最終日の朝は鉛色の空で始まった。この時期は雨期なのだ。しかも、南半球は夏であり、うっかりすると海も時化気味になる。そういや、最初に来た時には電柱ほどのうねりの中で、二基掛けのエンジンのうち一つが動かなくなり、もう一基も半ば不調だったのをだましだまし動かして何とか寄港した恐ろしい思い出がある。マルクの海は荒れたら本当に怖い。さて、話を戻しますが、ビーチの中を膝まで海につかり、そのまま笹船に乗り込む。人間の身体など海水に濡れても良いが、リールだけは濡らしたくはない。今にも泣きだしそうな雲を眺めながらポイントを目指した。かれこれ30分も走ったところで、潮がぶつかり複雑な三角波があちこちで沸き立つような難所に出た。操船を間違えたら間違いなく転覆するだろうけど、トニーの巧みな操船はそれをものともせずに、その沸き立つ地獄の窯のような場所を抜け出した。私もこの男はら信用できると、別に怖くはなかった。が、その後で問題が起きた。途中で降られた雨と、波しぶきでびしょ濡れの身体に疾走するボートの吹き曝しの風を受け続け、とたんに歯がガチガチ震えるほどの寒気に襲われ始めた。うかつだったが、今更遅い。ガタガタ震える手で胸ポケットからインドネシアの有名なタバコであるグダンガラムを取り出し、それに火をつけて吸い込んだ。実はこのタバコ、体温を上昇させる効果がある。ここで幾らか救われ、さらに暫くすると鉛色の空が段々と途切れて晴れ間が見えるようになった。いつの間にか疾走するボートの脇をイルカの群れが並走している、ここまで来ると海は実に穏やかだった。

そして、Pulau Tigaを目の前にしたとき、私は生涯忘れることが出来ない光景を目にする。その幅は優に5メートルはあるのではないかという巨大なマンタがすぐ目の前でジャンプしたのだ。バーンとその巨体を見せつけるかのように全身で宙を舞い、またバシャーン!と海にダイブして行った。そう、ここはまさに豊穣の海なのだ。そしてトニーの操るエンジンのトーンが下がり始める。こちらも心の準備をする。笹船にも身体は慣れて、ふんばり方もわかった。第一投目はフィッシャーマンのロングペンのブルーだったと思う。が、延々と投げ続けてもさっぱり出ない。いったいどうして?そして、疲れ切った自分の姿を見てトニーが「ちょいとトローリングしよう。」と勧めてきたのでそれに従う。

その一つ目と二つ目の島を8の字を描くように勧めていると、やがて魚が掛かった。やはり南方の魚は引きが鋭い。上げてみると綺麗なコバルトブルーのカスミアジだった。さて、リリースするかとおもいきや「持って帰る。」と言うので少々驚いた。カスミアジ、運が悪いとシガテラ毒に当たるからだ。でも、ここの海を知り尽くしている男が言うので問題ないのだろう。そして、ここで自分はちょいと船酔い気味になった。すかさずトニーが「これ食べろ。」とキャンディを出してきたが、これが滅茶苦茶辛さが効いているショウガの飴、一発で治った。
そうこうしているうちに昼飯になった。ちょうど真ん中になる2つ目の島に上陸する。そしてその島、無人島なのになぜかネコたちがいるのだ。しかもなぜかみな毛並みが良い。

おそらくこの島回りで魚を捕っている漁師たちが食べ物を与えているんだろう。人間を見ると近寄ってきた。トニーと、アシスタントも自分の弁当からネコたちにおすそ分けをしている姿を見て、なかなか優しい奴なんだなと思った。そして岩場に腰掛けて休んでいると、ふとトニーが「20年前にマルクに来たって言っていたよな?」「ああ、そうだよ。」「あのな、20年も経てばどんな場所でも状況は変わるんだよ。それはここも同じだ。それにな、もうここの魚たちはGattuko(学校)を出ているんだぜ。」「おい、なんで学校なんて日本語を知っているんだよ。」「俺はな、むかし日本人と一緒にダイビングのインストラクターとガイドをしていたんだよ。」「まあ、それだけここの魚も賢くなったってことだよ。」そう言われた。しかし、まあ、このトニー、インドネシアも海人が多いがこの男は海人の中の海人だと思い知らされた。そして、午後の釣りが始まった。
すると、10分もしないでポイントに到着した。ここでは確かフィッシャーマンのビッグマウスを投げた気がする。スパーン!とキャストを決め、パーン、パン、ボコッ、ポコッと水面を大きなポッピングを繰り返していると突然バシャーン!と水面が爆発した。が、乗らない・・・・。でも、反応はあった。これからが勝負だろう。そう思った。が、ここからがまた続かなかった。投げる、動かす、回収する、これを優に100回以上も繰り返しているとさすがに疲労が溜まってきた。
大きなGTルアーはキャストを繰り返すだけでも体力を消耗する。
そして時刻は3時ごろだろうか。3つ目の島

のこの辺りだったと思う。ここでもバシャーン!と水面が爆発したが、乗らない。アシスタントが思わず「ルアーを早く動かせ!」と言うので、二投目で早巻きで動かしてきたが反応がない。そして、この島をあきらめ、帰路の途中のポイントに行くことにした。が、途中でトニーが漁師が乗る小さなカヌーのような船に近づいた。

こんな穏やかな海の上で何をするかと思いきや、取れたての小魚を買っていった。ちょいと日本ではお目にかかれない光景。そして、帰路の途中でもトニーは諦めずにガイドしてくれた。そこからは何が何でも釣らせてやるという執念を感じられたが、未熟な自分は期待には応えられなかった。もう心の中では「トニーもういいよ。ありがとう。もう本当にいいんだ。ここで終わらせても悔いはない。やれるだけのことはさせたもらったから。マルクにこうやって再び来れただけでもオレは幸せ者なんだから。」。そして、小さな河口で船を止め、ルアーを河口めがけて投げてバシャバシャやってくるとバーン!と水面が爆発したが、乗らない。そして何回か投げたがもう反応がない。トニーがスッと右手の人差し指を立てた。「南から風が吹き始めた。海が荒れるから帰るぞ。」「了解。」
そしてビーチについて今日までのガイド料金を支払ったが、数えもせずにポケットに仕舞っていた。そんな仕草を見て本当にすまないと思った。そして、約束のクッションチューブを渡した。これ、大物やるなら絶対に必要だからだ。「マルクでGTやるならな、3月から4月に掛けて来い。その時期がベストシーズンだ。」
「いつか、時間ができたら必ず来るよ。」

こうしてマルクの旅は終わった。そして、今現在も約束は果たせないでいる。なぜなら、どこを探してもマルクでGTのガイドができそうなサービスが無いからだ。
長い駄文を読んで下さった方々へ謝意を表します。ありがとうございました。
Posted at 2023/07/03 19:33:35 | |
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