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鈴のブログ一覧

2014年11月24日 イイね!

最高のクリスマスイブ

今から20年くらい前のクリスマス。


親父様と某ホテルの支配人さんが大学の同級生とかで

『そろそろクリスマスですが、何か御予定はございますか?』
『いえ、家族で食事でもしようかと』

『では是非、私どものホテルへ来ませんか?ちょっとしたプレゼントを用意してお待ちしていますから。』


と言われ


友達のお誘いだから と親父様
オカンにクリスマスプレゼントとして
そのホテルのディナービュッフェへ行くことになりました


ホテルにつくと
支配人さんが出迎えて下さいました


『ようこそおいでくださいました。今日は素敵なプレゼントがございます』


何のことですか?と聞いても


『お席につけば分かります』


???
わからないなぁ
普通のテーブル席だし
テーブルフラワーもクロスも普通だし…


『何がプレゼントなんでしょうか?』
『そろそろおいでになる時間です』




????
ますますわからない





そう思っていたら





隣の席に
体格の良いスーツ姿の男性が


黒いスーツ姿の男性三人と
静かに席についた




その体格の良い男性に
オカンは目が釘付けになった





その男性は
高倉健さんでした





高倉健さんは
ポカーンとしていた私達に気がつき

ゆっくりと
優しい笑顔で会釈してくださいました


うわぁ…
映画でしか見たことないスター中のスターが
手を伸ばしたら届きそうな場所にいる!


私達家族はカチコチになりながらも
ビュッフェの皿を取りに行こうと…


ダメだ足が動かない



オカンは固まって動けないので
私が代わりに料理を取りに…


すると
高倉さんも一緒に席を立ち


『ここのホテルは、ローストビーフがオススメですよ』


と教えてくれた



ローストビーフの皿をとるとシェフが切ってくれた


『へー…』


と思って見ていたら



『どうぞ。』




た、た、た、
高倉健さんからローストビーフもらったー!



『い、良いんですか?』
『ええ。私はまた切ってもらいますから』


若干震えながらお皿を受け取ると


『暗いから、段差に気をつけて』


と言ってくださいました



高倉健さんがくれたローストビーフは
固まりながらオカンが食べた


なんか納得いかないけども。



その後も高倉健さんは
目が合うたび
ビュッフェで会うたび
優しい笑顔でニコニコと挨拶してくださいました


そんな固まるディナー一時間半。






正直
ローストビーフの味はおぼえてません



ちなみに


先日の大会ですが



パパ優勝、私は3位でした(男女混合)
Posted at 2014/11/24 22:15:14 | コメント(4) | トラックバック(0) | 親父様伝説 | 日記
2012年07月28日 イイね!

親の心、子知らず

親の心、子知らず先日、館山へ行ってきたのだが

前日が夜勤で
疲れて寝ちゃうから、
行かないほうがイイかなぁ・・・と思っていた夜中2時

ヒラヒラヒラ~・・・と
アゲハチョウが店に入ってきて

私の周りを
何周もヒラヒラ飛んだ


そういえば
お義父さんが生前

『チョウになりたい』

なんて言ってたことがあった


お義父さんの葬式のときは
一匹のモンキチョウ




まるで自分の葬式に参列してくれた人みんなに挨拶するように
しばらく参列者の周りをヒラヒラと飛んで
最後に空高く飛んで行って見えなくなった


今回は、アゲハチョウになって来たみたい。

『来れないなんて言わないで、遊びに来て』って言ってるみたいだった

なので
体はきつかったけど
お墓参りしてきました



私の実父とお義父さん
かたや東京の会社経営者
かたや千葉の漁師

職業も違えば、全く性格も違ってたけど
どこでどうウマが合ったのか
とても仲良しでした



私の実父は子供が嫌い
というか
子供が苦手な人でした


いつも難しい書類に埋もれ
電卓をたたいて険しい顔をして

会社では『鬼瓦』と呼ばれていた


↑  ↑似てる


小さかった頃
遊んでもらった記憶は ほとんど無い

『パパ、遊んで』と言うと
『うるさい!!』と怒鳴られた記憶しか無いです

とにかく、よく怒鳴る人だった

だから
子供心にすごく怖かった
食事を残そうものなら、
『食わせてもらっている分際で、めしを残すんじゃない!』
と言って往復ひっぱたかれた

実父が
今でいう単身赴任で、長いこと北海道へ行っていた頃
一か月に一度くらいしか家に帰ってこなかったこともあり
弟は実父に『怖いおじさんが居る』と言ったことがあった

それも
顔が変わるくらい何度も殴られた
実母と姉の私が、必死で『やめて!!』と叫んでも
気が済むまで、幼い弟を放り投げ
殴る蹴るした

今でいう
幼児虐待に近いことは一通りされた


本当に理不尽な理由で、
本当に些細なことで暴力的だった


なので
私も弟も
早く家を出たかった

弟が現在
イタリアで仕事をしているのも
なるべく親父と顔を合わせないようにしようとしていた表れだった
一方私は
嫁に行ってしまえば会う事も無い
なるべく実家から遠くの人と結婚してサッサと出よう
そう思っていた

一方その当時の親父
『家族が不自由しない給料を取ってくること』
父親の役目だと思っていたそうだ


いくら稼いでくるかが男の価値だと
人並み以上に稼ぐには、人並み以上のことをしなければいけない

そういう仕事への取り組み方だった

だから
自分が納得いく給料をもらえるところに何度か転職したりした

そのたびに家族は右往左往し
具のない汁かけごはんで一週間過ごすなど
極貧生活を強いられたりもした

これといった趣味もなく酒も飲めず
愚痴を言える友達もいない

それでも
親父にとって
動力のすべては『家族』だった


だが

家族はそうは思っていなかった


私は中学の頃
親父と些細なことで取っ組み合いのけんかになり

『てめえはもっと、普通のお父さんになれないのか!』
怒鳴ったことがあった


家族が
男は何不自由しない給料さえ持って来ればいいんだと
良い生活をさせてやれば
家族はみんな幸せなのだと


それが父親の役割だと
それが正論だと思っていた親父は

血だらけの娘から
涙ながらに怒鳴られ

胸ぐらをつかんでいた拳が
少し緩んだ


もともと堅物だった親父を変えるのは至難の業だったけど

私は
これは娘にしかできないことなんだろうなと思った


親だって
子だって

一己の人間だ

言わなきゃ解らないことは言わなきゃだめだ
我慢しないで言うべきなんだ

いや

親子だから言い合えることってあるんだ


何でもかんでも
金で解決していた親父が
それからは家族に何かしてもらった時は

『ありがとう・・』と言うようになった

介護をしていた時
それでもちょっと忘れると、何も言わず財布を出した親父に

『金じゃねえよ!!』と言って
突っ返したこともあった


まだちょっと
解ってなかった?




だけど

親父がいなくなった今考えてみると


親父の
人への感謝の表現方法は
これしか無かったのかなぁ・・・とも思う


その金は

親父がどんな思いをして稼いできた金なんだろう・・


自分が親になって
家族のために稼いでくるようになって
それがすごくわかるようになった


きっと・・

今の私以上に苦労して手にした金だったのだろう
それを渡すことが
親父にとっては最上級の『ありがとう』だったのかもしれない


だけどな親父


私が
親に望んだ愛情の形は違うんだよ



金は・・無くても良かったんだよ



ヒルトンで数万円もする高級フレンチよりも

親父がたまに買ってくる弁当屋の海苔弁のほうが
何倍も・・・・


何倍も美味かったんだよ・・・



もうあの時のことを
謝ることも
話すことすらできないけど



私は自分の子供に



子供の望む愛情を持つ親であるのか




お義父さんみたく
たまに出てきて教えてくれないか?
Posted at 2012/07/28 17:41:55 | コメント(2) | トラックバック(0) | 親父様伝説 | 日記
2011年11月14日 イイね!

親父の一番長い日

たまに思い出すと善いそうなので
親父の思い出話なぞを。


実は我が親父様
前科一犯  ←(なんかそういうことになってる



それというのも
今は昔バブリーな時

親父の会社は、ものすごい儲かってまして。

なんたって
オカンの思いつきなツルの一言を
親父が信じて買ってきた
人生史上最高金額の無駄使い

↓コレ↓

(注:画像は参考です)


いらねえ~
下町情緒大満喫べらんめえ調な我が実家に
こんなスーパーカー要らねえ~



というわけで
会社で所有してた期間は長かったけど ←お飾り
家で保管していた時期
わずか2週間という
所有期間最短という金字塔を打ち立てた
奇跡のクルマであります




話戻して親父の会社
それなりに儲かってると
努力もしないのに嫉妬する人って結構居まして。

ついに乗っ取りに遭う羽目に。




『てめ、どうなるか解ってるだろうな…』


電話で話した一言を相手に録音され

脅迫罪ということでケーサツ屋さんが
朝5時に家庭訪問(うえ。


すげえ早起きね
ケーサツ屋さんって(違


刑事さんらしきオジサンがいっぱい来て
親父様、あれよあれよとパトカーに連行。


家族びっくり。


いま目の前で
何が起こってるのか、さっぱりワカラン


オカンと実弟
完全放心状態
娘(あたし)だけが冷静に見てました




その後一カ月ぐらい入所されてまして。


いろいろ調べられて釈放
いざ帰ってきますって日





♪ピ~ンポ~ン♪(インターホン)



心配した娘がガバっとドア開けると
陽気モード全開に親父様

『みなさ~ん♪帰ってきましたぁ~♪』



『・・・・・・』 ←オカン
『・・・・・・』 ←実弟
『・・・・・・』 ←あたし

『・・・えへ。』 ←親父様




『・・・ごめんなさい は?』 ←あたし
『え。』


ボグッ(殴)
ゴロゴロゴロ~~


親父様
玄関から門まで吹っ飛ぶ。



後にも先にも
本気で親をしばいたのはコレ一回きりですが
あの時は頭に来たなあ・・・



あとで聞いたら
親父様は玄関前で、なんて言って家族に謝ろうかと
30分ぐらい考えてたらしいです


スマンネ。







 

いや~まじ
いい思い出☆
Posted at 2011/11/14 23:14:57 | コメント(2) | トラックバック(0) | 親父様伝説 | 日記
2011年10月15日 イイね!

親父は天国へ

逝きました



13日の午前8時半ごろ
実家からTEL


『あと数時間持つか持たないか・・』


泣きじゃくる実母をなだめ
夜勤終え、その足で息子を学校まで迎えに行き
速攻高速へ

10時実家に着いたが
病院の場所がどこだか住所を調べられず。


ピン。


そうだ
カミサマが付けてくれたナビがあるじゃないか


周辺の病院名で検索すると出てきた
家から15分ぐらい

正直言って
どうやって運転したか覚えてない
覚えてるといえば
2速と4速を、やたら間違えた

冷静になれ
冷静にならないとヤバい

自分に言い聞かせた


病院に着くと
受付は7階

看護士さんに病室を聞いて4階まで階段で駆け降りた


実母が
憔悴しきった顔で、椅子に座っていた

親父は


親父の顔には 白い布がかかっていた


『鈴・・・・間に合わなかったよ』



白い布をとると
親父は気持ちよく
スヤスヤと眠っているようだった


まだ手は温かかった
でも

でも間に合いませんでした



親の死に目に会えないなんて
最大の親不孝をしてしまいました



死因 心筋梗塞




朝ごはんを美味しそうに食べ終わった後
コトッと倒れて

病院内では皆さん親父のことを
『社長』と呼んでいたんだって・・

『社長?食べてすぐ寝るとウシになっちゃうよ?』
って
看護士さんが抱き起したら

もう息が無かったそうです





つらい人工透析に耐え続けて1年

『こんな痛い思いを、ずっとしなくちゃいけないのかな・・』

というのが
家族が聞いた最後の言葉だった



よく頑張ったね・・


もう痛い思いをしなくていいんだよ・・



親父と私は
性格が似すぎてて

似すぎるがばかりに衝突も多く

取っ組み合いのケンカしたこと
何度もあった



でも
どんなに逆らっても
どんなに殴り合いしても


私が悩み事や相談事をするのは
実母より親父のほうが早かった





そうして
亡くなった日から葬儀の日取りが遠いのも


全部親父の計算づくだろ?





家族みんなが落ち着いて行動できるように・・

心穏やかに見送ってもらえるように・・




私も・・
笑って見送るよ



生前
ずっと『そうしてほしい』って言ってたから。




葬儀の日は
晴れるみたい





雨の日は
今日でおしまい。
Posted at 2011/10/15 21:58:29 | コメント(11) | トラックバック(0) | 親父様伝説 | 日記
2010年06月16日 イイね!

親父様伝説・高速出口での事故

今は昔。

その頃の親父のクルマが
ブラックマフィアみたいなマジェスタだった頃


我が実家は御近所様からカウンタック時代に引き続き

『ヤ○ザが住んでいる』

と噂されておりました(またか)



そんな親父様
いつもの通り会社を終えて首都高に乗り…

インター降りた刹那


軽自動車が
今まさに自爆事故したばかりな模様。


『アラ大変。』


親父様
ハザード点けて停車。

手際よく△と発煙筒を焚き

軽自動車に近寄り
乗っている人の安否を確かめに行った


したっけ
おばさんが額から血を流して気絶している



『オーイ。』



…返事がない
出血もしてるし救急車を呼ぶ
ついでにケーサツ屋さんにもTEL。



そんなこんなで
おばさん気がつく


『う~ん…』
『気がつきました?』


『大丈夫ですか?』の

『だ』

を言ったあたりで
親父様の顔を見たオバサンいきなり


『うわあああっ!』


『?』


『あのね、いま救急車呼んだから…』
『いえッ!あのッ!大丈夫ですッ!』

『なに言ってるの、もうすぐ救急車来るから大人しくしてて』
『本当大丈夫ですッ!大丈夫ですからッ!』


オバサン脱兎のごとく逃げようと!

だけどスグに力尽きてへなへな…


その姿
まさにカヨワイ一般区民を取り押さえる
別世界の大男。


救急隊員さんに疑われるなか
オバサンは無事病院へ運ばれ

やれ一件落着…思いきや今度はパトカー到着。


事故った軽自動車見るなりケーサツ屋さん

『ぶつけたのはアナタ?』


は?
何いきなり?

『違います』
『手際いいねぇ。こういうこと慣れてる?』
『運転者の義務です』

『ちょっと来てもらえます?』

そのまま現場検証などに付き合わされ
さらに署にまで連れていかれ
まるで事故った人扱い。


その後検証で自爆と解り
親父様は署から表彰されました



オバサンが退院後
お礼に来たとき

『なぜあの時、ボクから逃げようとしたの』と尋ねたら

『ヤ○ザにぶつかった。コロされる』

と思ったんだそうで…




‥‥。








以後
『オレは髪型を変えるッ!』
と断言した親父様でした
Posted at 2010/06/16 11:33:48 | コメント(5) | トラックバック(0) | 親父様伝説 | モブログ

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「今日は会社の親睦会で焼肉(((o(*゚▽゚*)o)))がんばったよ木更津!」
何シテル?   02/20 11:58
内房外房神出鬼没 普段はチョチョイとチョイ投げ専門 8.8ftエギロッドとセルテート2506フィネスカスタム サーフではダイワ・キャスティズム がまかつ...
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