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画像置場ゆえ、書き込みされても困ります。
 「起きなさい、まほろば。今日はあなたの誕生日、待ちに待った謁見の日でしょう?」

 十六才の誕生日の朝、私は母に起こされて目覚めた。いや、実は前夜から興奮して、ほとんど熟睡できなかったように思う。
 そう、今日私は国王に拝し、亡き父の遺志を継いでなにかしらの大きな任につくのだ。

 『はぁい』
 「スープ入れたわよ~♪」

 『はぁい♪』


 母国アレアハン。ここで私は育った。
 父はアレアハンの誇る勇士オラテガ。モンスター討伐・盗賊成敗に功績著しく、私自身もことある度に「あのオラテガの娘よ」と街中から賞賛と羨望の声をかけられたものだが、まだ私が生まれて間もない頃に不慮の事故で死んだという。

 幼い頃から近郷の男の子をやっつけてしまうほどのおきゃんな娘だったから、
「男だったらどんな豪傑になっていたか」
「オラテガ殿と同様、戦士としていくさ働きするだろう」
そんなことばかり言われていた。また、自分もそれを当然の道と思い定めていた。

 そして今、私は母と王城の前に来ている。


 「いい?王様の前でもあがらず落ち着いて受け答えしなさいね。ホラ、“人”を手のひらに三回書いて、ね」
 
 『大丈夫ったら!母上こそ落ち着いて待っててね』

 女手ひとつで私を育ててくれた、強く、たまにとぼけたところのある母をじっと笑顔で見返し、―――市井への未練を断ち切ると、王城へ踏み込んだ。
 栄えある我が王への拝謁。
 不覚にも、その内容はほとんど覚えていない。
 断片的にも思い出せるのは、アレアハン王のこの言葉からだ。


 「―――というわけじゃ。おぬしにも感じられよう、魔物の脅威が増大していることを!ほとんどの民はまだ知らぬことじゃが、その魔物どもには黒幕がおる。そやつの名は魔王バラモサ!諸悪の根源じゃ!」

 続けて言う。
 「我が密偵が掴んだところによると、その魔力はすさまじく、灼熱の火炎を吐く人智を超える大トカゲという。オラテガの娘 まほろばよ、バラモサを倒してまいれ!」


 ――ウソでしょ!?
 “魔王”“灼熱の火炎”“倒してまいれ”今までの日常からは考えられない言葉が頭をぐるぐる駆け回り、眩暈がした。
 この日を境に娑婆っ気のない世界に身を投じる覚悟はしていたが、それはモンスターや盗賊どもの討伐隊の一員として名をあげることだったから。

 ――そんなの、想定の範囲外ってもんよ!
 心中で毒づいている間に、王は続けて言った。

 「なに、旅に必要なものは一通り用意させておる!ヒロポン、持って参れ」
 
 「はっ」
 変わった名前があるものだ。ヒロポンという名の侍従が答え、大きな麻袋を仰々しく私に渡し、去り際に耳打ちしてきた。

 「どうぞ、王に感謝の辞を述べられよ」

 王が嬉しそうに言う。
 「中を見てみよ」

 『は…』

 袋を開けて見てみると、
  こんぼう
  こんぼう
  ひのきの棒
  厚手の生地の服
  ペラペラの服
  同じくペラペラの服、が入っている。

 ――はい?こんなの、洗濯と麺打ちしかできないじゃない!?
 目が点になっている私に、さらに王が言う。

 「これに加え、路銀の足しに100ゴールドをつかわす。あと、ルシーダの酒場で同志を集うが良いぞ。よいか、世界の平和はおぬしの双肩にかかっておる……。頼んだぞ、まほろばよ!」


 どうやら王は正気のようだ。本気で女の私をモンスターの中に放り込み、魔王を討ち取らせようとしているらしい。
 その無計画・無責任に一瞬憤怒がたぎったものの、やはりこの国で育った私、畏れ多くも王から信頼の言葉をかけられ感激に震える自分も確かにいたのだ。

 それゆえ私は平伏し、
『わたくしは、誓って遠からずバラモサを討ち平らげ、その首を王に捧げることでしょう。』
という意味のことを言った。(のちに、周りの者から聞いた)

 あまりに気持ちが高揚して、何を喋ったのかもわからなかったのだ。


 こうして私は半ば呆然と、足取りも重く退城した。
 木の棒と布きれぽっちしか入っていない恩賜の袋を、肩に担いで。
 城から下がった後、私は大通りの脇に力なくへたり込んでいた。
 南中する太陽が真上から照りつけるが、私の心は晴れない。

 ―――それにしても、なんて大きなことを引き受けたんだろ……。
 感情に流され、勢いで自ら誓いまで立てたことに私は後悔していた。
 もっとも、王命であるから断れようはずもないのだが。

 王から賜った麻袋をもう一度開けてみたが、気は滅入るばかりだ。

 『ふぅ……』

 ―――こんなので、どうやって火を吐くトカゲのバケモノを倒せっていうの?

 今こうして羊皮紙にペンを走らせてこそ、ちっぽけな自分よ、と笑うことができる。
 しかし、一種“特別な子”として育ったとはいえ、齢十六にして世界の運命を担う重責を負い落ち込んでいたことを責めることはできまい。

 ふと、王の言葉を思い出した。
 ―――“ルシーダの酒場で仲間を集めろ”、だっけ。そういえば、武器も服も三人分。

 陽はもう、やや西に傾いていた。
 このまま腐っていても母に顔向けできないと考えた私は、再び袋を担ぎルシーダの酒場に向かって歩き出した。


   カラン カラン

 酒場の扉を開けたが、薄暗くてよく見えない。
 目を凝らしていると、店の奥から声が響いてきた。

 「あれー、まほちゃんじゃない!?」

 『ルシーダ!』

 駆けより、手を取り合って再会を喜んだ。
 そう、ルシーダと私は旧知の仲。物心ついたときから、しょっちゅう遊んでもらっていたのだ。
 私より十は年上と思うのだが、はっきり聞いたことはない。あえて聞くこともしない。
 日によく焼けた私とは違い、透けるような白い肌の評判の美人マスターなのだが、陰で(たぶん親しみを込めて)“のんだくれ小町”と呼ばれていることを当人は知っているのだろうか。

 「聞いたよ、まほちゃん。いよいよ初陣だね、世に出るときがきたね」

 『うん、ありがとう!それでだけどね。国王陛下にここで仲間を募るよう仰せ付けられたんだけど……』

 「もう揃ってるよ!上(二階)にあがりなさいな」

 『本当!?』

 私は店の奥の階段を、足がもつれそうになりながら急いで駆け上がった。
 二階の窓から薄暗い階段に差し込んでくる光が、そのときの私には一筋の希望に見えたのだ。
 階段を慌てて駆け上がると、テーブルで三人組がカードゲームに興じていた。

 逞しい体躯の男、鋭い目付きの女の子と理知的な印象の女の子。

 三人とも、息急く私に気がついて、こちらを見る。

 「おうおう、ようやく主役のお出ましだ」
 男はこちらを向いて立ち上がった。

 「俺は、てつぞう。ご覧の通り、戦士稼業をやってる。国軍で百人隊長やってたこともある」

 ―――すごい!百人隊長って、国中で同時期に二十人もいないのに。

 今度は、釣り目の女の子が立ち上がって言った。
 「あたしは、しののめ。ダッタン生まれのアレアハン育ち。特技は、って、まほろばはん、第百二十八回アレア相撲大会 女の子の部、覚えてはる?」

 ―――!!!
 『ちょっ!えっ!?何言い出すのよ!!』

 ―――何で知ってるのー!?
 古い(恥ずかしい)思い出を呼び起こされ激しく動揺したが、しののめは構わず続ける。

 「もう六年前の話やね。子供の部に出れるんは十歳になる年、一度きりやろ?そやからあたし、まほろばはんとやりとうて、あ、あたし まほろばはんの一個下やねんけどな、トシごまかして出場してん」

 ―――あのとき、いたのね……

 「でも初戦敗退や。腕の関節きめたら即反則負けなってんよ。信じられへんわ」

 ここで、静かに座っていた女の子が立ちあがり、口を挟んだ。
 「信じられないのはこっちよ。私も見てたんだから。アレア相撲で立ち関節だなんて。観衆みんな唖然としてたわよ。あっ、ごめんなさい。私の名前は、どぶろく。仕事は僧侶よ」

 しののめがどぶろくの自己紹介を差し置いて言い返す。
 「アレア相撲がぬるいだけやん。そんなん言うてたら、ダッタンのミサンボとやったら全身骨折やで。ぬるい言うたら、地べた手ェ付くだけで負けるんもぬるいわ。ダッタン相撲は…」

 「ダッタンは格闘技の本場だからなー」
と、てつぞう。

 「ところで、その年は誰が優勝したんだ?」

 「まほろばはん。豪快な上手投げやったわ」

 「そうか……」


 「いきなり盛り上がってるわね」
 ルシーダが後ろから声をかけてきた。

 「それでまほちゃん、あなたの自己紹介はまだなの?」
 にっこり笑う。

 ―――そうだ、すっかりみんなに圧倒されて……
 『うん!』

 『私は まほろば―――


 その日は暗くなるまで語り合った。それぞれの体験談に笑い、感心し、共通の思い出に懐かしんだ。

 てつぞうは31才の戦士。国中でも一級のキャリアを持つ凄腕。
 しののめは15才の武闘家。ダッタンとアレアハンとの混血で、第百二十九回大会優勝の実績を持つ。
 どぶろくは18才の僧侶。神学校を首席で卒業したばかりの秀才だ。

 皆の話を総合すると、三人とも王命によってそれまでの生活から引き抜かれてここに集まることとなったらしい。もちろん、魔王バラモサを倒すという旅の目的も知っている。
 王の深い御心に感激するとともに、ひとり腐っていた数時間を恥ずかしく思った。


 その晩は、三人をわが家に連れて母と祖父に紹介し、わが家に泊まることとなった。

 てつぞつだけ、別の部屋だった。
 深夜のことだった。

 「まほろばや、まほろばや」

 祖父の声だ。寝室の扉を開けて、呼んでいるようだ。

 『おじいちゃん?』

 「そうじゃ。そっと、表に出てきぃ」


 外に出ると、空は満天の星で満たされていた。
 虫の声が意外と大きく聞こえる。
 祖父は、なにか細長いものを袋に包んで持っていた。

 「まほろばや。本当は昨日渡そうと思っておったのだが、どこへいったかわからなくなってしもうてな。今日一日、家中探し回っておった」

 祖父はするすると包みを解き、それを目の高さに掲げた。

 「これを、やろう」

 ―――剣。細い。

 『きれい……』

 思わず声に出していた。

 「そうであろう。」
 祖父はうなずいて言った。

 「これは異国の剣でな、ずっと昔にローマリアのがらくた市で掘り出したのだ。刀身しか残っておらなんだが、わしが鍛えて、すべてこしらえ直した。刃先は鋭く、よくしなる。」

 ここで祖父は、剣の切っ先を夜空の星々に向けた。

 「名を、ハヤブサという」

 『はやぶさ?』

 「この大陸にはおらぬがな。獰猛な空の狩人だ。鷲よりちいさい鳥だが、鷲よりはやい。わしがこの剣を託す意味がわかるか?」

 『はい。なんとなく……』

 祖父は剣を下ろしてさらに語り始めた。
 「オラテガはわしに言わせても強い戦士だったが、この剣は使おうとせなんだ。軽すぎて持っているかどうかもわからぬ剣など性に合わん、と言うてな」

 『父上が……』

 「あやつは強すぎたのだ。何ものも恐れず、かわさず受け止め、のちにそれ以上の力で返す。そういう流儀だった。しかしだ」

 途中で言葉を切って、語気強く言った。
 「しかし、それではいかん。それでは、どんな勇者もいつか倒れる。その無謀さも、あやつが消息を絶ったのと関係なくはなかろう」

 ここで、祖父は私の目をじろりと見る。

 「かわせ」

 『え?』

 「軽さを生かし、かわすのだ。はやさで戦うのだ。戦士たるもの、腕力だけではいかん。身のこなしと頭も使わねばな。ただし、かわすことと恐れることは違う。逃げずに、見極めるのだ。」

 ここまで言いおわると、長く息を吐き、夜空を見上げた。

 「技の他に、心配がひとつある。おまえは殺生を好まぬ。ましてや、人を斬ったことはない」

 その通りだった。狩りの真似事で、獲物の小動物を殺したことは何度もあったが。

 「その優しさはよい。だが、一瞬の遅れも許されんときにためらっておると、仲間を死なせることにもなりかねん。迷うな。迷わず思い切って選んだ道が、いつでも最善なのだ」

 今度は、わが家の二階を振りむいて言った。
 「あれらはよい仲間だ。仲間は大事にしろ」

 『はい。肝に銘じます』

 祖父は再び剣――ハヤブサ――を掲げた。
 「さあ、受け取れ」

 私はそっと、ハヤブサと包みにくるまった鞘を受け取ると、その細く美しい刀身を鞘に収めた。

 「おまえは生まれたときからわしが仕込んできた。素直で、強く、優しい子だ。まったく自慢の孫だ。よいか、必ず生きて帰って来い。必ずだ」

 『おじいちゃん!』

 私は祖父に飛びつき、声をあげて泣いた。
 祖父も泣いていた。
 周りには、私たちを取り囲むように虫の音が響いていた。


 四半時間も経って少し落ち着き家に戻ろうとしたとき、初めて母が木陰から見ていたのに気づいた。

 『母上……』

 たぶん、剣を受け取る前からずっと見守ってくれていたのだろうと思う。
 涙が残っていればまた溢れ出していたのだろうが、涙が枯れたあとに出てきたのは微笑みだった。

 母はいつも通りの“すべてお見通し”の顔で、微笑みを返してきた。


 二階の寝室に戻ると、女三人衆(言うまでもなく、私・しののめ・どぶろくのこと)の寝室の扉が開いたままになっている。そのすぐ前の廊下で、てつぞうがひっくり返って大の字に倒れ、うめいていた。

 「う……うぅ……」

 『どうしたの?』

 返事がない。(ただのしかばねのようだ。)

 寝室で寝ているしののめとどぶろくに何かあったのかと聞くと、
 「知らないわよ!」
 「オッサン、寝ぼけとるだけやろ」
 心配する素振りもない。

 仕方がないので、てつぞうの寝室から毛布を持ってきて、きちんとかけてあげた。

 『風邪、ひいちゃダメよ』

 「うっ、うう……」

 てつぞうの閉じた両目の端に光るものがあったが、私がその意味を知ることはなかった。
 翌朝、日の出とともに点呼をかけた。指揮者としての初仕事だ。
 朝食を終え、皆で手分けして、母が前々から仕込んでくれたパンとチーズ、水、ミルクを、かばんや水筒、袋に詰め込んだ。
 各自、両手両肩に荷物を持てるだけ持って、わが家を発った。
 出発の際、どぶろくがこんなに持てない、と抗議したが、水食料は外へ出れば命そのものだから、と納得させた。
 見送りは、家の前までにしてもらった。また何度でも戻ってくるのだから、大げさにしたくなかったのだ。
 それでも、早朝だというのに通りには百人に近い人だかりがあっという間に集まり、歓声を上げたのだった

 「まほろば、頑張れーー!」
 「アレアハン 万歳!」
 「おぉお、まさしく オラテガ殿の再来じゃ!」

 ――う~~ん、誇らしいのか、なんなのか……
手を振り会釈して通りを歩む。

 「旦那を奪ったモンスターを、きっとやっつけておくれー!」
 「まほろばー、アレアハン魂を見せてやれー!」
 「まほちゃーん、無理は禁物だよーー!」

 ――あ、ルシーダだ♪
 背伸びすると、少しだけ目が合った。

 「まほろば姉ちゃん、頑張ってーー」
 「まほろばの 男女ーーー!」

 『誰!?今言ったのは!!?』

 振り向くと、人だかりの足元をぴゅ~っと逃げていく男の子がひとり。
 孤児院のぴゅんただ。

 『あンのぴゅんたは~~!!』
 大人気なくも、怒りに震えてしまった。

 「はっはー、なかなか度胸のあるガキじゃねーか」
 「まぁまぁ、抑えて抑えて……」
 「なんや、誉め言葉ちゃうんか」


 こうして人々の歓声に包まれ、願いを託され、一方で仲間になだめられてアレアハンの城下街を後にした。

 のちに聞いた話では、このときアレアハン王がお忍びで観衆に混じっていたそうだ。
あたり構わず、
 「見えぬ、見えぬぞ!」
と、ぴょんぴょん飛び跳ねていたらしい。
 どこまでも、わが主君は微笑ましい。

   ―――序章 完―――
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