見るもの全てが新鮮で、なんにでも夢中になれたあの頃。
昭和58年 小学4年の春
「ハンドルっちゅうもんはよお
こないしたらカッコええんや!」
少しマセた同級生の彼の愛車のソレは
まるで、天を仰ぎ両手を広げ神に何かを乞う
何故かそんな憐れな男を連想させる
凄まじい角度にそそり立っていた。

※ネット拾い画像を拝借
「おー!なんなんそれ〜!!」
当時からアタマの少々足りない俺はすぐに
それに食い付いた。
所謂、ママチャリの鬼ハン仕様である。
しかもリヤキャリアの後端も斜め45度に
反り上がっていてしびれるぐらいカッコイイ(笑)
走行中にレバーを引くと非常ベルのような音が
永遠に鳴り響くスポークベルなるデバイスも装備されていた。
チリンチリンでは道を譲らない買いもん帰りのオバハンも、コイツの戦闘力の前には皆平伏すらしい。

※ネット拾い画像を拝借
とにかく全てが眩しかったのだ(笑)
ソッコーで家に帰り
親父の青い道具箱を引っ張り出し
彼のジェスチャー混じりのレクチャーを必死で思い出し、四苦八苦しながらも何とか鬼ハンとツッパリテール?を完成させたのであった。
そう、今から思えばそれこそが
俺のDIYの原点であり、
同時に人生で初めて工具というものを
握った瞬間でもあったのだった。
同時にリヤキャリア45度カチ上げ作業では
下から上にドツき回せ!気合と根性とハンマーしか要らんと教えられた、テコの原理を知らない者同士の危険な会話(笑)
手元が狂い自ら顔面をシバいて流血したのもちょうどこの頃である(笑)
そうそう!あの頃の定番工具はこんなやつ!

※ネット拾い画像を拝借
俺は18歳くらいまでコイツと共にDIYライフの苦楽を共にしてきたが、整備対象がデカくなるにつれて、ソケットが割れたりボルトがナメたり、ラチェットぶっ壊れたりとトラブル続出。
まあ仕方ない。
そもそもクルマやバイクの整備を想定して製造されたものでもないやろうし。
オーバートルクでコキ使い倒した俺が悪いのだ。
まあそんなこんなで俺のDIYライフとゆうか
人生は工具と共に歩んできたような気がする
今日この頃(笑)
つづく
Posted at 2021/01/10 19:11:40 | |
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