
自分の病気の詳細をネットで調べ、この病気は生存期間がある病気と知ってからは、毎日[いや正式な病理検査の結果が出るまで」はと言い聞かせつつ、色々なサイトで自分の病気を調べまくってた
もちろん、この事は妻にも伝えたが「パパは大丈夫だってぇ」と言って私を元気づかせてくれた
きっと妻もそうとうなショックを受けたはず でも、心の中でグッとこらえ私を元気づかせる精一杯の言葉が「パパは大丈夫だってぇ」だったんでしょう もしかしたら私より先にネットで調べて知っていたのかもしれない
ネットで知ってから2日後、看護士から「明日の夕方に先生から病理検査の結果をお知らせしますので奥様に連絡しておいて下さい」と伝えられた
翌日の夕方、妻と一緒に病棟内の部屋に案内された 主治医の先生から術後のMRI画像を見せられ、手術の説明を受けた シュミレーションと電気ショックで確認しながら腫瘍のこの部分を切除しました
この部分の腫瘍は左の運動神経に大きく影響を与えるので今回は切除しませんでした
約6割の腫瘍を切除しました・・・つぎに大きな発作が発生したら,残りの腫瘍も大きく切除します、その時には左手足の運動能力に大きな機能障害が出ます
この腫瘍は脳の正常な細胞内に張りめぐる腫瘍なので、全ての腫瘍の摘出は出来ない事
今後、腫瘍の増殖が落ち着いても非常に変異しやすく急に増殖が活発化する恐れがある事
私も事前に調べておいたので、先生が説明する専門用語もある程度 理解できます
それで病理検査の結果ですが、一部に増殖系の細胞が見つかりました
当初、レベル2と言いましたが、結果はレベル2.5になります
病気の詳細を知ってるだけにレベル2.5と聞いたときはショックを受けた
「先生、レベル2.5は2に近い2.5なのか3に近い2.5のどちらですか?」
「どちらかと言うと3に近いレベル2.5となります」
レオさんも私と同じぐらいの年齢で、これからの事もあるでしょうから言わせて頂きますが
「余命は2年~5年だと思って下さい」
私の頭には余命2年としか入ってこなかった・・・生まれて一番のショックを受けた
平均生存期間7~8年、頑張って10年生きれれば、子供達も成人して あわよくば孫の顔も・・・なんて思っていたのが・・・たった2年・・・その言葉だけが脳裏に突き刺さってしまった
必死にあふれ出す感情を抑え、妻と部屋を出ると抑えていた感情が爆発しそうだった・・・
爆発させたかった・・・でも、ココは病棟内の廊下、周りには廊下を歩いてる患者さんや看護士さん
大粒の涙を流しながら、大声だけはグゥッとこらえた
すると妻が後ろから優しく私の肩を抱いて「誰だって明日の命はわかんないのよ」と一言
この言葉が私の気持ちを随分と楽にしてくれた 逆に妻の言葉がなかったらこらえきれずに廊下で大声張り上げて泣いていただろう・・・
ただ、夜 病室で一人寝る自信はなく、1泊の外泊許可をとり自宅に帰った・・・
Posted at 2010/12/01 15:34:14 | |
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