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鐡塔屋のブログ一覧

2019年03月11日 イイね!

3.11

3.11「2011年3月11日」は祖母の命日です。
生きていたら今年で丁度100歳でした。

私の幼少期よりほぼ親代わりとして、祖母は常に私の傍で厳しくも優しく私の生きる指針を示してくれました。

そんな祖母が子供の私に良く言った言葉があります。
「男は人生に3回だけ泣いていい。両親がそれぞれ死んだ時で2回、あと1回はどうしても我慢できないとき。でもお前にはこのばあちゃんがいるだろ。いつかばあちゃんが死ぬ時に泣いてくれるなら、お前は泣いちゃ駄目だ。強くなれ。泣かない強い男になれ。」

そんな常に身近で親身になってくれる祖母が私は大好きで、祖母も自身の最期まで特に私を好いてくれました。


私が大学に合格し、初めて一人暮らしを始める折、祖母はお祝いとして私へ50ccスクーターをプレゼントすると言ってくれました。
「お前の好きなやつを買ってきなさい」と 祖母はまとまったお金を預けてくれたのですが、私はその気持ちだけで それはもう大変嬉しかったので、当時 ‘一番安いスクーター’を街のバイク店で買い、残金は祖母へ全て返したのでした。
それが‘HONDA イブスマイル’というスクーターです。

当時は、様々な人気モデルのスクーターが存在していましたが、そんななか このイブスマイルは最も簡素なタイプで、赤に白色の座面がなんとも可愛らしい、見るからに‘ママさん向け’の激安、最軽量モデルでした。しかし私は他人の目など全く気にすることなく、この入学祝いを大事に乗り続けました。故郷をひとり離れてもこのスクーターにまたがると、祖母が一緒にいて励ましてくれている、そんな感覚もありました。

あれから30年余りを経た今年、私の甥子が大学に進学することとなり、やはり遠方で一人暮らしを始めます。
奇しくも祖母の命日に 私は彼の引越しを手伝い、同時に入学祝いに自転車をプレゼントしました。

私が当時、本当に嬉しくて大切に乗り続けたあのイブスマイルのように、彼の自ら選んだ自転車は、きっとこれから様々な未知の世界へ彼を導いてくれることでしょう。

そしてこの3.11が、彼ら若者にとっても悲しい思い出の日だけにならないことを心から祈りたく思います。




Posted at 2019/03/11 23:26:16 | コメント(0) | トラックバック(0)
2018年12月16日 イイね!

RACING MATE と N360

RACING MATE と N360
「レーシングメイト」とは、元トヨタのワークスドライバー式場壮吉、杉江博愛(徳大寺有恒)らが中心となって1965年に立ち上げたカーアクセサリー販売会社である。

同年7月、船橋サーキット(当時は関東唯一のサーキット場)で行われたCCCレースにおいて、同社がメインスポンサーとなったレーシング・エラン(浮谷東次郎)が見事優勝を飾る。




同社は1967年秋にN360用アフターパーツを発表しその名を世に浸透させることになる。
特定車種のドレスアップパーツをパッケージでそろえ、デモカーまで用意して売り出した例としては同社N360用パーツが日本初の試みであった。




しかもN360登場から約半年後という早さでのキット発売。またハーフ女性モデルを使った見開き広告をいきなりCAR GRAPHIC誌へ掲載するなど、当時のアフターパーツメーカーとしてはすべてが常識破りな存在であった。



同社N360はモディファイのセンスが頭抜けていた。
ダークグリーンに白い矢印ストライプというカラーリングは、同年ルマンに出場したジョン・サーティスの「ローラT70Mk3アストンマーチン」に倣ったもので、当時、徳大寺が現地で実物を見て感銘を受け、採用に至った、とも言われている。




同社N360デモカーのフロント部は、枠とエンブレムを残して黒一色のグリル(ブラックマスク)に仕立てられており、このパーツが一番人気となる。
いつの時代も‘まずは顔が一番’ということか。
後にホンダはツインキャブ仕様のマイナーチェンジ「N360T」を発表する際、これを模倣したグリルを採用している。




N360は発売当初、モノグレードだったが、その安価かつ高いスポーツ性能から、たちまち若者らが思い思いの改造を施し、個性的なクルマが街中を走り回るようになった。
それを察したホンダがあわてて同タイプ等を発表した、と言われている。

つまり国産メーカーは、この頃からストリート発のトレンドを無視できなくなるのである。

現在、東京オートサロン等に出展するようなアフターパーツメーカーのルーツは、この「レーシングメイト」だったといえるが、同社設立時、徳大寺がまだ20代であったことを知ると、‘時代の熱量’を感じざるをえない。

同社はカーアクセサリー販売の他、レーススポンサー、雑誌編集なども手掛けたが、70年代初頭に消滅する。
その理由には諸説あるが真相は当事者にしかわかるまい。

しかし短命が故に伝説として根強く継承される物語が他にもあるように、当時の若者たちが憧れたVANなどのアイビーブームとあいまって、日本のクルマ文化を‘所有できる個性’へと昇華させた点において「レーシングメイト」は短くも華々しい成果をあげたことだけは確かである。

かく言う自分も残念ながらリアルタイムで60年代の熱量を感じた世代の子供であり、その親も既に他界している。




最後は、半世紀を経ても‘ブラックマスクのコンプリートカー’に魅せられている者は健在である、という ‘オチ’で この長く退屈な話は終わる。


Posted at 2018/12/17 00:06:20 | コメント(0) | トラックバック(0)
2018年02月04日 イイね!

愛車遍歴⑧亡き母へ捧ぐ

愛車遍歴⑧亡き母へ捧ぐダイハツ/ミラジーノ2代目(2004-2009)

○エンジン EF-VE型 直3 660cc
○駆動方式 FF/4WD
○変速機 4AT
○全長 3395mm
○全幅 1475mm
○全高 1515mm
○ホイールベース 2390mm

2006年、特別仕様「プレミアムL」を発売。「L」をベースに、メッキパーツやウッド調インパネクラスター、MOMOウッドステアリングなどを装備した。

同年、第76回ジュネーブ・モーターショーで、欧州仕様車が「トレヴィス」(Trevis) の名称で公開される。エンジンは1000ccのEJ-VE型3気筒エンジンを搭載する。

【回 想】

晩年、歳を重ねる毎に自損事故を繰り返していた母親へ扱いやすくお洒落な車を、とプレゼントしたピンク色のGINO「プレミアムL」。

安価ながらレトロ調のダミーウッドパネルやMOMOステ等、その所有感を煽る演出には当時、目を見張るモノがあった。

当然NAでパワーこそ無いものの、軽としての利便性、経済性に優れ、内外の隅々まで行き渡る小粋なキャラクターラインは老若男女から目を引かれる存在であった。

決して押し付けがましい高級感もなく、それでいて商用軽のような安物感も皆無という稀有な存在だったように感じている。

納車時の母の喜び様が、今もこの愛らしいフロントマスクとかぶる。
程なく母が他界して我が愛車となったが、その車内には母の香りや温もりが長く留まっていた。
そしてこれを機に自分はあらためて軽自動車の楽しさや奥深さを再認識することになる。

発売当初よりその外観から‘ミ○擬き’などと揶揄されながらも、今だ国内の中古車市場を賑わしているこのGINOには、燃費や室内面積を最優先し展開する現行軽車両には残念ながら欠落してしまった何かが存在していたとしか思えない。

また近年、国外(欧州)中古市場においても日本小型車としては珍しく高評価を持続していた、との話はある種、皮肉ともとれるが、その比類なき存在感を物語っている。

のちにダイハツはココアを経てキャストという性能やデザイン的にも優れた後継車を生み出すことにはなるのだが、この万能かつ豪華車両への‘進化’の過程において、軽自動車は元来持っていた多様性を限界まで削ぎ落とされ、画一的マーケットへと進む運命(さだめ)にあったのかもしれない。

今も同型GINOを見かけるとつい目で追ってしまう。母のGINOもきっと今も何処で大切にされていることだろう。





Posted at 2018/02/07 20:26:42 | コメント(0) | トラックバック(0)
2018年02月04日 イイね!

愛車遍歴⑦ライダーよ永遠に

愛車遍歴⑦ライダーよ永遠に日産/セレナ ライダーS/2WD (2005)

○全長 4690mm
○全幅 1695mm
○全高 1820mm
○ホイールベース 2860mm
○エンジン MR20DE型の直列4気筒DOHC
○排気量 1997cc
○最大トルク 200N・m/4400r.p.m
○最大出力 101kW(137PS)/5200r.p.m
○タンク容量 60ℓ (レギュラーガソリン)

2度目のフルモデルチェンジとなったセレナは、このモデルからリヤブレーキが従来のドラムブレーキからディスクブレーキに、サスはフロントがストラット、リヤは2WDがトーションビーム、(4WDはマルチリンク)となる。

シフトレバーは競合車種と同様、インパネ式に変更。グレード体系は4グレードに整理された。

エンジンは2.0ℓのみとなり、MR20DE型に置換。エクストロニックCVTとの組み合わせによりシャープなレスポンスとなめらかな加速、低燃費を実現したことで「平成22年度燃費基準+5%」を達成した。

オーテックジャパン扱いのカスタムカー「ライダー」もフルモデルチェンジを行い、スモークメッキのフロントグリル、専用チューニングサス、ブラック基調のインテリアを採用し、よりスポーティー感を高めた「ライダーS」を追加した。

【回 想】

それまで全く興味の持てなかった1BOXだが、オーテックのスペシャルバージョンという存在に魅せられ購入に至った。

実際に操ってみると、とにかくあらゆる状況において万能でありユーザーフレンドリーなクルマであったし、それでいて世にはありふれてはいない満足感にも満たされた。

特筆すべきは、これだけ押出しの強いフォルムを持ちつつも、車幅は1695mmの5ナンバー枠にあり、レギュラーガソリン仕様という扱いやすいスペシャル1BOXであったこと。ちなみにこれ以降のライダーは全て3ナンバー(1700mm超)、ハイオク仕様となる。

ノーマルセレナに比べ程よく硬い足回り、それを支える専用16インチ光輝アルミホイール、HKS製マフラー、そして何よりメーカー印を剥いだダークメタルフロントグリルは、実際の動力性能の乏しさを補って余りあった。

しかし車両総重量2t超えに対したったの137PSという最高出力、加えて小型車枠における5.7mという最小回転半径だけは日常においては如何ともし難く、定員が増えるほどドライバーが楽しくなくなるクルマという印象は残念ながら残っている。

近年のセレナを試乗してその時代の進化、動力性能の向上こそ身をもって体感したが、やはりまだ1BOX自体がさほどありふれていない当時における所有欲と満足感はもはや二度と得られない、と感じる。

両親がほぼ同時期に病魔に侵されてしまったこともあり、通院や介護の足として長距離も難なくこなし、最後までその恩恵に預かった身としてこのクルマには今も感謝の念しかない。

コンプリートカーの完成度や特別な所有感を味わえたことは、現愛車への道筋をつけてくれたともいえる。

‘モノより思い出’を売りにデビューし、今や世を席巻しつつあるセレナだが、変わり者である自分の興味は、このライダーSに始まりライダーSで終焉を迎えた。
Posted at 2018/02/04 23:26:43 | コメント(0) | トラックバック(0)
2018年02月04日 イイね!

愛車遍歴⑥孤高の反逆児

愛車遍歴⑥孤高の反逆児スズキ/ジムニーJB23型(3代目、1998〜)

○エンジン
水冷直列3気筒 K6A型
4サイクル IC付きターボ
○排気量 658cc
○最高出力 64PS/6,500rpm
○最大トルク 10.8kg・m/3,500rpm
○駆動方式 FR/パートタイム4WD
○全長 3395mm
○全幅 1475mm
○全高 1715 mm
○最低地上高 200mm
○ホイールベース 2250 mm
○車両重量 990kg

軽自動車規格の改正に伴いフルモデルチェンジ。それまでの箱型から丸みを帯びたデザインへ変更、車体寸法も拡大された。
幌やバンモデルはなく、5ナンバーワゴンのみの設定となる。

伝統のラダーフレームと、前後リジッドアクスルサスペンションを継承しつつも、衝撃吸収構造となったフレームやサスペンションなどはいずれも新設計され、オンロードでの操縦安定性と、オフロードでの走破性の向上を果たした。

3グレードそれぞれに5速マニュアルトランスミッションと、4速オートマチックトランスミッションを設定。

パワーウインドウや集中ドアロック(1型XAは非装)、エアバッグとABS(1型はセットオプション)などの装備も乗用車同様に装備された。

2型 (1999年)
排出ガス規制の対応改良に加え、エアバッグ、ABSを全車標準装備。安全装備も充実させた。

3型(2000年)
ABSユニット等を変更。 キーレスエントリー装備車は赤外線式から電波式リモコンになった。

【回 想】

幼少期から旧型ジムニー好きで、‘いつかはジムニー’だった自分にとって、JB23を新車購入するという儀式は、まさに‘夢のマイホーム実現’に程近い感覚であった。

しかし購入し半年と経たないある日、悲劇は起きる。

車両保険というブルジョアジーな制度下にはない青空駐車中の我がJB23 が、突然の黒雲に覆われたかと思うと、大量かつ大型の雹(ひょう)に襲われてしまうのである。

会社から帰宅し駐車場に急行したものの、時既に遅し。無残に割れ落ちたウィンドウバイザー、ゴルフボールのディンプル加工を満遍なく施されたようなボディ、悲しくも美しいメタリックブルーがさながらにその様相を際立たせていたのである。(写真参照)

もはやこれまで…

天は我々を見放した…

人間とは本当の悲劇に苛まれると声も涙も出ない、とあらためて知った瞬間である。

もはやこの世界にただひとり我あり。呆然と駐車場の隅に立ち尽くす夕暮れ。

その後、修理費70万也との見積書を破り捨てた自分は、あえてこの状態のまま長く大事に乗り続けることを決意する。

それが当時の自分に出来うる唯一の選択であり、揺るぎなき信条なのであった。

見てくれを笑いたい奴には笑わせておけば良い!

俺はカスカスの生活のなかでやっと長年の夢を叶えたのだ!

外装はボコボコだらけでバイザーも割れてるけど中身は新車なのだ!

そもそも乗り心地が悪いとか、燃費がどうとかぐちゃぐちゃ言う奴には言わせておけば良いクルマなのだ!

洗車するほど惨めになるけど、コイツは全然悪くない。憎むべきは我が困窮生活。コイツに今自分がしてやれることは堂々と乗り回してやることだ!

遠慮はするな。俺とお前の仲じゃないか。オイルやガソリンが飲みたいときはいつでも入れてやる!

かくして我がJB23 は、12年間の長きにわたり一度のトラブルもなく自分のカーライフを見事飾ってくれたのである。

実際、JB23 にまつわる私的悲話は他にも数あるがあえてそんなことはここで語るまい。

どうせ誰もこんな長く退屈なブログなど最後まで読まないに違いない。

だからこのクルマに不満などひとつもあるわけがないのだ。





Posted at 2018/02/07 22:56:19 | コメント(0) | トラックバック(0)

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