法華津峠
南伊予の難所、龍馬・長英が駆ける
2024年01月10日
宇和島藩と藩領の卯之町を結ぶ難所で、土佐藩脱藩の龍馬や幕府のお尋ね者、高野長英が同じシーボルト門下の蘭方医、卯之町の二宮敬作を頼って山越えした峠です。現在はトンネルを介して往来出来る国道が開通して以来数十年間廃道になっており、時にハイカーが登る程度。
この江戸時代の古道をMINIで無理して越えた理由はただひとつ、法華津峠の展望所に日本人が初めて創った賛美歌の歌碑が立てられているからです。だが、荒廃した峠道の走行は難儀でした。仮に対向車があったとしてもすれ違iいが出来ない細道の随所に落石、枯れ枝があり、いちいち停車して除去しながら徒歩より遅い速度での登り下りでした。
しかし、賛美歌の歌碑の詞をなぞり、展望所突端から法華津湾とその先の宇和海の景色を眺めたときには運転の苦労を吹き飛ばすような美しさで目を奪われました。
ただ体験上、この峠にチャレンジするには同伴者を帯同し小型で腰高の4駆か、徒歩で踏破するしかないでしょう。キリスト教信者なら苦難を乗り越えて???
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