航空機制作第3弾です。
1941年12月8日、真珠湾にて、帝国海軍空母から発艦した九七式艦上攻撃機による雷撃、九九式艦上爆撃機による爆撃によって、戦艦
アリゾナ、
オクラホマ、
ウェストヴァージニアなどが撃沈される。
1942年6月5日、空母
赤城、
加賀、
蒼龍がアメリカ海軍空母
エンタープライズ、
ヨークタウン艦載機
SBDドーントレスの爆撃により被弾炎上。
我今ヨリ航空戦ノ指揮ヲ執ル
空母
飛龍、大敗に一矢報いるため単独で反撃。
「たとえ最後の一艦になっても、叩いて見せます!」
千射万箭
友永丈市率いる
九七式艦上攻撃機で編成した攻撃隊、空母
ヨークタウンを撃破(その後伊168によって止めを刺される)。飛龍も被弾大破し、太平洋の海に沈む。歴史の教科書だと、「主力空母4隻が撃沈され完敗した」などとアメリカに損害はなかったように記述されてました。その損害で悲しみに暮れたアメリカ人は多数いたんですけどね。ヨークタウンに謝れ!
1942年10月26日、南太平洋海戦にて、空母
ホーネット、堕つ。
空母
翔鶴より発艦した九七式艦上攻撃機搭乗の村田隊隊長
村田重治、搭乗機被弾により、ホーネットに特攻し戦死。
艦これやっている人なら知らない人はまずいないであろう史実です。
数多の熟練搭乗員を輩出し、大日本帝国海軍の大東亜戦争前期における航空攻撃力の要となった
九七式艦上攻撃機(九七艦攻)の中でも空母飛龍攻撃隊の友永隊機が今回の制作機です。九七艦攻は大戦前期のほぼすべての空母に載せられ、後継機の
天山登場まで航空機としては世界最強の雷撃力を誇りました。登場するゲームの多くでは雷撃機の扱いですが、雷撃だけでなく爆撃や索敵、特攻などと多岐に亘って終戦まで活躍した、後のマルチロール機の魁と言った存在でした。
航空機制作はまだ板にはついてませんが、ざっと丸半日ほどで出来上がりました。
制作ベースはハセガワ製の1/72の中島航空機九七式3号艦上攻撃機で、塗装を中心に作り直しています。
機首側から

爆弾ではなく、航空魚雷を搭載しています。海面すれすれの超低空飛行から敵艦に肉薄雷撃する様に士道を思わせます。
機首側に機銃が付いていないため、正面からの格闘戦は出来ません。
機尾側から

胴体後部及び垂直尾翼のカラーリングを友永隊仕様としてます。飛龍搭乗機全部これだったかもしれませんが。風防後部を切り取って機銃を取り付けています。邀撃してきた敵戦闘機にはこれで反撃しますが、直衛機の零戦が優秀なので大戦前期における九七艦攻の未帰還原因は対空砲火によるものが大半だったようです。
制作済みの空母飛龍及び1/700九七艦攻(友永隊)と並べてみました。

殆どの場合名将と讃えられ、見方を変えれば健在艦なのに退かず再起を図らなかった愚将だったとも言える第二航空戦隊司令官
山口多聞の指揮による飛龍の反撃はまさに海の士道でした。愚将だと批判する奴は、そもそも士道が何たるやそして士道には損得勘定など欠片も存在しないことがわかっていない愚物です。
アメリカ側はミッドウェー海戦の勝利と、主力空母4隻撃沈の戦果に喜ぶよりも、空母ヨークタウン轟沈、そしてその直前の海戦である珊瑚海海戦における空母
レキシントン轟沈の悲しみの方が大きかったと聞きます。その名の由来を考えれば当然ですけどね。レキシントン轟沈もまさに九七艦攻及び九九艦爆の攻撃によるものです。更に、九九艦爆の搭乗員からは、「艦攻がみんな沈めてくるから俺らの仕事がない」とやっかみを受けるほど優秀だったのです。
さて、次はまた艦船模型に戻ります。
Posted at 2019/01/24 20:38:16 | |
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