰天企画の連発して一目を置かれたりしていた編集者を亡くしている。

もともと走り屋志向ではあったのだけれど、明らかに僕がのこのこと業界に入ってきてそれまでになかった生のレーシーな雰囲気を編集部に持ち込んだのがきっかけで自腹でフォーミュラレースを始めた。

ちょっとのめり込みすぎを危惧した上層部がモーターサイクリスト誌に異動させたことが、却って火に油を注いだ格好になった。1982年の9月、GCの確か第3戦がFISCOであって、僕はレースリポートの取材で富士に行っていた。折からの台風でGCは中止。すごすごと帰宅すると、自宅の電話が鳴った。

オノダがツクバのレースでジコった。(あのアホが)舌打ちしながら、翌日筑波サーキット最寄りの病院を見舞った。その時は元気で、面談中に訪れたその時のレース主催者(現ブレインズのHさん)に、クレームをつけていたのを覚えている。

その事故は、筑波の第一ヘヤピンの手前のS字で起こった。当時はガードレールにスポンジバリアを張るのが流行しだした頃。滝ような雨の中、ハイプレに足をすくわれてスピンしたオノダのマシンはスポンジバリアに当たって跳ね、インフィールドに仰向け様に落ちて行ったという。

当時の筑波の1ヘヤの内は排水用の池になっていた。そこに裏返しで着水。オノダは朝洗面器の水さえも怖がるカナヅチだった。ヘルメットごと入水した時の恐怖は想像を絶するものがあっただろう。

オノダのレースには必ず取材の形で同行していたカメラマンのギョメは、その現場近くで撮影していて異変に気づき現場にすっ飛んで行った。しかし、一人でマシンを起こすのは至難の業。近くのオフィシャルを叱り飛ばして呼び寄せたが、事態が呑み込めないのか恐怖心からか゛なかなか助けはこなかったという。

なんとか蘇生して病院に運ばれたが、レースコースの排水にはオイルが混ざっていたりしてかなり厳しい。それを飲み込んだ。結果的に3ヶ月ほど入院した挙げ句、肺に入った雑菌が原因とかで静かに消えて行った。

その後D誌の企画で有望視される若手レーシングドライバーを集める企画を組んだことがあった。僕もかつてはauto sport誌などで取り上げられたとき、たとえそれがベタ記事でも嬉しかったし励みになった。少しは役に立つかなと思って親しくもあった5人を呼んだら、その内の3人がレーシングコースで命を落とした。高橋徹 萩原光(あきら) 小河等 マジですか……ですよ、本当に。

まあ、孤立を恐れず……みたいなことを言うようになったのは、この世界で友達は難しいという経験則もあるのかな。なによりオノダとのグッバイはきつかった。

Facebookにアカウントを作ったのは数年前だった。出会い系のひとつ?当初は台湾などから若い女性のお友達申請が相次いだので、そう理解していた。ブレイクしたのは一昨年の終りあたりでしたかね。

高校の同窓生に手あたり次第にリクエストを掛けて、何かできたらいいなと思っていたところへオタチと今も音楽をやっているという一級下の渡辺朝之がヒットして、そこからオタチに繋がった。へぇ、FBにはこういうこともあるのか。20何年ぶりに、お互いカンレキを過ぎたおじ(い)さんがつるんだという、そういうお話です。

ぐだぐだ書くほどの内容ではないと、ここまで書いて思いますが、吐き出すことは悪くない。ま、これも腐れ縁ということでお付き合い……下さいましたね。

ついでにといっては何ですが、オタチも必死に応援してくれているまぐまぐ!の『クルマの心(しん)』、登録にやや面倒がありますが、重ねてよろしくお願いします。変える手立てになるのなら、何でもやる。その意気込みのみでやっています。

下の画はなんとなく書き始めたクルマと拳銃というまあエッセイのきっかけとなった1985年のリバーサイドでテストしたローラT616RE。クラス優勝ですが、ロータリーエンジンのルマン初タイトルはこれであります。
Posted at 2012/07/22 20:17:42 | コメント(5) | トラックバック(0) | 日記
2012年07月21日 イイね!

元気です?

元気です?もうね、夏風邪は引くわ、脳味噌が雲丹で原稿は滞るわ、ビンボーのドン底の果ては見通せないわ、偉いこっちゃですが、元気です。まあ、極力ウォーキングに励んできた成果がここにきて生きてきていて(←なかなかの字面ですな)、へこたれる気配は残念ながらありませんが、気合を入れんとね。

なんだかんだあと一月でツクバのメディア対抗ロードスター4時間耐久であるわけです。先日炎天下で10何ヶ月ぶりにゴルフコースに出ましたが、セルフの歩きでノープロブレム。101匹わんちゃん大行進のスコアは、ちゃんと練習した頃と10打と変わらず。オリンピックで黒字になっちゃいました。パットがビシバシだったわけです。

海の日の日産NOTEのワールドプレミアは気合入ってました。8年前に同じ大桟橋ホールでC.ゴーンが180の達成を前倒しで宣言しながら6台のプランニューを並べた。覚えている人がどれだけいたか分かりませんが、その一台がノートだったわけです。

いろいろヘリテージを語りたい気持はわかりますが、日産がフィット作ってもデミオ作ってもねぇ? いいクルマであることは見れば分かりますが、三河の会社のようにもっと良いクルマ作ればそれでいいんですか?

日産は不良が(も)乗れるクルマを作ってくれてこそなんだと思いますが、フランスにはそういう文化はないようで。想像がついてしまうクルマばかりで嫌んなります。

カローラは反対の意味で意表を突いたクルマでしたが、セダン・アクシオのコアエイジが70歳と聞いてしまうと、切なくなります。シルバーエイジの気持が分かる世代になってしまった自分が複雑ですが、走りのデザインは思わず声が出るほど素晴らしかったですね。NOTEはちょっと気合い入りすぎかもしれません。

まあCPSが元トヨタの水口美絵さんということで、その仕上がりには大いに興味が持たれますが。この他シトロエンDS5はデカダンスかアヴァンギャルドかよく分からんあちらの世界だったし、スバルの86BRZ開発陣へのインタビューは乞ご期待だし、いろいろです。

できたらですね、やっと調子が出てきたので"まぐまぐ!"のメルマガ、ご講読下さい。産みの苦しみの真っ最中ですが、これを基点にあれもこれも取材したいという対象が目白押しです。patronageの意味などをググッて頂いて、嘘つきだらけのメディアの刷新にお力添えいただけたら嬉しいです。

僕は間違いは多いかもしれませんが、嘘だけはついていない(つもり)です。偉そうにメーカーの広報資料をプロパガンダする先生たちは、これ大学受験に出るから読んでおくことなんて、嘘だらけの宅配新聞の講読を薦めた構造と根は同じところで繋がっているのでは。その罪は深いと思うなあ。

彼らは絶対に間違いを認めず、シラを切る。僕は間違えたことが分かったら、ゴメンという。とぼけるほうを信じるのが善良な市民というのはなかなかシュールですね。


こういう本当のことを書くとムキになる子供がちらりほらり。自意識過剰は良くありません。
Posted at 2012/07/21 18:15:17 | コメント(8) | トラックバック(0) | 日記
2012年07月07日 イイね!

皆悩んで大きくなったぁ~~♪

ソ、ソ、ソクラテスプラトンか♪ ニ、ニ、ニーチェかサルトルかぁ♪

作家の野坂昭如さんがTVCMで吼えていたのは1975年、僕がレースデビューを果たした23歳の時。

みぃ~んななやんで大きくなったぁ♪(おっきいわぁ、大物よ)

俺もお前も大物だぁ!!

ご無沙汰しちゃいました。ずっと潜ってました。サバイバルの一環としてメルマガをまぐまぐ!www.mag2.comで配信することを決めたはいいけれど、いざ創刊という段になってプランがまとまらず、今日を迎えてしまいました。

2012年7月7日 七夕の夕刻、予定ではあと数分の17時50分に創刊となります。月4回の週刊で840円/月の有料配信です。たくさんの読者が集まらないと取らぬ狸になってしまうので、早く告知を打たなければと思っていましたが、ちょっと悩みすぎましたねぇ。

かなり危ない気分に陥りましたが、まあ人間悩んでいる内が華かもしれません。始めたら続けるだけなので、読者に対しても自分に対しても納得の行く内容に仕上げて行くばかりです。

シェ、シェ、シェークスピアか西鶴かぁ♪ ギョ、ギョ、ギョエテかシルレルかぁ♪

みぃ~んななやんで大きくなったぁ♪(おっきいわぁ、大物よ)

俺もお前も大物だぁ!!

御歳45歳の直木賞作家は、当時『黒の舟歌』のヒットを飛ばし、ブラウン管で大暴れしていた。僕は大暴れするほど才覚はなかったけれど、やはりその年頃の時にTV番組をレギュラーで持っていて(マイナーなCS局だったけれど)けっこう激しく動き回っていた。

野坂さんもすでに82歳、老境を迎え表舞台から去っているが、還暦の頃はたしか『朝生』なんかで吼えていたはずである。

あやかるという感覚とは違うのですが、悩んだ感じでいたらふと例の”ソ、ソ、ソクラテスか…♪のフレーズが浮かんでね。凹んでる場合じゃない、と。

さきほど配信完了のメールがまぐまぐ!から届きました。

まったく告知ができなかったのに購入者が何人もいらっしゃり、驚くやら嬉しいやらでした。ちょっとガッカリさせてしまったかもしれませんが、取材内容のリクエストや質問などを戴いて、双方向性を模索しながら先に進みたいと考えています。

とにかく、大本営発表に陥ることなく、取材ネタを足で稼いでナマの情報を送り届けるのがメルマガ創刊の最大の狙いです。読者の皆さんにパトロンというか取材スポンサーになっていただき、国内外を飛び回れるようにしたい。

みんカラ specialブログも仕切り直し、twitterやfacebook、youtubuに”実家ブログ”も再起動の感覚で戻そうと思ってます。

いつも念じている、あせらない、あわてない、あきらめない を肝に銘じつつ。

皆さんよろしくお願いします。


(配信の申し込みはwww.mag2.comトップ右上のマイページを押し、アカウントを取得してから登録します)
Posted at 2012/07/07 18:25:56 | コメント(4) | トラックバック(0) | 日記
スペシャルブログ 自動車評論家&著名人の本音

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「未来のために現在(いま)を生きている、のだ!! http://cvw.jp/b/286692/38730842/
何シテル?   10/21 16:15
運転免許取得は1970年4月。レースデビューは1975年10月富士スピードウェイ。ジャーナリスト(フリーライター)専業は1978年9月から。クルマ歴は45年目、...
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