車両運動の基礎のお勉強シリーズ
今週はレビューのネタはお休みしてちょっと頭の整理をします。
読みたい人だけ読んでね というスタンスです。
上下運動 ⇒①バネマス基礎
※注意
ここで紹介するものはあくまで前提を置いたモデルです。
設定したモデル内においては、絶対的なことが言えますが、
実車を扱う上では何がモデルと合致していて、
何が考慮しきれていないかを考えながら進める必要があります。
そしてそれを考えることこそがチューニングの肝だと思っています。
・バネマスモデルについて
今回は、車両の上下運動⇒特定の1輪のバネマスモデルについて扱います。
バネマスモデルについては書籍やブログなどがありふれていますから、そんなに述べるほどのことは多くはないのですが、
後々話を展開する上で出発点として避けて通れない部分であるため、簡単に紹介します。
自動車を簡単にばね下とばね上に分けて考えると、
力のつり合いは地面⇔ばね下、ばね下⇔ばね上で成り立っています。
今回は地面⇔ばね下は無視し、ばね下⇔ばね上のみ考えます。
ばね下とばね上の運動方程式について一輪あたり(前輪)で考えると以下の式ですね
(コイルオーバー式サスペンション)
m*g*f_w_rate*0.5 + m*f_w_rate*0.5*a = -(k/f_l_rate)*(x/f_l_rate) - (c/f_l_rate)*(v/f_l_rate)
m:ばね上質量[kg]
g:重力加速度[m/s^2]
a:バネ上加速度[m/s^2]
k:バネレート[N/m]
x:バネ上に対するホイール高さ[m]
c:ダンパ減衰係数[N/(m/s)]
v:バネ上に対するホイール上下移動速度[m/s]
f_w_rate:前輪バネ下にかかる重量の割合[-]
f_l_rate:フロントサスペンションレバー比(ホイール移動量/ダンパ・バネ移動量)[-]
前輪1輪あたりの質量
M= m*f_w_rate*0.5
ホイール位置でのバネレート
K = k/f_l_rate/f_l_rate
定常状態でのバネ上に対するホイール高さ
xs = m*g*f_w_rate*0.5/K
定常状態からのホイール上下変位
X = x - xs
ホイール位置での減衰係数
C = c/f_l_rate/f_l_rate
と置くと、
M*a = -K*X - C*v
となり、よく見るバネダンパ系の式になります。
固有振動数
F=(1/2π)*√(K/M) [1/sあるいはHz]
臨界減衰係数
Cc = 2*√(M*K) [N/(m/s)]
ですね。
なお、固有振動数(周波数)は
ωn = √(K/M) [rad/s]
で表現される場合もあるので気を付けましょう。
(こちらの方が三角関数の式においては扱いやすいです)
超雑なイメージ↓
バネレートの選択においてよく「固有振動数は○○Hzくらいが良いよね」なんて言われますが、なぜそれが「良い」のでしょうか?今回はあくまで1輪の上下運動だけですが、物理的に考えてみましょう。
振動を扱う系においてはよくボード線図というものが用いられます。
ボード線図とは特定の周波数の入力(強制振動と呼ばれます)に対する出力をゲイン(振幅の倍率)と位相差(遅れを振動周期で表現したもの)で表現したものです。
強制振動における入力には主に2種類あり、今回のモデルで言うと、
「バネ上に周期的な力を与える場合」と「バネ下に周期的な変位を与える場合(変位加振とも言うみたいです)」があり、
前者は今回のモデルにおいては具体的シーンは正直パッと思いつきません。
(ダウンフォースはどうだろうと思いましたが、車速と車高に依存して変化するため、そもそも強制振動というよりポーパシングと呼ばれるような自励振動の例が当てはまるかと思って却下)
ロール運動のモデルであれば操舵によってばね上に生じるロール方向の慣性力(今回のモデルとは異なります)などが良い例ですかね。
一方、後者は路面の凹凸によるバネ下の上下運動などが想定されます。
ここでは、後者の場合、変位入力に対しての出力についてボード線図で考えてみます。
ここで言う入力を凸凹の通過における路面の高さ、出力をバネ上の高さとします。
(バネ下は剛体で常に地面に追従していると考えます)
式にすると以下。
(座標系がこれまでの「ばね上高さ基準」から「特定地面の高さ基準あるいは標高/海抜」に代わっているので注意!)
M*a = -K*(xv - xg) - C*(vv - vg)
xv:ばね上の高さ
xv:ばね上の高さ⇒出力
xg:地面の高さ⇒入力
vv:ばね上の鉛直方向速度
vg:地面の鉛直方向速度
X = xv - xg
v = vv - vg
まず
減衰がないバネのみの状態を想定し、バネの固有振動数と応答との関係をボード線図で見てみます。(pythonで書いてみました)
以下の図はとある周波数の入力を加え続けた際に、出力の振幅が入力の何倍となっているか(gain)とどのくらいの位相遅れか(入力の波に対して出力が何周期分遅れているか)を示しています。
①ゲインについて確認すると明らかなのは、
固有振動数をピーク(減衰0の場合無限大)としてそれより小さい振動数の入力は1倍(あるいは0dB)以上の振れ幅で出力されるということです。そして固有振動数から上は振動数が上がるにつれてゲインが小さくなります。
ですので、固有振動数を大きくすればするほど、いなす(⇒出力の振れ幅を入力に対して小さくする)ことのできる振動数の幅が狭くなってしまうということが言えます。
②一方、位相差について確認すると明らかなのは、減衰0の場合、固有振動数付近で90deg(π/2)に達し、それ以降は180deg(π)となります。つまり高周波になると、入力に対する遅れが0.5周期へ拡大することを示しています。(水ヨーヨーを跳ねさせる時の動き)
ですので、固有振動数を大きくすればするほど、固有振動数における遅れは90deg(π/2)ですから、周期遅れの少ない振動数域が広くなることになります。
このような性質と設計上の制約、理想とする状態、実際の走行環境などを照らし合わせて固有振動数が決められることになります。
固有振動数を上げると乗り心地は低下するが応答は早くなるのはなぜかということが①②で説明できるわけです。
では次に特定の固有振動数を持つバネマス系にダンパによる減衰を追加した場合について考えます。
以下のグラフは固有振動数2hz固定です。C/Ccとは臨界減衰係数に対する減衰係数の比を表し、1.0以上の時に臨界減衰となり、振動がなくなります。
③ 減衰を加えるとゲインは入力振動数に依らず1倍(あるいは0dB)に近づきます。
(ちなみに減衰をどのように変えても0hzと(固有振動数*√2)hzにおけるゲインは1倍から変化しません)
④ 減衰を加えると位相遅れは全体的に小さくなります。
(固有振動数以下の極一部の低周波域は逆に減衰0より大きくなります。
振動数の増加に伴って周期遅れが拡大する傾向は減衰にかかわらず同じです)
※入力を力とする場合と今回のように変位とする場合では性質が異なります
このような性質から、固有振動数の①②と同様に目標、制約、環境と照らし合わせて減衰が決められることになります。
例えば、③より乗り心地をよくするためにはゲインが1倍よりも大きくなる領域(0~固有振動数*√2)は減衰を強くし、ゲインが1倍よりも小さくなる領域(固有振動数*√2以降)は減衰を弱くすることでばね上の変位が抑えられるということが言えます。
しかし、入力というのは様々な周波数の組み合わせで成り立っており、ダンパーセッティングでそのような性能を出すためには様々な構造上の工夫が必要です。(ピストンの穴数、シムの形状、バルブの有無など)
まとめ
今回は一輪の上下運動に絞って基本的な物理モデルについて整理してみました。バネ下(主にタイヤやブッシュ)の動きについては扱いませんでしたが、こちらは高周波(10hz以上の振動や瞬間的な入力)の領域で特に重要になってきます。(アスファルトを走る限り、このような入力は絶えず入ってきます)
勿論、実際のセッティングにおいては上下だけでなく操舵や加減速入力に対するロールやピッチ方向の応答特性も考える必要があります。
ロールやピッチについても式や数字が異なるだけで基本的な性質は上下から回転運動に変わっただけなので同じです。ただし、系に対するバネやダンパーの効き方が変わります。
ロールの定常特性についてはまた心身にゆとりができた際にでも。
tips
・力のつり合い式について、単位系だけで表現すると
[kg]*[m/s^2] = [N/m]*[m] - [N/(m/s)]*[m/s]
[kg*m/s^2]⇒[N] ですから、単位はNでそろえられていることが確認できます。
この確認は数値の代入時や解を導いた際に単位を間違えるミス防止に有効です。
(例えば、バネレート⇒[kgf/mm]?? [N/mm]?? [lbf/inch]?? [N/m]?? )
・単位の意味づけ
kg, lbsは質量
kgf, lbf, Nは力
です。
混同すると重力加速度以外の加速度を扱う際に単位のつじつまが合わなくて混乱する場合があります。
参考文献
いつも大変参考にさせて頂いております。
・野崎博路, サスチューニングの理論と実践, 東京電機大学出版局
・富樫研究開発, 講座のアーカイブ,
http://a011w.broada.jp/cantalwaysget/
・OptimumG, Technical Papers
https://optimumg.com/technical-papers/
※本文中に間違いなどありましたら、そっと教えていただけると幸いです。