
本日、長い間お世話になってきた「BRASH BOY」というショップさんが閉店しました。
一部の方には、既にお話させて頂いておりましたが、色々混乱を招く恐れもあったので、本日の閉店まで公には伏せさせて頂いておりました。
2009年11月19日(木)に、11年間お世話になってきたショップの社長が急逝されました。
昨年に入ってから、作業が非常に立て込んでおり、忙しかった社長。
私も幾つか作業をお願いしており、物は既に仕入れてあったのですが、お客と言うより友人付き合いに近くなっていた私の作業は、基本的に後回しに(笑)
一昨年→2月→5月→8月→9月→10月と段々遅れておりました。
そんな事もあり、日程調整の繰り返しから、ほぼ毎月一度はお邪魔していたのですが、9月辺りから体調不良を訴えていたんですよね。
「どうも体が重くてだるいんだよねぇ」
「飲みすぎでしょ。僕みたいに肝臓壊しちゃうよ?」
「やっばいっすね、アハハ」
海外出張時代に肝炎を患い、やや慢性化している私。
肝臓がおかしくなると、体が重く、だるくなる事を知っており・・・大酒飲みの社長の事だから、「また飲みすぎてるんだろう」くらいに思っていたのですが…。
10月に入ってからは、私も仕事が忙しかった事も有り、電話でしか連絡を取っていませんでした。
しかしブログを見る限り、あまり体調は良くなかった様子。
11月1日10時頃、久々にショップに顔を出したところ、シャッターが下りて店が閉まっていました。
いつもは携帯に電話して、在不在を確認してから訪問しているのですが、この日に限って連絡せずの訪問でした。
仕方がないので、携帯に東京モーターショーに行って、帰りにまた連絡すると留守電を残して移動。
幕張からの帰り際に再度連絡を取ってみましたが繋がらず…。
何だか嫌な予感を残しつつ帰宅。
11月3日、社長の携帯から着信。
社長本人ではなく、社長の身近な方からの連絡で、社長が入院した事を知りました。
この時には、特に病状についてのお話は無く、飲みすぎで肝臓を悪くしちゃったかな?程度の考えだったのですが…。
11月1週目週末に入ってから、私の友人であり、同じく社長と友人付き合いのある方から、社長の容態がどうも思わしくなく、ICU(集中治療室)に入っているらしい事を聞きました。
そんな事とは露とも知らず、その友人と「週末にでもお見舞いに行こうか?」などと話していたのですが、どうも面会すら出来ない様子とのこと。
「大丈夫かな?」と思いながらも、その後、ICUを一度出たとの連絡もあり、この段階でも私自身はそれ程、危機感を抱いてはいませんでした。
何よりあの元気な社長の事だから、暫くすれば「大変だったよ!マジで死ぬかと思った!」とか笑いながら、普通に工場に戻ってくるだろうと思っていたのもありました。
11月2週目に入り、ICUを出たとの連絡もあったので、そろそろお見舞いに行けるかな?と思っていたのですが、親しい方からは、まだ面会出来る段階まで至っていないので、もう暫く待って欲しい。との連絡あり。
この時期、僕自身も風邪気味だった事もあり、不用意にお見舞いに行ったりして、感染症を起こしてはまずいとも思い、「来週こそは!」との気持ちで自粛。
11月20日(金)
会社で仕事をしていると、午前中に友人から携帯に着信。
「社長、夕べ逝っちゃったそうです…。」
最初は冗談かと思いました。連絡してきた友人が、結構ブラックジョークの好きな奴だったので…その後に、「嘘です。お見舞い行きませんか?(笑)」なんて続くんじゃないの?早く言えよ!みたいな。
劇症(急性)肝炎だったそうです。
今でもまだ信じられません。
葛飾の工場に行けば、まだ普通に社長がいるような気がしています。
車で工場の前に乗り付けると、必ず作業の手を止めて出て来てくれた社長。
「ちぃ~す!寒いねぇ~!(暑いねぇ~!)」なんていうのが、大体いつもの最初の挨拶(笑)
本当に暑がりで、寒がりで…夏場は、ちょっと作業すると直ぐにエアコンの効いている事務所に逃げ込んで来たり(笑)
本人は、「僕は人見知りだからさぁ」なんて言ってましたが、初めてのお客さんでも、常連のお客さんでも、分け隔てなく、笑顔を絶やさず、本当に明るい人でした。
何より、何も用が無いのにフラ~っと社長の顔を見に遊びに行くだけでも、歓迎してくれるショップさんなんて、滅多に無いんじゃないだろうか。
それどころか暫く連絡取れずに間が空くと、「時々は遊びにおいでよぉ~」「メールも時々は入れてよぉ~」
なんて連絡が来たり(笑)
僕の車生活は、本当に社長と一緒に歩んで来たと言っても過言ではないと思う。
こんな物が欲しいと言えば、店の奥から鋼材を持ち出して来て、切断と溶接を繰り返しながら、一生懸命に納得の行くものを作ってくれたり。
でも時々「面倒臭いからヤダ!(笑)」なんて言って、拒否される事もあったけど(笑)
車を弄る本当の楽しさを教えてくれたのも、社長だったように思います。
場所だけ借りて色々教えて貰いながら、少しずつ車を弄っていくようになったのも社長の影響。
工賃が取れなくなって、損になるなんて考えなかったんだろうか(笑)
それでも、ブレーキ関係など、何かあると命の危険に直結するようなところだけは、触らせてくれなかった。「こういうところだけは、任せられないから」って言って…。
だからこそ、安心してサーキットを攻められたとも思うし、公認競技にも参加出来た。
しかし、本当にお茶目で楽しい人だったなぁ。
エボが納車されたときにも、持って行ったら1周じっくりと眺めた後に一人で試運転に出て行き、帰って来るなり「いいねぇ~!」の一言。
いそいそと事務所に入って行き、何か手に持って出てきたと思ったら、今度はリヤに座り込んでゴソゴソと…。
「何してるの?」
と回って見ると、トランクにお店のステッカーが(笑)
「いいよね?張っちゃうよ?(笑)」
って、もう張ってるやん!みたいな(笑)
そのステッカーも、トランクを交換してしまったので、今は無いんですよね。
もう一回張って貰えば良かったなぁ。
サーキットのタイムが伸びなければ、一緒に考えてくれたし。
サーキットのタイムが更新出来ると、一緒になって喜んでくれた。
セッティングに納得が行かなければ、夜中まで一緒に試走して調整もしてくれた。
セリカのECUのセッティングを初めたばっかりの頃、セッティングしたPowerFCで、ノーマル車両と0-400したら負けてしまって二人で落ち込んでみたり(笑)(まぁ、理由はPowerFCよりも、サーキットで酷使していたエンジン内部に問題が発生していたんですけどね(;^-^A)
年末年始はBBQやったり、飯も何度か連れて行って貰ったり。
でも、焼肉ばっかりだった気もする(笑)
店舗の引越しも2度付き合ったけど、その度に終了後に宴会を開いて…ベロベロに酔ってましたな、「社長だけ」(笑)
酔っ払うと真っ赤になって、ちょっと不良な兄貴みたいになるんですよ。
笑い上戸の絡み上戸という、なかなかの曲者に(笑)
2009年11月22日(日)お通夜
2009年11月23日(祝)告別式
お棺に収まった社長を見て、やっと社長が逝ってしまったという実感が少しずつ沸いてきました。
友人、知人、関係者と社長や店の思い出話なんかもして。
僕自身も、やっと現実を受け入れる気持ちにはなって来たんですが、それでも胸の奥の方で、ど~にも整理の付かないモヤモヤが残っていて…それが何なのか、なかなか言葉に出来なかったんですが…。
火葬場で棺が入っていった時に、ポツリと出てしまった一言が
「寂しいなぁ…」
あぁ、胸のモヤモヤはコレだったんだなぁ。
そう思った途端、情けない事に涙が…もう止まらず…。
それまでは、どこか現実と、頭の中での理解と、心がバラバラだったんですが、その一言で全部が繋がってしまったようで、こうなると感情っていうのは、本当にコントロール出来なくなってしまうみたいですね。
これを書いている時点で、既に2ヶ月が経過していますが、まだ大きな喪失感があります。
強い信頼関係にあり、自分のクセまでも理解して貰った上で、命を預けている車両を見て頂いていた人が居なくなったという事実は、只ならぬ不安感と、喪失感を伴って襲って来ました。
自分自身や、他のショップさん等で車両を見て頂いたりもしていますが、まだこの不安感や喪失感を埋めるには至っていないのが実情です。
車両のちょっとした反応や不具合が、気になって仕方がない。
自分が信頼し、納得出来る整備を受けていないという(実際にはそんな事は無いハズなんですが)事が、何とも猜疑心的な不安になって襲ってくる日々です。
何より、先日のブレーキ問題のような不安を抱える要素が発生した場合に、相談したり、一緒に原因究明をしたりしてくれる、信頼出来るパートナーが居ないというのは、サーキットを月1ペースで走り続けている自分にとっては、非常にショックであり、大きな不安になってしまっている状況です。
失ってしまったものの偉大さは、失ってから本当に気付かされるものですね。
過去と同じ物を求めても仕方がない事は重々承知していますが、それでも今後、納得のゆく新しい信頼関係が、どこかで築ける日が来る事を祈るばかりです。
このブログもプライベート的な内容なので、どこまで書くか悩んだんですが、色々な意味で社長との軌跡を残しておきたい気持ちがあり、書かせて頂きました。
まだまだ短いながらも、35年という私の人生の3分の1を占める、11年という付き合いは、私にとっては決して小さなものではありません。
「運命」とか、単純な言葉で括ってしまう事は好きではありませんが、社長との出会いに、何かしらの力や、不思議な何かによる縁が絡んでいるのであれば、その存在に、私は心の底から感謝してやみません。
社長、本当にありがとうございました。