2007年10月15日
いや~最近忙しいわテニスはしていないわ(爆)ですっかり放置気味でした。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
まーテニスネタがないからというわけでもあるないんですが、いつか触れようと思っていたMINIのことでも書いてみます。
恐らく自己陶酔モードになると思われるので、適度に流してお読み下さい(^^;)
多分「Dr.ス○ンプ」の影響だと思うんですが、昔からちっちゃくて元気よく走るクルマが大好きだったFMがMINIというクルマを意識するようになるのはまあ時間の問題。
それに輪をかけたのが90年代のMINIブームと、「ミニ○リーク」という雑誌ですな。
まだインターネットなどなかった時代、街に溢れるMINIの実車と定期刊行されるMINIの専門誌は、FMを唯のMINI好きからオーナー予備軍に育て上げるのに充分な刺激を持っていたのであります。
で、あれは忘れもしない'96年12月、クルマ趣味の師匠に当たる高校時代の後輩と一緒に見に行ったとある中古車屋にあった1台のMINIが決定打となりました。
「KADツインカム」
MINIの代名詞といえるOHVのエンジンをDOHCツインカムに換装し、1.3Lで100馬力近くを叩き出す怪物MINI。
もちろん実車など見るのも初めてです。震えました。本当です。
更に運の悪いことに(笑)、実家の割と近くにKADの販売代理店があることが判明。
年明け早々からそのショップに入り浸り、春には念願のMINIを新車で、しかもツインカム仕様を頭金なしフルローンで購入という、神をも恐れぬ行為に出たのであります。
もうそれからは毎週毎週、用もないのに山へ行ったり海へ行ったり首都高を回って帰ってきたり・・・それはもう大変でした。
通常より重いエンジンのため超フロントヘビー、足回りはノーマル・・・実は超キケンなクルマだというのは買ってから分かった事で、山ではひたすらどアンダーとの格闘の日々です。「荷重で曲げる」という事をイヤというほど叩き込まれました(^^;)
当時の彼女と遠出するのももちろんMINI。ちなみにそういうクルマなのでカーステはおろかエアコンさえついていません(笑)
文句も言わずに乗っていてくれたのですが、今から思うとFMのMINIへの並々ならぬ思いに気圧されていたのかもしれませんね(爆)結局その年に振られて別れてしまいましたが、クルマが原因の一つだったのはまず間違いないでしょう。
当のFMのMINI熱は重くなる一方で、ジムカーナなんて始めるは禁断のサスチューニングに手を出すは(これは本当はもっと早目にやっといた方がよかったんですが)・・・
そして遂に'01年、狂気のエンジンがご臨終しました。当時お世話になっていたショップの人曰く「もう少しでピストンがヘッドを突き抜けていたよ」だそうです。
メンテナンスはきちんとしていたんだけどなぁ・・・
当時は今の奥さんとの結婚も決まり、あまり大っぴらに散財できる状況ではなかったのですが、ショップの方のご尽力で、SUツイン付きの程度のいい1000エンジンに無事換装。
馬力やトルクはKADと比べるべくもありませんが、なかなかどうしてコイツが侮れません。
軽さのアドバンテージなのか、結果的に足回りがこっちのエンジンの方に合っていたのか、楽しさは前と互角かそれ以上でした。
やっぱりMINIはOHVですね!KADのお陰でOHVエンジンの良さが改めて感じ取れたのかもしれません。
さあこれからどっぷり付き合っていくぞ~という時になって奥さんがオメデタ、それを機に遂にMINIと別れました。
まあ結婚したら売るという約束をズルズル引っ張っていたしそれ以上悩むのも辛かったので「えいやっ」と売ってしまったんですが、その後「もう俺のMINIはないんだなぁ・・・」という実感が沸いてきて、数ヶ月間はホントにキツかったです。
MINIはクルマだけど「車」じゃなかったんですね。
「相棒」だったのかなぁ・・・時には「師匠」であり、「ライバル」でもあったような気がします。
しかし改めてこうして文章に起こしてみるとまだバリバリ引きずっているようにみえますが、アレです、もう大丈夫です(爆)
KADの時はウェーバーツイン(!)で調整はショップ任せだったので、SUはもうバラしてイジって失敗して泣いて・・・とイロイロできなかったことは未だに悔やまれるんですけどね(^^;)
Posted at 2007/10/16 01:03:08 | |
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