• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

オリムペン#0のブログ一覧

2011年06月24日 イイね!

20110311~記憶の記録-008

三人で再度水へ入る。

自宅の敷地を出て向かいの家との間の道路へ出た。

彼ら二人ともここでお別れだ。

『気をつけて~!』の言葉を互いにかけ、東へ向かう学生さんとOさんを見送る。
彼らが向かう方向は少しずつ浅くなっているとあとで聞いた。
10mほど進んで行くの見届けながら何事もないことを祈った。

道路をはさんだ隣の家の二階から声がする。

午前中、同じように物干し竿の旗を振っていた家の二階のベランダからだ。

『大丈夫ですか?』

『とりあえず大丈夫です』

少しの間色々話し、これから母親がいる矢二中へ避難することを使えると、高齢の方が避難しているが心臓病の薬が必要だとのことだ。
さっそくメモを取り、矢二中に着いたらそれを伝えることを約束しAさんのアパートへ向かう。

来る途中よりもさらに慎重に公園を乗り越えてゆくが、水の底は多くの瓦礫があるので時間はかかった。

やっとAさんのアパートの下へ来た。
水の流れはないものの浮いているゴミが一階の階段下にたまっている。

階段を二階へ上がる。
待機していたAさんに忘れ物は無いかと確認し、荷物を一つ持ってあげて階段を下った。

わたしはさっきまで水に入っていたので少しは慣れてきていたが、Aさんは足を浸すとたん『冷たい・・』と震える。
ここは水位がまだ膝上くらいだが道路に向かえば徐々に深くなっていくだろう。
Oさんの水没した車を右に見ながら、慎重に足元を探り二人で丸太やゴミの間を進んでゆく。

あたりは妙に静かで我々の水をかき分ける音だけしか聞こえない・・・

やはり道路まで来ると腿の半分までの水位だった。
Aさんは股下まで水に浸かっている。

母親と避難させたSさんの家の入り口まで来た。
少し敷地は高くなっているのでSさんの庭を通って行くことにする。
Aさんのアパートからは見えなかったが、Sさんの庭には長い丸太が何本も浮いていた。
家の中に入っている丸太も数本確認できる。

建物正面から見て左の庭の奥の生垣まで来たが、この先は急に深くなっている・・・・・

・・・考えが甘かったようだ・・・

残念だが引き返す。

そのときだった。
自分の携帯電話が鳴り響く!!!

両手に抱えていた荷物を片手に持ち替え、上着の内ポケットからやっと携帯を取り出す。

『兄貴大丈夫か!?!?!?』

電話の向こうは埼玉に住んでいる下の弟だ。

『おおーー!大丈夫だ!!!心配ないぞ!!!』

『お母さんは??????』

『大丈夫、中学校に避難してるよ』

『ほんとに良かった!安心した!』

関東も大きな揺れだったが復旧は早かったようで、昨夜からのテレビの報道でこちらの状況を知り夜も眠れず心配していたそうだ。
昨日から何回かけても携帯電話はつながらないし、家の電話も応答がない。
今日になって公衆電話からなら携帯につながるということを聞き、行列に並んでやっとかけることができたのだそうだ。

一緒にいた弟の奥さんも電話に出て泣きながら『良かった!』を繰り返していた。

わたしも弟たちの声を聞いて安心した。
あとでなんとか連絡すると言って携帯を閉じた。

この後電波の状態は悪くなる一方だった・・・


Aさんを待たせたままなので再度矢二中へ向かう。

Sさんの庭を出ると水位は股下すれすれまであった。
水の底を足で探りながら進むが、徐々に深くなってきている。
歩道の縁石に乗りながら上がっては下がるの繰り返しで前に進む。
Aさんはすぐ後ろをついてくるので頻繁に後ろを確認し励ましながらの強行だった。

踏み切りの前の道路まで来るとすでに水位は腰まで達している。
Aさんも同じでつま先立ちで歩いているとのことだ。
たいした距離でもないのだが転ばないように注意しながら二人でやっとここまで来た。
踏み切りの手前はこのあたりでも低い土地だというのがこの時わかった。

一旦高くなっている踏み切りの線路まで来て休憩する。
線路は水がかぶっているがくるぶしくらいなのでやや一息つけたようだ。
天気は良いのでそう寒くは感じない。

そう長く時間もかけてはいられないので、すぐそこに見える矢二中の校舎を目指す。
踏切からは股下5cmくらいだろうか・・・
さっきよりはましだ・・・

距離としては100mも無いがここでもやはり丸太等の浮遊物をかき分け進む。
水没した車が2台道路をほぼふさいでいる・・・

その間を通り抜けなんとか矢二中の東の武道館の前に来た。
矢二中の浸水は2mほどだろうか・・・
悲惨な光景だった。

どこかで見たことのある船が武道館の入り口にある。

昨日目の前を通過していった小型のクルーザーだった・・・・・
どうやって撤去するのだろう?などと思いながら、それの対面にある校舎の入り口へ向かった。
水位はここで膝くらいまである。

『もう少しだ!!!』

Aさんと扉の前に来る。

重いドアは水と泥の抵抗で非常に開きにくい状態になっている。
少しずつ開き中へ入ることができる隙間ができた。
足の下は段差があるのでAさんに注意を促しながら校舎に入る。

一階の状況は惨たんたるものだった。

色んな学校の備品が泥に沈んでいる・・・・・


とりあえずここまで来れば安心だ。

冷えた足と体を持ち上げて二階への階段をAさんと進む・・・・・

『母とSさんはどこにいるのだろうか・・・?』


・・・・・階段は泥であふれていた。。。。。













Posted at 2011/06/24 20:12:25 | コメント(0) | 東日本大震災 | 日記
2011年06月21日 イイね!

20110311~記憶の記録-007

最初は一時Aさんをアパートに残し、男性三人で途中のわたしの家に向かうことにした。

わたしはAさんと矢二中へ向かう前に自宅から必要な物を持ち出そうと考えたからだ。
持参していたバックにはたいしたものは入っていないので・・・

それぞれ荷物を持って階段をくだる。
学生さんの自転車は一階の踊り場で泥をかぶっている。
階段の下から一段目くらいまで水位は下がっているが、一階の部屋のドアの半分より上に最大水位の痕跡がくっきりと残っている。
道路から計れば1.6mぐらいはあったのかもしれない・・・

恐る恐る水に足を踏み入れる。

『冷たい・・・』

当然のことだが雪が降った翌日の海水だ。
昼とはいえ身にしみる低温で体が震えた・・・

水の底に泥が沈殿している。
くるぶしくらいまであるので、探りながら進むのは苦労する。

一階の踊り場の水位は膝下約20cm。
木屑やゴミが浮かんでいるので慎重にアパートの外へ出た。

今度は丸太やタイヤ等の浮遊物がいっぱいだ。
それらをかわしながら三人で進む。
二階のAさんに学生さんとOさんは別れを告げ、わたしはすぐに戻ることを伝え、少しずつ傾斜していく足元に感覚を集中させる。

公園の手前の道路に来ると水位は膝より上になった。
目の前の公園は高くなっているので足元に気をつけながら進む。
やっと公園に入った・・・と言うか、上がった。
水位は膝下約10cmで、泥はやはり多く沈殿している。
金網は無残にも破壊され水中に倒れている箇所が多い。

三人でわたしの家をめざす。

公園の上を進み自宅の門の前に来ると、直系50cm~1mくらいの丸太が数本浮いている。
長さは10mもあるだろうか・・・
しかしながら、こんな長い丸太が水に乗って器用に流れてくるもんだと思った。
すれすれで自宅の塀は壊されていなかったのには安心した。
そばにはプレハブの倉庫もある。

水中の泥で重かったがなんとか門を開け三人でポーチへ上がる。
ポーチ自体高くなっているので水はひいていたが泥が10cmほど堆積していた。
一時的にだが水から開放されたのでやや落ち着く。

玄関のドアの半分くらいまで水が来た跡が残っている。
中は床上80センチ以上はあるのかなと思いながら鍵を開ける。

堆積した泥の抵抗を感じながらドアを開き二人を玄関の中へ通した。

『いらっしゃいー』

『おじゃましますー』

家の中もポーチと同じ状態で、泥が堆積している。
約5センチほどだろうか、廊下にも台所にも・・・・・
地震で倒れた家具は水に浮いて移動している物もある。
下に落ちたいろんな物が泥にまみれていた。

『これはひどい・・・』

二人を玄関で待たせ、靴だけ脱いで二階へ行く。
階段には靴下の泥で足跡がつく。

当然二階は前日の地震直後のままだった。
自分の部屋のドアは開くが倒れた家具が邪魔で少ししか進めない。
時間をかけてもいられないので断念する。
正確には覚えていないが、廊下にあるクローゼットからタオルを数枚とジャージの下を数着取り出す。

残り二つの部屋の様子を確認し一階に降りて台所へ向かう。

何かないかと思い移動した冷蔵庫と壁の間を抜けて中に入ってみる。
するとテーブルの上の団子のパックが目に入った。
たしかあんことゴマの二本だったはずだ。
一本の串に三個ずつのよくあるものだ。
それを持って玄関の二人のところへ戻り、一人二個ずつ食べた。

美味かった。そして笑った。

冷蔵庫のドアは開けるのが困難だったので他にも食料があったのだろうが、甘い団子だけでもその時は充分だったと思う。

ほんのちょっとの腹ごしらえと休憩の後、学生さんは近くなのでタオルを、Oさんには長い道のりなのでジャージを渡して出発することにする。






Posted at 2011/06/21 19:45:52 | コメント(0) | 東日本大震災 | 日記
2011年06月19日 イイね!

20110311~記憶の記録-006

2011年3月12日(土曜日)、震災二日目。


昨夜降った雪が家々の屋根を輝かせている。

津波の水は最大水位の約半分ほどだろうか?・・・ひいてはいるが停滞したままだった。
公園の木々や遊具、それに家並みが鏡のような水面に映っている。

朝日の中のそれは災害を忘れてしまうかと思うほど綺麗だった・・・


ほとんど眠れない夜をすごしてはいるが、頭ははっきりとしている。
夜は長かったが昨日のことがまるでついさっきのことのように感じた。

はるか頭上をヘリコプターがゆっくり旋回する。
何度か繰り返しては見えなくなり、また別の機体が同じように来ては去ってゆく・・・

Aさんの部屋のベランダへ出て手を振った。
気付いてはいるのかもしれないが救難機ではないようなので、たぶん状況確認だろう。

何もしないではいられないので、上空のヘリにサインを出そうとみんなで考えた。

Aさんから大きな黄色いビニール袋を借りて、物干し竿の先端に取り付ける。
ヘリがこちらへ向かってくるのを見計らってベランダから大きく左右に振り続けた。

『救助してもらえるかもしれない・・・』

そう思いながら男性三人で交代で振り続けた。

公園の向こうのわたしの自宅の隣の家のベランダには、同じように昨夜をすごした人たちが見える。
声を掛け合いお互いの安否を確認する。
そこには近所の人も合わせ十数人が二階で一夜を明かしたとのことだった。

こちらと同じように物干し竿に布をくくり付け、上空のヘリに振りはじめている。

どのくらいの時間がたったかわからないが・・・

しばらくして、『やはり優先順位としては後回しだろう・・・』ということに気付く。


他の家の二階のベランダにも人影が見えたのでお互いに安否の確認をする。
けっこう多くの住人が自宅に留まっていたようだ。
高齢の方々も多かったようなので避難所に行くよりも家に残ることを選択したのだろう。
仕方の無いことだ・・・


水はまだひかないが、このままここにいるわけにもいかないので移動することにした。

学生さんは、家に残したままの祖母が気になるというので一先ず近所の自宅へ・・・
Oさんは、出産後実家へ里帰りしている奥さんと赤ちゃんのいる中里へ・・・
わたしとAさんは矢二中へ・・・

しかしながら水はまだ非常に冷たいので、昼まで待つことにする。

とりあえず移動の準備をしながら4人でコーヒーを飲んだ。
熱いコーヒーに再度ホッとする・・・

そして12時頃、たぶん水温も少し上昇したかもしれないと願いつつ水に入る覚悟を決める!









Posted at 2011/06/19 19:32:54 | コメント(0) | 東日本大震災 | 日記
2011年06月17日 イイね!

20110311~記憶の記録-005

『これ、必要でしょう!』

手には単1電池4本使用の電灯が一つ。
ケーキ用の小さなロウソクが十数本。

さらに、カセットコンロとボンベが数本目の前に現れた!

『これは助かる!!!』

と、驚きと安堵の入り混じった声が上がる。

ライフラインを断たれた今のこの状態では何よりもありがたいものだった。

彼はOさんといって、地震直後出先から帰って来て必要なものを車に載せ避難しようとしたが、渋滞にはまり横道にそれて抜け出そうとしたが結局逃げ場を失いここにたどり着いたそうだ。
さっきの水はとても冷たく、短い距離だったが生きた心地がしなかったと話していた。

季節が季節なだけに、どれだけの人々が津波の水の中に取り残され寒さで命を落としてしまったのだろうか・・・

・・・寒かったろうに・・・苦しかったろうに・・・・

救助されても低体温症で亡くなった方々も多いと聞く・・・


Aさんがペットボトルの水とやかんを用意してくれたので、そのカセットコンロで湯を沸かしコーヒーをみんなで飲んだ。
日も暮れてきているし気温も下がっているので、熱いコーヒーはとても美味しかった。
何よりもさっきまでの緊張感が薄れ四人とも落ち着いた気分にひたれた時間だった。

すぐ近くでは水没した車のクラクションが、長い間鳴り響いては静かに消え、又別の車から聞こえ始める。

そんな不気味な状態は深夜まで続くことになるが、この一杯の暖かい飲み物で頑張れる気がしてきた。


そろそろ夜になるので、用意しておいたサラダ油のランプを二階の踊り場で灯すことにした。

意外に明るい!

ここの踊り場を照らすにはじゅうぶんな明るさだ。
風が吹いてきたのでダンボールを使いランプの灯が消えないようにする。

電灯は電池節約のため必要なときだけに使うことにする。
水に落ちないようにビニール紐で長いストラップを着けた。


外は雪も止み空には最近見たことの無い星空が広がっている。

こんな時にはなんだが綺麗な夜空をしばらく見上げていた・・・

はるか遠くからはヘリコプターの音が聞こえる。
報道か自衛隊のヘリかもしれない。

ここの灯りは見えないだろう・・・


『たすけてーーーー!』

どかの家の二階からだろうか・・・
救助を訴える女性の声が響いてくる・・・

『大丈夫かーーーーーーー?』

みんなで声を出すが・・・届いてはいないのかもしれない・・・

・・・そばにいてあげることが出来ないのが悲しい・・・

・・・日が落ちてくるにつれ取り残された人々は不安に陥る・・・

朝までなんとか大丈夫であってほしいと願うのが精一杯だった。


Aさんは部屋を少し片付け、休む場所を作ってくれていた。
ありがたい。

もう暗くなってしまったので、交代でしばらくの間休むことにした。
Aさんがお菓子を少し探し出してくれたので少しずつみんなで食べる。
少しでも食料があることは精神的にも癒された。

しばらくそんな状態で時間をつぶしていたが、この日の時間の流れは異常に遅いと感じた。

たまに下の様子を電灯で照らしてみる。
水位は上がったり下がったりの繰り返しだった。
朝までどうなるのか?・・・
水がひくのか?・・・
誰もわからない・・・

またクラクションが鳴り響く。

今も耳について離れない・・・・・


色々な話をみんなでしたが、いまいち覚えていない。


たぶん深夜0時頃だろうか・・・
水の流れがまた強くなってきている。
あとになって知ったのだが、川の堤防が決壊して水が流れ込んでいたらしい。
水位は相変わらず増えたり減ったりの繰り返しだった。

ロウソクを皿に立て、4人でコーヒーを飲み、少し温まってから横になることにした。
電気のないコタツにみんなで足を入れると暖かい。

・・・眠れない夜は長かった・・・

・・・余震は続いている・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・



少しは眠っただろうか・・・・

6時頃、夜が明けてきた。

よく晴れて静かな朝だった。





Posted at 2011/06/17 20:04:59 | コメント(0) | 東日本大震災 | 日記
2011年06月15日 イイね!

20110311~記憶の記録-004

このあたりの人たちが証言するように、今回の津波は第三波が大きかったようだ。

さっきまでの水位も大きかったが、今度のはそれを上回る急激な水位の上昇があったように記憶している。

並びのアパートのガスのメーターは高いところにあるのだがすぐに見えなくなった。
水の流れも激しく、先ほど流れてきた様々な物がまたどこかへ運ばれてゆく。
流されてくる車の数も増えてきている。
直径1mほどもある長さ10mを越える大きな丸太が何本も流れにまかせて進入してきていた。
車のフロントガラスを突き破り刺さっているものもある。

そして驚いたのは、、、、、船外機を2機搭載したクルーザーが川と化した道路上を濁流に乗って東から西へ猛スピードで移動していったのを目撃したことだった。。。
さほど大きい船ではないが、住宅のフェンスにどこかを引っ掛けながらもカタカタとかん高い音を発しながら進んでゆく・・・
・・・次の日に矢二中でまたその船に出会うとはこの時想像もつかなかった。

近くの廃棄物処理工場の物だろうか・・・倉庫として使っていたようなトレーラーの長い箱も流れてきた。
他の車と組み合わさり公園のフェンスの上に留まり道路をふさいでいる。


・・・わたし達は、そんな悲惨な状態をやはり見守るしかなった。

・・・無力さを感じた。


アパートの一階はすでにドアの半分以上まで水が来ている。
いつまでこんな状態が続くのだろうか・・・。。。
まさに「神のみぞ知る」だろう・・・

ここでこんな状態ならば、海沿いの地域は・・・???・・・

・・・・・・・・・・


水の勢いはなかなかおさまらない。
立地条件を考えると水は溜まる一方らしい・・・

先ほどから車の上に立っている男性もまた恐怖に耐えながら見守るしかすべがないようだ。
水の勢いが静まるまで何も出来ない・・・


何回か車の上の男性に声をかけた。

『がんばれよーー!』

『水が落ち着いたらここにくるんだーー!』

『もう少し頑張ってーー!!!』


・・・どのくらいの時間が経過したのだろう・・・

それまで時間を確認していなかったのでわからないが、たぶん午後4時近かったのかもしれない。
また雪が降ってきた・・・
水の流れはまだ続いている・・・

・・・急に寒くなってきた・・・

このままでは水温が下がり非常に危険だ!

雪は徐々にその量を増してきている!

車の上の男性はフードをかぶり屋根に座っている状態で、寒さをこらえているようだ。
このまま水がひかなければ朝まで体力が持つかはわからない。
みんなで相談し、水が冷え切る前にここに来るように声をかけることにした。

・・・そろそろ夕暮れが近づいている。


ちょうどそのころ水の流れも緩やかになり、雪もやや小降りに変わってきた。

今がチャンスだ!!!!!

車の上でこちらに背を向け座っている彼にみんなで声をかけた。

『そこにいてはもたないからなんとかこっちにこれないかーー???』

『今なら大丈夫だ!!!』

あの冷たい海水につかるのはさぞ勇気がいることだろう。。。

しかし彼もこのままでは危ないと察していたのだろう。
ゆっくり手を振り、水で車体の半分まで水没している車の屋根から意を決して降りた。
股下すれすれまで水につかり屋根の上の荷物を頭の上にあげ、少しずつこちらに近づいてくる。

『気をつけてー!』

『転ぶなよーー!』

水の上には多くの丸太やゴミ等が浮かんでいる・・・
見えない水の中はどうなってるかわからない・・・

無事にたどり着いてほしい。。。

わたし達の声に対応しながらゆっくり確実に足元を探り、浮遊物を避けて近づいてきた。
途中は低くなっているので腰まで濡れながら・・・

『もう少しだ!!!』

『頑張れーー!!!』


そして数分後、やっと彼はアパートの階段下までたどり着いた。
体はやはり寒さで震えている。

『やっと来ましたー』の元気な声に、

『お疲れさまー』

『いらっしゃいー』

・・・安心した気持ちから出た素直な気持ちだった。


わたしは階段を上がってくる彼から荷物を受け取り、学生さんが二階の踊り場まで誘導した。
Aさんは下の着替えを用意してくれている。

作業服を持ってきているとのことなので彼はそれに着替えAさんからスリッパを借りていた。

まだ震えていたが、少しして落ち着いてきたようだ。

そして彼は思いもよらぬ物をバックから取り出し微笑んだ!!!





Posted at 2011/06/15 19:40:12 | コメント(0) | 東日本大震災 | 日記

プロフィール

「ぱしゃ♪」
何シテル?   08/08 12:21
オリムペン#0 プロフィール [写真家・写真機家] 使用カメラ Nikon D2x/D300s/D700/F2/F3/F5 使用レンズ N...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2011/6 >>

   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

リンク・クリップ

自分用メモ(忘れない為に) 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2014/03/12 16:19:44
皇室御献上の浜 
カテゴリ:ブルーインパルス
2012/07/11 16:58:16
 
AirShop 
カテゴリ:ブルーインパルス
2010/09/21 10:10:01
 

愛車一覧

日産 エクストレイル 日産 エクストレイル
黒い愛機!初期X 東北のスノーパラダイスをことごとく走破! …したかは、定かではない- ...
ホンダ フィット ホンダ フィット
*
その他 その他 その他 その他
展開時常用撮影機器
ヘルプ利用規約サイトマップ
©2020 Carview Corporation All Rights Reserved.