2004年08月11日
出会いから結婚まで
私が高校生のとき、そしてともこが中学生の頃、私は生まれて初めてのラブレターを書き、それを彼女に渡しました。しかし、あっさりと振られ、一度は食い下がったが、やはり振られました。あのとき、私は恋愛において意志をはっきりとすることの大切さを知りました。
東京生活の私も30をすぎてから、同郷の女性と結婚したいと思うようになりました。それからできるだけ大分に帰るようにして、その機会をうかがいましたが、なかなか思うようにいきませんでした。
さらに年月が過ぎ、33歳になったある日、ふとしたことで彼女の名前が出てきました。それは母の友人からのすすめでした。私は昔のことを思い出しながら、「無理だろう」と思いつつも、彼女に会ってみたいと伝えました。
このメッセージは友人関係にあった妹を通じて伝えられました。直接聞いたわけではありませんが、比較的あっさりOKがでたようでした。私は(トラウマなのか)絶対うまくいくはずがないと思っていたのでとても驚きました。そして2002年12月29日に初めて彼女と会うことができました。
私は過去に彼女へラブレターを渡していたのですが、実をいうとこのとき初めて会話をしました。彼女の性格を知らなかった私ですが、このとき「この人と結婚する人は幸せになるだろう」と感じました。このことからわかるように、私とつきあうことはないだろうと思っていました。
なぜなら、初めてのデートは「すぐにはつきあえません」の言葉がすべてでした。遠回しに振っているだと思いました。だから、その後もメールや電話をすることは控えていました。そして、別府に帰ったときだけにメールを入れ、会っていました。
「けど会ってくれる」ことに望みをかけ、私は長期戦を覚悟しました。それからも月1で帰省し、その都度会いました。特にGWは楽しかった。滞在も長かったため、会う回数も普段より多かったからです。このとき彼女が作ったお弁当を一緒に食べたりしました。
GWを終え、東京での暮らしを再開させたころ、妹から電話がかかってきました。それは気持ちを彼女に伝えてほしいという内容でした。はじめ聞いたとき、よく意味がわかりませんでした。妹は「よかったね」といってくれるのですが、何がよいのかさっぱりわからなかったのです。 彼女が私に好意を抱いているとは思いもしませんでした。そんな雰囲気は全くありませんでした。
すぐに電話して、自分の気持ちを伝えました。しかし「つきあってください」は直接伝えたかったので、次の帰省までとっておきました。
それから私は帰省し、本人に直接伝えました。ところが、それからが早かった。告白からまだ間もないのに結婚の話になったのです。確か「つきあってください」が別府市内で、そのまま国道10号を通って、海岸線を大分にさしかかるあたり、およそ15分ほどで、結婚後の話をしていました。そのことを帰宅して両親に話すとやはり「あら早いわね」といっていました。つまり、彼女にとってみれば、つきあい=結婚だったのです。
ここからは定かでないのですが、プロポーズもそのすぐ後だったように記憶しています。なにしろ結婚話がどんどん進むため、どのタイミングでいえばよいかわからなくなっていました。
ほとんど決まっていたので勝利確定の後出しじゃんけんみたいになってしまいましたが、プロポーズをしました。それでも頭が真っ白になったので何を言ったか明確に覚えていないのですが、車の中で、しかも運転中だったことだけ覚えています。
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2004/08/11 12:57:42
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