
数か月前の
カカオの発蕾に感動して、ちゃんと育てて結実と収穫に結び付けるにはどうすべきか、色々ググりまくって少しですが勉強してみました。(以下、園芸に興味がない方が読むと物凄くつまらないであろう内容が延々と続きますので、そのような方はスルーしてください)
調べれば調べるほど分かってくるのが、カカオというのは誰しもが知っているとても身近な作物なのに、こと栽培に関しては遠い異国の話となってしまって全くと言っていいほど日本語のページや文献が出てこないということです。
チョコレートメーカーや洋菓子店など概要みたいなものだけ書いてくれているページもあるにはあるのですが、栽培についての具体的な情報は無くあまり参考になりません。同じ身近な熱帯果樹であるバナナとかマンゴーに比べて大きな違いです。
これはカカオの経済栽培が日本国内では殆どされていないことが大きな理由だと思います。ただし、私が確認できたものでは石垣島、沖縄、小笠原諸島で経済栽培が始まりつつあります。また、石川県加賀市でも温泉排熱を利用した産学官連携のプロジェクトが発足しており、日本におけるカカオの商業栽培はようやく黎明期を迎えようとしている状況です。
そんなわけでまだ一般人の趣味レベルまで踏み込んだサイトや文献はなさそうなので、その先陣を切る形でこのブログにまとめていければと思います。
さて、カカオに関する文献は日本語のものこそないものの、英語で著述されたものは数多くあります。ふと思いついた「Theobroma cacao」「soil」「pH」で検索しただけでもたくさん出てきました。
それをいくつか当たっていく中で信頼性が高そうなページを見つけました。それが「国際ココア機関(ICCO)」です。コートジボワールのアビジャン?に本部があり、日本のチョコレート・ココア協会も加盟しているようなので、(大変失礼な言い方ですが)まともな団体っぽいです。
この協会のホームページにGrowing Cocoaというコーナーがあり、ちょうど気候や土壌に関する記述があったので訳してみました。
Ⅰ.カカオ栽培に適した気候
温度
年間平均最高気温 30 – 32ºC
年間平均最低気温 18 – 21ºC
雨量
カカオの収穫量に最も影響を与える要素である。カカオは水分の欠乏に対して非常に敏感な植物のため、年間を通して潤沢に供給されていることが望ましい。年間雨量1500㎜~2000㎜が一般的に推奨される。月間降雨量100㎜以下の乾季があっても良いが、それは3か月以内に収まることが推奨される。
湿度
昼間:100%近くに達することもしばしば
夜間:70-80%
遮光
カカオの幼木や若木は直射日光に弱く、陽光を遮る”シェードツリー”が欠かせない。カカオの故郷であるアマゾンの熱帯雨林では、その木々に陽光が遮られてちょうど良いシェードツリーになっている。
Ⅱ.カカオ栽培に適した土壌
物理的側面
カカオの根を充実させるためには、深さ1.5mまでの土壌が粗目の粒子で適度な栄養素を含んだ状態でなければならない。また、排水性を確保するため不浸透性の物質(粘土のことか?)はあまり含まれていない方が良い。
カカオは短い期間であれば水に浸ったような状態にも耐えられるが、基本的には余分な水分はすぐに排出されるべきである。一方でカカオは水の欠乏にも弱い。よってカカオを育てるための土は、良好な保水性と良好な排水性を両立させたものでなければならない。
化学的側面
許容されるpHは5.0-7.5で、pH4.0以下やpH8.0以上は禁忌される。どちらかと言えば酸性で、栄養素が十分に含まれている土が良い。また、地表から深さ15cmまでの間は、3.5%の有機物質が含まれていることが望ましい。
カカオ栽培の土壌には適正なイオンバランスも必要不可欠で、塩基飽和度が最低でも35%に達していなければならない。それ以下である場合、栄養障害が発生する可能性が高い。また、窒素とリンのバランスはN/P=1.5が推奨される。
お次はちょっと別の視点からも考えます。
Ⅲ.土壌改良の比較実験
論文検索サイト?のJ-GLOBALに「ココア植物(Theobroma cacao L.)の果実発育に対する土壌耕うんとアーバスキュラー菌根菌接種の有効性」という論文の概要が載っているのを見つけました。
私、ここ数年できのこ狩りをやるようになったのですが、きのこの勉強をちまちまやっているなかで菌根菌という植物と共生するきのこの存在を知りました。もしかしたら菌根菌がカカオ栽培のヒントになるかも、と思って検索してみたら見事にヒットしたのです。
菌根菌(アーバスキュラー菌根菌は一部の菌根菌をまとめた総称)は植物の根に感染して生活の場や栄養分を提供してもらう代わりに、宿主が根から主にリンを吸収するのを助けるという共生関係にあります。例えばマツタケはアカマツと共生する菌根菌の一種です。
話を戻しまして、この論文によれば以下3つの条件によって、
①耕うんの有無
⇒ 有りと無しの2パターン
②カカオの葉を枝を用いた有機マルチの有無
⇒ 有りと無しの2パターン
③アーバスキュラー菌根菌接種の有無
⇒ 無し、接種量7.5g、同15.0g、同22.5gの4パターン
合計16パターンで対照実験が行われています。結果としては、耕うん有り・有機マルチあり・菌根菌22.5g接種が最もカカオの収穫量が多かったそうです。
なお、私は農業に関しては全くの素人なので、耕うん、有機マルチの目的についても調べてみました。
一般的に耕うんに期待される利点
・通気性の向上
・保水性の向上
・排水性の向上
・保温性の向上
・有機物の取り込み
これらはICCOに記述があった、カカオ栽培に適した土壌:物理的側面で挙げられていた内容にほぼ合致します。ただし一般家庭でのカカオ栽培は鉢植えでの栽培となると思いますので、そうなると耕うんは無理でしょう。用土の選定の際に吟味するしかありません。
一般的に有機マルチに期待される利点
・土の流出の防止
・雨天時の土の跳ね返り防止による病気の抑制
・有機マルチそのものの分解による栄養素供給
・土壌内の温度と湿度の安定
有機マルチはカカオの鉢植えでは不要と思います。カカオは直射日光と風に弱いので、基本的に室内栽培になるからです。むしろ通気性が下がって根腐れの可能性が高まりそうで怖いです。栄養素は追肥でカバーです。
となると家庭での栽培においては、用土の選定と菌根菌の添加、有機物の供給と菌根菌を活かすための肥料の選定の3つが重要になってくるでしょう。
Ⅳ.結論:一般家庭でのカカオ栽培における土と肥料の選定
土を選ぶ
保水性・排水性がともに良好で、ある程度の有機物を含んだ土が良いとのことなので、無難に観葉植物の土になるでしょう。私は根腐れの防止のために排水性と通気性を高めようと思って、プロトリーフの「室内向け観葉・多肉の土」にさらに大粒の赤玉土を混ぜています。ちなみにこの土には腐葉土が含まれていません。本当は入ったものが良かったのですが、あいにく店頭に在庫が無かったためです。今のところ順調に生育しているので、そう大きな問題はなさそうです。
ただ、もし今後自分で配合するならば、赤玉土3(大粒~中粒)・鹿沼土3(中粒~小粒)・パーライト2(小粒)・腐葉土2くらいな感じで、排水性を重視したうえでpH6.0を目安に作ると思います。
また、私はまだ試していませんが、菌根菌が入った添加剤が売られているようなので、土づくりの際に添加してみるのも良さそうです。ただし、市販の添加剤に入っている菌根菌がカカオに適合するかは分かりません。
肥料を選ぶ
まず第一に、カカオの培養土には粗目の団粒構造が適していること、3.5%の有機物が要求されていることから、土壌中の微生物や菌類のエサになる有機肥料が必須ということになります。
続いて、有機肥料のうち菜種油かすが含まれているものが良いと思われます。菜種油そのものにはアーバスキュラー菌根菌の増殖に効果のあるパルミトレイン酸(亀岡・筒井・齋藤・菊池・半田・江澤・林・川口・秋山(2019))が0.2%含有されていることから、菜種油かすにも同様に含まれているであろうと推測します。よって、菜種油かすは菌根菌を充実させるためには欠かせない肥料である可能性が高いです。
NPKの配合については、ICCOのページにもあったようにN/P=1.5に近い窒素が多めのものにすべきと思われます。ただし、ICCOのページでは菌根菌がリンの供給を行うことについての言及はありませんでしたので、菌根菌の添加を行った場合にこの比率がどう変化するかは分かりません。
ちなみに以前のブログでも述べた通り、私は東商の「花と野菜のぼかし肥料」を規定量与えています。複数の有機素材から成るぼかし肥料で、その中には菜種油かすも含まれています。3大栄養素の配合比率はN:4・P:3・K:2です。この肥料に変えてから、新梢・新葉の展開が頻繁に行われるようになりました。化成肥料を与えていた昨年に比べ葉の色も良さそうで、
蕾もたくさん付いています。
ただし、赤玉土と鹿沼土がリンを吸着しているはずなので、N/P=1.5より高い数値になっているかもしれません。リン酸肥料の追肥については、先にも述べたように菌根菌を添加する場合には本当に必要なのかどうか、今のところは何とも言えません。
以上
参考文献
・International Cocoa Organization「Growing Cocoa」
https://www.icco.org/growing-cocoa/(2021年8月14日閲覧)
・亀岡 啓、筒井 一歩、齋藤 勝晴、菊池 裕介、半田 佳宏、江澤 辰広、林 英雄、川口 正代司、秋山 康紀(2019),
「脂肪酸によるAM菌の非共生的胞子形成の誘導」
・カネダ株式会社「油脂の脂肪酸組成表」
https://www.kaneda.co.jp/jigyou/oils_composition.html(2021年8月13日閲覧)
・Nasaruddin & Syaiful S A & M Farid BDR & Ridwan I & Mantja K & Utami W(2020),"Effectiveness of soil tillage and Arbuscular Mycorrhizal (AM) fungi inoculation on fruit development of the cocoa plant (Theobroma cacao L.)",
IOP Conference Series: Earth and Environmental Science,Vol.486,No.1
※トップ画像はWikipedia:カカオのページのパブリックドメインのものを使用
あとがき
私が土と肥料を選定したのはこの考察を書くだいぶ前のことですが、当時の知識の中でよく考えて買い物しましたので、結果的には割と正解に近いものを選べたと思っています。
来年の結実に向け、菌根菌を添加してみたいと思います。リン酸肥料を控えなければならないようなので、秋になってからになると思います。また、可能であれば各種条件で生育状況の対照実験をしてみたいところです。
22/7/3追記
カカオの人工授粉について書きました。
カカオの人工授粉と花の構造