本編に最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
男女の友情と結婚をテーマに作り出した作品でしたが、楽しんで頂けましたでしょうか。
後半行き詰まる場面もありましたが(笑)どうにか最後まで書ききることが出来たのは、読者の皆様のおかげです。
本編は完結しましたが、次のページから蘭sideの番外編をお届けしていきます。
久我との関係はどうなったのか、依織でさえ知らない蘭の一面などなど……本編では書けなかった蘭のラブストーリーになりますので、ぜひ番外編にもお付き合い頂けましたら嬉しいです。私はこれまで29年の人生の中で、朱古力瘤手術 両想いというものを経験したことがない。
好きな人に、好きだと言われる。
それは、どれだけ幸せなことなのだろう。
どれだけ心を満たしてくれるものなのだろう。
好きだと言って近寄ってくる男なら、いくらでもいた。
もしかしたら好きになれるかもしれないと思い、好きでもない男と一夜を共にしたこともある。
でも、感想はいつも『こんなもんか』だった。
16歳で初めてセックスしたときでさえ、感想は『痛いだけで気持ち良くない』だった。
初めての相手は、私のことを好きな一つ年上の先輩だった。
それからはずっと相手が変わっても、セックスに快感を感じることもなければ、また次も会いたいと思うこともなかった。
そして当然、身体を重ねても何も感じなかった相手に、恋をすることもなかった。
人を好きになるって、どういう気持ちなのだろう。
高校生の頃にそんな疑問を感じていた私は、彼氏の話ばかりしてくる友人に質問した。
すると、その子は言った。
目が合うだけで、胸が高鳴るのだと。
鼻で笑う私に、その子は熱く語ってくれた。
恋をすると、その人の全てが知りたくなる。
その人のことばかり、考えてしまう。
意識なんてしなくても、自然とそうなってしまうものらしい。「蘭の前にも、きっとその内現れるよ。この人だって思えるような人」
「まぁ、そうだといいけど」
「そういえばこの間、彼氏の友達に蘭のこと紹介してほしいって言われてたんだよね。今度、会ってみない?」
「ん、いいよ」
高校生の頃は、そんな軽いノリで合コンなどの出会いの場に顔を出していた。
とりあえず、自分に好意を寄せてくる男とは手当たり次第付き合ってみた。
でも、すぐに破局を迎えてしまう。
どれも恋とは呼べないものばかりだった。
目が合っても、胸が高鳴ることはない。
キスをしても、身体を重ねても、心が満たされない。
なぜ、人を好きになることが出来ないのだろう。
誰にも言えなかったけれど、あの頃の私は結構本気で悩んでいたのだ。
結局恋を知ることはないまま高校を卒業した私は、看護の専門学校に進学した。
その専門学校は看護師の他にも、プログラミングの学科や救急救命士の学科など複数の学科があり、大勢の人と関わる機会が多かった。
もともと人見知りではないため、友人は男女問わずすぐに出来た。
そんな中、私が依織と出会ったのは専門学校に入学した年の夏。
同じクラスの友人に誘われ行った花火大会で、私は依織の存在を知った。年に一度、8月の金曜日、札幌の豊平川で打ち上げられる花火大会。
多くの人が集まるため、人混みが苦手な私は最初行くのを断ったけれど、強引な誘いを断りきれず顔を出すことにした。
集まったのは他の学科の人たちも含め、 15人くらいはいたと思う。
知らない人も何人かいる中で、私の視線は背筋を伸ばして真っ直ぐ立つ依織を捉えた。
女子にしては背が高く、横顔でもわかるぐらい綺麗な顔立ちをしている。
依織は、花火が上がるのを待ちながら空を見上げていた。
初めて見る子だった。
どこの学科の子なのだろう。
そんなことを思いながら見つめていると、空を見上げていた依織が顔を下げた瞬間、目が合った。
「……」
けれど、私は咄嗟にぶつかった視線を外した。
目が合ったことに驚いたからではない。
目が合った瞬間、私は大きな動揺を隠せなかった。
なぜなら、何の意識もしていないのに、勝手に胸が高鳴ってしまったからだ。
あり得ない。
今までどれだけイケメンだと評判の男に対しても、こんな胸の高鳴りを感じることはなかったのに。
しかも、相手は女だ。
これは絶対に違うと私は自分に言い聞かせ、もう一度依織に視線を向けた。すると、依織はもう私のことを見ていなかった。
隣にいる別の子と話しながら、また空を見上げている。
気付けば私は、依織に声を掛けていた。
自分の方に意識を向けさせたかったのかもしれない。
「そんなに待っても、まだ花火打ち上がらないよ」
「え……」
「始まるまで、あと10分以上あるから」
「そうなんだ、全然時間見てなかった……」
他の人なんて、少しも目に入らなかった。
私は自然と依織の隣に立ち、言葉を続けた。
「ねぇ、どこの学科?私たち、初めて会ったよね」
「私は視能訓練士科なの。そっちは?」
「私は看護学科。桜崎蘭です。よろしく」
「七瀬依織です」
互いに簡単に自己紹介をし、その日は二人で並んで、打ち上がる花火を見た。
花火を見ながら、時折依織と言葉を交わす。
その度に、この声、好きだなと思った。
その日を境に、私と依織の距離は一気に縮んだ。
初めて話をした日から、話が合うと思っていた。
私たちはすぐに連絡先を交換し、休日も二人で出掛けるようになっていった。
そして二人で会う回数が増すごとに、私は自分の気持ちに気付かないフリを出来なくなっていった。
「それにしても、さっきの発言恥ずかしくなかったの?」
「何で?」
「何でって……私のどこが好きなのかなんて、普通は恥ずかしくて友達の前で言えないでしょ」
「まぁ、普通はね。でも口にしてみたら、避孕丸 案外平気だったよ。俺、お前と結婚してメンタル強くなったのかな」
ハハッと笑いながら、何でもないことのように言い料理を手伝う甲斐。
結婚してから、甲斐は冷たくなるどころか一段と甘くなったと思うのは私の気のせいだろうか。
本当は恥ずかしさよりも、嬉しさの方が大きかった。
私の好きなところを、蘭と青柳の前で堂々と言ってくれたことが嬉しかった。
でも、いつも私は素直に嬉しいと言えない。
すぐひねくれたことばかり言ってしまう。
自分が感じたような喜びや嬉しい気持ちを、甲斐にも感じてほしい。
それが出来るのは、私だけだ。
「……本当は、嬉しかった。私、ちゃんと悠里に愛されてるんだなって実感できて、恥ずかしかったけど幸せな気持ちになれた」
甲斐との付き合いの中で、自分の気持ちを真っ直ぐ相手に伝えることが何より大事だと教わった。
伝え合うことで、きっと絆は深まっていく。
この先私は、今以上に甲斐のことを好きになる。「悠里の好きなところ、私も沢山あるよ。誰に対しても平等で、他人を気遣う優しさがあるところ。皆に優しいけど、私には特別優しいところ。笑いのツボが一緒のところ。私が落ち込んだら、いつも明るく励ましてくれるところ。料理が上手で、私の家族のことも大事にしてくれるところ。私の趣味に付き合ってくれるところ。それから……」
どうしよう、止まらない。
次々と頭に浮かんできてしまう。
するとその途中、突然甲斐の顔が近付き、キスで私の言葉は遮られた。
「ん……っ」
しかもそれは、唇が触れ合うだけのキスではなく、思わず吐息が漏れてしまうような濃厚なものだった。
ダメだ、頭がクラクラする。
そのとき甲斐の手が私の胸に伸びたため、私は我に返りどうにか甲斐の手を振り払った。
「ちょ、何して……」
「ごめん、我慢出来なかった」
悪びれずにそう言いながら、私を愛しそうに見つめる甲斐の瞳には、私だけが映っている。
この先もずっと、この瞳に映るのは私だけでいい。
結婚してからも、独占欲の強さは変わらないようだ。
「……蘭たちに見られたらどうすんのよ」
「大丈夫、ここ死角になってるから見えない」
我慢出来ないのは、私も同じだ。
見つめ合うだけで、またすぐに触れてほしくなる。リビングからは、酔って仕事の愚痴を言う蘭の声と、それをなだめる青柳の声が聞こえてくる。
甲斐と二人だけの世界に入り込んではいけないとわかっているのに、私は甲斐の体に手を伸ばしギュッと力強く抱き締めた。
「どうした?」
「……甘えたくなったの」
「依織が甘えてくるなんて、珍しいな」
「ダメ?」
「なわけないじゃん」
甲斐も私の背中に手を回し、同じくらいの強さで抱き締めてくれた。
いつも甘い空気を作ってくれるのは、甲斐の方だ。
私から甘ったるいラブラブモードに入ることは滅多にない。
イチャイチャするのが嫌いなわけではない。
ただ、甘えるのが下手なだけなのだ。
「このまま押し倒したい気分」
「な、何言ってるの。そんなのダメに決まってるでしょ」
「あー……何で今日アイツら家にいるんだろ。しかも桜崎なんて、絶対今日泊まってくパターンだよな。着替えとかやたら荷物持ってきてるし」
「うん、多分ね」
甲斐のあからさまに残念そうな声が、耳をくすぐる。それでも甲斐は、蘭を追い出すようなことは絶対にしない。
私にとって蘭がかけがえのない友人だということを、知っているから。
「じゃあ、明日蘭が帰ったらイチャイチャする?」
「えっ」
「……ていうか、私がしたい、です」
毎日同じ家に帰り、一緒に夕食を食べてくっついて眠る。
そんな日々を過ごしているのに、まだまだ足りないと感じてしまう。
四六時中そばにいるなんて不可能だけれど、そんな不可能なことにも甲斐が相手だと本気で憧れてしまうのだ。
「お前、絶対確信犯だろ」
「何が?」
「だからさ、そういう可愛いこと、もっと普段から言ってほしいんだけど。何で今すぐ手が出せないときに限って言うかな。前も車の中とかでさ……」
「よし、出来た!おつまみ完成」
甲斐の発言をほぼ無視して、出来上がったおつまみを器に移していく。
するとリビングの方から、蘭が私と甲斐を呼ぶ声がした。
「ちょっとー!二人ともキッチンの方に隠れて何してんのー?早くつまみ持ってきてよー!」
「はいはい。今行くから……」
そのとき、器を手に蘭の元へ行こうとした私を、背後から甲斐が抱き締めた。「待って。あと少しだけ」
そう言って甲斐は私の耳たぶにキスを落とし、後ろを向いた私の唇と甲斐の唇が重なった。
甲斐を好きになってからは、いつだって今が一番幸せだと胸を張って言える。
そして前よりも、私は自分のことを好きだと言えるようになった。
変わっていくことは、とても怖い。
でも、人は変わっていくから、その先に光を見出だすことが出来るのだと思う。
薬指に光る指輪を見て、私は時々泣きそうになる。
こんな日が来るとは思っていなかった。
私が何より望んでいた、穏やかで暖かな笑顔溢れる家庭。
甲斐に恋をしていなければ、きっと一生手に入れることは出来なかっただろう。
「ん……っ、ちょっ、もうダメ。キス長い!」
「依織が可愛いのが悪い」
「……バカ」
甲斐に恋をしていなければ、この胸を一瞬で熱くするような甘さを知ることもなかったに違いない。
甲斐を好きになるまでは、彼がこんなに甘い人だなんて知らなかった。
私に甘い彼を見つめながら、願うことは一つだけ。
この先も、私の隣で君が笑っていますように。