2002年09月21日
私見「情報化社会に必要な能力」
いよいよ来年度より高等学校の必須教科に「情報」が加わります。いずれまた教育事業に携わりたい私としてはとても気になります。もう教科書も出来ているようなので、今度書店で見てみたいと思います。わくわく。
ところで、今でも地元大分の高校でお世話になっている私は訪問の際、いつ教壇に立っても大丈夫なように生徒用の土産話を準備します。(実際に職員室でそのように脅されることがあるのです)そのとき、まず最初にお話ししたいことは「情報化社会に必要な能力について」です。
インターネットの登場で情報流通量に劇的な増加しました。そして、膨大な情報を誰でも得ることができる情報化社会が登場しました。そこでよく言われるのが、情報化社会にはインターネット技術やコンピュータのオペレーティング能力が将来の必須スキルであるということです。ですから、その技術を養うカリキュラムが多くの教育機関で実施されています。確かに私もコンピュータの操作能力の低い人は、情報の処理能力が低いことが多いように感じていました。
しかし次第に「コンピュータができない→仕事ができない」ではなく、「仕事ができない→コンピュータができない」ことがわかってきました。なぜならば「コンピュータができない→仕事がものすごくできる」人がいたり、「コンピュータができる→仕事ができない」人もいることがわかりました。
では、情報=コンピュータという図式は成り立たなくなります。そうするとまた別の視点から情報を見なければなりません。「情報の本質とは何か」を突き止めるべくたくさんの人を観察してきました。
インターネットによって世界中の情報が瞬時に得ることができるようになりましたが、すべての情報を一人の人が扱えるわけがありません。どんなに卓越した能力とすばらしい仕組みがあっても、それは無理であることは明らかです。
「量」には限界があるなら、「質」がキーになります。つまり、良質な情報によって好判断を下せるのだと思います。
これまでのことを総合すると、私は情報化社会に必要なのは、よい情報をかぎ分ける嗅覚、別の言い方をすれば良質な情報だけをキャッチする「アンテナ」だと思います。良質な情報や悪質な情報はその価値とは異なる大きさで、我々の前を通り過ぎています。誇大なアナウンス効果にごまかされていると、本質を見失い、せっかくのチャンスを逃してしまいます。幸せに暮らすためには、そのチャンスを逃さないアンテナが必要だと思うのです。
ちなみに、私はアンテナの性能は人格によって決まるのだと思っています。一言で言うと「よい情報はよい人格に宿る」ということです。どうでしょうか?
PS
ところで、情報の教科書が「コンピュータ用語」や「コンピュータの歴史」に終始していたらがっかりです。そうでないことを祈っています。
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2002/09/21 01:26:11
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